第12話 聖痕と贖罪
ルカは、このままではアルトが自分で死を選びかねないと危惧していた。
ポルカがアルトを殺すことはないだろう。
それは、もし万が一彼がそうしようとしたとしても、自分とクラリスで止めることができる。それだけは阻止しなければ、人間たちに妖精族を襲う正義を作ってしまうことになる。
しかし、このままアルトを生かして国に返したとして、彼は自分が犯してしまった罪への償いに、何をするかわかったものではない。
愛する妹がいる事で、すぐに自責の念に駆られて命を絶つとは考えにくい。しかしそれでも、今の彼がどんな行動をとるのか、ルカには予想することができないでいた。
だから、提案したのだ。
彼が、罪の償いができ、なおかつ人間に妖精狩りをやめさせる方法を。
「彼にわたしの
ルカのその言葉には、妖精族一同はもとより、特にクラリスが驚きを隠せなかった。
「ルカ様、それは……!」
「そもそも、私たちがアルトの目の前に落ちてくるなんてことがなければ、作戦がバレることもなかったじゃない? 作戦がバレていなければ、アルトをわざわざここに連れてくる必要もなかった。何事もなく終わったの」
風で顔にかかった透明感のある水色の髪を横に流しながら、ルカはまっすぐとクラリスを見て言葉を続ける。
「わたしが作った水の巨大な女神像に、妖精族たちの魔素を大量に含ませて妖精狩りたちに見せる。あたかも森に女神が
ルカは一呼吸おいて、視線をアルトに移した。
アルトは未だ状況の理解が追い付いていないようで、震える拳を握りしめている。
「でも、それが完ぺきに効果を表すためには、そこに魔女が関わっているとは思わせてはいけなかったの。それでも、わたしの魔力が切れてしまったせいで、アルトにばれてしまった。魔女が関わっていると思われたら、女神顕現作戦の効果も薄れてしまう」
ゆっくりとまばたきをするように、一度目をつむり、開く。
森に吹く風は収まり、ついにはルカの声のほか、何も聞こえなくなった。
「わたしは、失敗してしまったの」
そして、少し間をおいて「だから、彼にわたしの聖痕を与えて、この森を守ってもらう。わたしは失敗の代償として、与えられる聖痕の一つを失う。彼は罪の償いとして、運命を背負ってもらうわ」
「私は反対です。ルカ様の聖痕は、そうやすやすと与えるものではありません。ルカ様が女神様になられるまでは、ずっと不安が残ります。妖精狩りに手をあげるような人間に、貴女の力を与えるべきではありません」
クラリスが、静かな声で反対した。
聖痕は、それを与えた魔女・女神の力の一部を使うことができるようになる代わりに、与えた者の支配下となる。
聖痕を与えられた者は、男であれば勇者、女であれば聖女となり、それぞれ与えられた者から役割が与えられる。
女神が与える聖痕であればその支配力は行動すらも操る力を持つが、魔女の聖痕は思考の伝達にとどまる。
つまり、魔女であるうちは、信頼できる人物に聖痕を与えなければ、その力を悪用される可能性が付きまとってしまうのだ。
「それでも、役割に背く行動はできなくなる。彼は死ぬまで、この森を守る運命になるわ。たとえ私の力を使ったとしても、この森を襲うことはできない。悪用して人間たちを襲うことはできるけれど、わたしはアルトがそんなことをする人間には思えないの」
「今はそうでも、力を持つと人は変わります」
「万が一そうなったら、わたしが責任を取るわ。でもきっと大丈夫」
「ルカ様が責任を取るとなると、私も一緒に付き合うことになると思うのですが」
「もちろん、クラリスも一緒よ」
「そんな横暴な」
最後まで納得しないクラリスを横目に、ルカはポルカに向き直る。
ポルカはというと、真剣なまなざしでルカを見ていた。
「ポルカさんは、それでも大丈夫かな。すぐに彼を許すことなんてできないと思うけど、この森も、国も襲われることはなくなるわ」
「……正直、まだわかりません。私の妹は死んで、その原因となった者が魔女様によって聖痕を与えられるというのは、納得がいかないという思いもあります」
女神についてよく知っているポルカは、聖痕の重要性を理解しているからこそ、腑に落ちない部分があるようだった。
本来であれば、聖痕は勇者と呼ぶにふさわしいものに褒美として与えるものであるからだ。
それを、妹の仇が得ようとしているというのだから、それは当たり前の気持ちであるだろう。
人間である彼に聖痕を与えるのであれば、自分たち妖精族の誰かにという考えを言おうともした。
しかしながら、そもそもこの国の全員がアリステラの信者であること。そして森を守る役割のもと、人間族を襲ってしまいかねないという懸念があり、ルカがその提案をしてこないのも理解していたからこそ、その発言は飲み込んだ。
「ですが、ルカ様のお考えで、その方法でこの森の平和が保たれると言うのであれば、私が反論するすべはございません」
そもそもルカ達の好意で、女神顕現作戦をしてもらったのだという思いもポルカはあった。
何か行動が起こせたわけでもなく、ただ魔女の好意を受け入れていただけの自分たちに、発言権があるとは少しも思っていない。
ポルカはルカの考えをすべて肯定し、そのうえで、その先に何か問題が待ち受けたのならば、自分たちで対応するべきだと考えた。
「思いを飲み込んでくれてありがとう」
ルカはそう言うと、アルトを見やる。
アルトは一連の話を聞き、覚悟を決めた顔つきでルカを見つめる。
「と、言うことだから、覚悟を決めてね」
「――わかり、ました」
その言葉には、ただならぬ決意が込められていた。
ポルカの妹を殺めてしまった自分の、唯一の償いであるのならば、それを死ぬまで全うする。
アルトは、自分の妹の姿を思い返した。
「それじゃあ――ー儀式を、はじめましょうか」
リトルウィッチ・アンドロボ 〜女神の娘は魔道機械《ロボット》と共に『クジラが空を泳ぐ国』や『聖女が闇に堕ちた国』など、個性的な国々を巡る旅に出る〜 レンga @renga
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