第11話 罪と涙


「自分の妹のために、私たちを捕えようとしていた、と」


 力なく木にもたれかかったアルトが、ポルカの言葉を聞いて首を縦に振る。

 眠らない国からほど近い場所。

 雨に濡れて緑の濃くなった森の一角で、ポルカと数名の妖精族、そしてルカとクラリスが、彼のそんな姿を眺めていた。


 魔力切れで地上に降り立ったルカとクラリスの、すぐそばにいた妖精狩りの青年、アルト。

 2人は彼を説得し、どうにか手荒な手段を使わずに、ポルカたちの場所まで連れてくることに成功していた。

 ポルカたちはと言うと、アルトを見るやいなや怒りをあらわにした。

 すぐにでも命を奪ってしまいかねないその様子に、クラリスが慌てて仲裁に入り、そしてようやくアルトから事情が聞けたところだ。


「他に、手がなかったのです。妹が死んでしまう前に、まとまったお金が必要で。妖精狩りで大規模な作戦があるとそそのかされ、協力してしまいました」

 アルトは、罪を告白するように、慎重に言葉を選ぶ。

 額には冷や汗がにじんでいて、瞳は涙で潤んでいた。恐怖からだろうか、罪悪感からだろうか。小刻みに震える両手が、拳を作っている。


「あなた方の勝手な行いで、森は焼け、私の妹は、炎に巻かれて死にました」

 ポルカは怒りを抑えながら、違う意味で言葉を選んで口にする。

 雲の合間から、月がのぞいた。やわらかい光が木々の間からそっと差し込んでくる。


「あの炎の中、死んだのです。それは、壮絶な死だった事でしょう……」


 ポルカはそう言うと、何かを思い返すように目をつむった。


 静かだった。

 誰も、何も言葉を口にしようとしない。

 いや、誰も言葉を口にすることができなかった。

 風が葉を揺らす音だけが、かすかに響く。


 アルトはあまりの静けさの中、自らの心臓の音に耳をふさぎたくなった。

 ポルカの言葉の意味を理解して、早鐘を打つ心臓の音が、アルトを支配していた。


「――っ」


 何かを口にしようとして、それは言葉にならなかった。

 アルトは、自分が今日してきたことを思い返し、吐き気をもよおす。

 妖精が炎で死なないと言ったトッドたちの言葉を、信じたのだ。

 あの、金の亡者たちの都合のいい解釈を、アルトも都合よく解釈していた。


 ――知らなかった。

 の言葉を、アルトは口にすることができなかった。


 妖精にも家族があるなんて知らなかった。

 妖精にも命の終わりがあるなんて知らなかった。

 妖精にも感情があるなんて知らなかった。

 妖精も、人間と同じ生き物であるなんて、知らなかった。


 アルトは妖精について何も知らなかった。

 捕まえれば大金になる伝説の存在。富豪たちが欲するペット。生きた魔素のような存在。

 普通に暮らしていれば、そんな情報しか入ってこない。

 アルトから見た妖精のイメージと言うのも、まさしくそのようなものだった。

 

 神聖な珍獣。

 その程度のイメージしか持ち合わせていなかったのだ。


「――ごめん、なさい」


 言葉を絞り出した先に出てきたのは、謝罪の言葉だった。

 月のやわらかい光に照らされたアルトの涙が、頬を伝う。

 

 兄が妹を思う気持ちを、アルトは痛いほど知っている。


 病に倒れ、寝たきりになってしまった妹の看病をしながら、アルトは必死に働いていた。

 数週間に一度しか国を訪れない治癒術師の医療費は高い。それは、ちょっとやそっと働いて、簡単に貯まる金額ではなかった。

 それでも、アルトは働いた。パンを売り、手紙を運んだ。夜は工場で飛空艇の部品を加工した。


 つい先日、アルトがいつものように妹のそばで寝ていると、突然、声をかけられたのだ。

「おにい、私はもう大丈夫だから」と。


「ずっと昔に私に話をしてくれた、飛空艇乗りになる夢の話の続きを、聞かせてほしい」と。


 息をしづらそうにしながらも、妹は笑顔を作り、声をかけてきた。

 彼女は、アルトに夢を追って欲しかったのだろう。自分のせいで夢を捨てようとしている兄を、見ていられなかったのかもしれない。

 だから、彼女はそう言って、微笑んだのだ。

 もう自分の事はいいのだと、アルトにそう伝えようとした。


「少しだけ、帰りが遅くなるかもしれない」

 翌日、アルトは妹にそう告げて、妖精狩りに赴いた。


 そうして、殺してしまったのだ。


 彼の――ポルカの、かけがえのない妹を。

 

「ぼ、僕は……どう、償ったらいい。僕に、いったい、何ができますか」

 流れる涙をぬぐうこともせずに、言葉がのどに引っ掛かりながらも、絞り出す。

 

 答えは、返ってこなかった。

 ポルカはいつの間にか目を開いていて、アルトの方をじっと睨み続けたまま、言葉を返そうとはしない。

 彼以外の妖精族も、アルトを責める視線を送るだけだ。




 ――沈黙を破ったのは、ルカの声だった。


「わたしに、いい考えがあるんだけど!」

 クラリスの制止を突破し、手を挙げて発言するルカの声には、自信が満ち溢れていた。



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