どすこい!AD川伝説~天翔ける青龍のボブ~

神崎 ひなた

どすこい!AD川伝説~天翔ける青龍のボブ~

 幕下RIKISI 恋錦こいにきしの呟きに、大関RIKISI 暴武ぼぶは思わず顔をしかめた。


「オイオイ恋錦、そんな不謹慎ナ発言がBIGBOSSおやかたの耳に入ッテ見ロ。TUPPARIひとつでHUJIYAMAまで吹っ飛ばサレちまうゾ?」


「しかしボブ……あいや暴武氏。ここ数日、AD川にMINAGEする女子の多さときたら尋常では無いでごわす。これは……インターネットで何かあったに違いないでごわす」


「出たヨ恋錦。お前は二言目にはすぐインタネットだ。だから未ダに幕下二枚目止まりなんダ、お前ハ」


 恋錦にはそう言ったものの、ボブも最近のAD川事情には思うところがあった。


 始まりはつい二日前、AD川に一人の女性が川に流されているのが発見されたことだった。

 幸いにも女性は、たまたま傍を通りがかったRIKISI二十名の活躍によって救われたが、問題が顕在化したのは翌日だった。

 なんと、総勢二十人もの女性がAD川橋から飛び降りを図ったのだ。


 恋錦の調査によれば、RIKISI二十人による圧倒的DOSUKOI力を自らも体験したいといった旨のツイートが多々、散見されたらしい。インスタデュラムでもツゥイットウァーでも「RIKISI二十人に救われてみた」のハッシュタグが乱舞しているというのが、今の状況である。


 全日本DOSUKOI理事会はこの事実を重く受け止め、桃郷とうきょう都管轄のの全RIKISI部屋に対して勅令を下し、AD川参集を命じた。ボブもまた、勢咜我野せたがや部屋から派遣の任を受け、このAD川に身投げする女性たちを救うべく、順番待ちをしているといった状況である。


「あいや暴武氏。また一人MINAGEしましたぞ」


 恋錦が指さす方角では、まさに今、巨大な水しぶきがドッパァンと音を立てていた。沿線からはキャアッと黄色い歓声が上がった。


 しかし、順番待ちしていたRIKISIたちが待ちかねたと言わんばかりに二十人、束になってAD川に突っ込んだ。するとどうだ、彼らの連携の取れたTUPPARIが、濁流を真っ二つに叩き割ってしまったではないか!


(ほう……さすが前頭レベルのRIKISI――大したDOSUKOI力じゃねぇか)


 ボブの双眼がキッと殺人的獰猛さを帯び、一人一人のDOSUKOI力を品定めした。


 RIKISI会では十両以上の世界は「魔界」と呼ばれるほどの渾沌であり、前頭筆頭のDOSUKOI力は一国の軍隊に匹敵ことが鋼野こうの防衛大臣の声明によって明らかにされている。


 AD川は昨日の雨によって濁り、勢いも平生より強かったが、そんなものは前頭RIKISI二十人の前では何の意味も持たなかった。女性はすぐに救い出され、二十人のRIKISIに囲まれながらにこやかに写真撮影をしている。

 女性はその後、前頭RIKISI達と連絡先の交換を済ませ、にこやかにAD川を去っていた。

 ボブの隣では恋錦が、憤怒の表情を浮かべている。


「赦せねぇ……少し実力があるからって調子に乗りやがってよォ……」


「落ち着ケ恋錦。キャラが崩壊シテるゾ」


「これが落ち着いていられますか暴武氏! 我々RIKISIにとってこれは未曽有のチャンスであります! じょ、じょじょじょ女性とお近づきになれる最大の……!」


 ボブは表情を曇らせた。恋錦の自分勝手な憤慨はともかく、彼もまた現状に疑問を抱えているからだった。


 全日本DOSUKOI理事会は、相次ぐ女性への身投げを重く受け止める一方で、これをチャンスだとも捉えていた。つまり、RIKISI業界に新たな顧客を取り込もうという算段である。MINAGEした女性を、わざわざ二十人ががりで救いに行っているのもそのためである。インターネットだけでなく、RIKISI会全体がこの騒動を一種のお祭りだと認識している、その事実がボブの心に少なからずわだかまりを生んでいた。


(俺ァ、こんなことのために修行に励んでいるんじゃなかったと思ったんだがなァ)


「お、おおっ、見てくだされ暴武氏! つ、つ、つ、次に身投げをしようとしている女子を!」


 恋錦のMAWASIが16万8000色に煌めきながらグルグルと回転していた。DOSUKOI力が暴走している証拠である。


 しかしボブは呆れつつも、彼が暴走した理由に納得せざるを得なかった。

 今までMINAGEしてきた女子たちも相当イイ顔をしていたのだが、次なる女子は確かに他の追随を許さない、圧倒的な美女だった。顔は小さく整っており、切れ長のまつ毛とくりくりした瞳が対照的だ。

 さぁ、とAD川の上空に吹く風が前髪を揺らしているのは、さながら天使の祝福を受けているようにも見えた。大勢の通行人も足を止めてその光景に見入り、またRIKISIたちも感銘の声を漏らしつつ、16万8000千色に輝くMAWASIと共に、その女子を見つめていた。


 女子は、ピンク色のかばん(それはいかにも、可愛らしい女子が身に着けているようなかばんだった)から自撮り棒とスマフォを取り出すと、画面に向かって穏やかな笑みを浮かべた。


「はいどうも~~~!! 宇座川うざかわチャンネルの宇座川うざかわ依衣子いいこです! 今日は~、いま話題のAD川に、身投げ…じゃなくてMINAGE!(ドドン)していこうと思います! いや~楽しみですね~! 大勢のRIKISIさんに囲まれる機会なんて普通はありませんからね~!」


 あれだけいい顔面をしておきながら、なんて残念な言葉を発するのだろう。彼女の周囲を取り巻いていた神秘はもはや見る影もなく消失し、通行人もを肩を落としながらそれぞれの日常に戻った。RIKISIたちのMAWASIは、もう何色もたたえていなかった。


「ハッハハァ!! コイツぁ傑作ダ。よかったナァ恋錦。競争相手が減ったジャねぇカ」


 恋錦はとえいばその場に崩れ落ち、ダンダンッと河川敷へ拳を打ち付けていた。彼の悲しみは大地を伝わり、AD川流域に悲しく揺らした。


「……ではそろそろMINAGE、してみようと存じます! てやーーーっ!!」


 依衣子は自撮り棒を持ったままで器用にAD川へと飛び込み、溺れた。AD川激流は彼女を見る見る間に下流へといざなっていく。


「ええい、こうなりゃヤケクソでごわす! 性格こそ残念そのものでごわすが、顔だけ見れば一級品、顔だけなら、顔だけなら――!」


「見苦しいゼ、恋錦」


 その時、AD川に落雷がごとき爆音が轟いた! DOGASHAAAAAAAAAA!! おお、だがその超常現象的な轟音は雷によるものなどではなく、なんということか!? ボブの放ったTUPPARIが、恋錦の類まれなる巨体を貫いた、カラテによるものであった!


「な、なにをするでごわすか、暴武殿!?」


 恋錦に続いて、しぶしぶ川に身を投じようとしていたRIKISIたちが慌ててボブを見やった! しかし彼の眼はすでに戦闘兵器キリングマシーンのごとく紅い月が煌めいており、幕下RIKISIはそれだけで失禁してしまった。


「ア~~、下らネェ下らネェ。そもそも、あの女ハ自ら望んでMINAGEしたんだゼ? なら、?」


 ボブは両手を開いて中段に構え、DOSUKOI力を解放した。それだけで、幕下RIKISI総勢十八名は宙に弾き飛ばされ、一トンはあろうかという巨体をAD川に浮かべた。


 噴水にように飛び散る飛沫の中で、ボブは迫りくる前頭RIKISIの集団を認めた。ボブは彼らを睨みつけた後、ㇰッと頬を釣り上げた。


「来いヨ。大関サマが胸を貸してやるゼ」


 ボブのMAWASIが、198万4600色に煌めき――竜巻のごとく荒ぶった!


※ ※ ※


 ボブが前頭RIKISIたちと死闘を繰り広げている最中、依衣子は濁流に呑まれまいと必死だった。その場の警備にあたっていた警官が運よく手近に持っていたロープに必死で捕まって、なんとか耐えている状態である。通行人や警官は、彼女を助けようと集団で綱引きをしているが、増水したAD川の勢いは、いくら常人が束になったところでどうしようもなかった。


(どうして……どうしてこんなことに……)


 依衣子の胸には、これまでの想いが去来していた。動画投稿サイトmetubeで投稿者になったはいいものの、彼女の投稿する動画にはオリジナリティが乏しく、また顔面の良さに似合わない残念なセリフの数々で人気は常に低飛行を続けていた。


 そんなときに起きたのが、RIKISI二十人のニュースである。


 魔境たる桃郷、その中でもひと際存在感を放つRIKISIというトレンドに、依衣子は期待していた。乗るしかない、このビッグウェーブに。この濁流に乗りこなし、もって動画再生数とチャンネル登録者数を爆増させる腹積もりであった。


 しかし、現実はどうか。

 二十人のRIKISIは彼女を助けることなどなく、自分は溺れて死にかかっている。


(私は……私は……ここで死ぬのか……?)


 仄暗い絶望が彼女の心にひたひたと侵食したとき、ゾッとするような底冷えを味わった。それは体が激流に晒されているからではなかった。目の前に迫った死というリアルな感触が、彼女の魂を震わせたのである。


「ガボッ……ゴボボッ……いやだゴボッ……まだ死にたくないゲボッ……」


 叫ぼうとしても喉に水が詰まり、言葉が出ない。

 それでも、彼女は湧き上がる生を言葉にせずにはいられなかった。


「チャンネル登録者数が1000人を超えるまで死ねるかーーーーーーーーー!!! 私は、第二のヒィッカキンになって広告収入だけで生きていくんだーーーーーーー!!!」


 その叫びに、思わず通行人や警察官はドン引きした。死にそうになっている時に出るセリフがそれかよ、と。

 そんなガッカリ感が、彼らの手を緩めてしまったのかもしれない。

 綱引きをしていた人々が徐々に川に引っ張られ――とうとう、ロープが彼らの手を離れてしまったのである。


「んぎゃーーーーーーーーーーッッッ!!」


 依衣子は再び、濁流に呑まれながら、肺の中を水で満たされる感覚。


(今度こそ、終わった――私の人生)


 思い返してみれば、つまらない人生だった。

 恵まれた顔面と一致しない言動を、馬鹿にされるだけの人生だった。どこにいっても残念だと言われるだけの虚しい人生だった――


(次に生まれ変わるなら……ツゥイットウァーのハンバーグちゃんみたいなカワイイ残念キャラがいいな……)


 依衣子は、すべてを諦めて意識を手放した。



 善良な通行人と警官たちがロープを手放してしまった時――彼らは、荒れ狂うAD川に一筋の閃光が迸るのを目撃した。そして次の瞬間、断波ダンパァァァァッッッッッッ!!! という轟音と共に、一匹の龍が激流を弾き飛ばしながら翔けていく奇跡を目の辺りにするッッ!!


 彼らの中に、RIKISIを愛好する者がいればすぐにその正体を看破していたであろう。それは大関「暴武」の得意とする秘奥「青龍」であったッ!!


 ボブの迸るDOSUKOI力は、川の下流までをあやまたず断ち切った。爆音の中で吹き荒れる飛沫の中に、依衣子の姿もあった。彼女は衝撃によって撃ち飛ばされ、あとは着地を待つのみという無防備であったが、青龍はまっすぐ依衣子めがけて突進したかと思うと、そのまま彼女を掬いあげ、流星のごとく上空を翔けた。DOSUKOI力の粒子が、キラキラとAD川に降り注いでいく。その美しさに、誰もが感嘆の息を漏らす。ボブとの打ち合いに敗北し、亞堕あだ地区まで吹っ飛ばされた恋錦や、十両のRIKISIたちもその光景に見惚れていた。


 ボブは依衣子の背中にHAKKEYOIすると、不可視の力によって肺に溜まったすべての水がドバドバと顔面の穴という穴からこぼれ出た。美少女としての面影はどこにもなかったが、そんな彼女を見て、ボブはニッと笑った。


「お嬢チャン、目が覚めたカイ?」


 依衣子の意識は未だに朦朧としていたが、自らの肉体が柔らかい、それでいて屈強に鍛え抜かれた肉体に包まれていることは分かった。


 暖かい。

 それだけのことで、彼女の頬から涙が落ちた。


「怖かッタダロ? これに懲りたラ、MINAGEなんて真似はやめるんだナ――そこで順番を待っている手前らもダッッ!!」


 ボブは、地上の人々に一括した。その怒号は衝撃波となって突風を引き起こし、人々の全身に響く轟音となった。


「流行りダカ知らねぇガ、人生に絶望してるダカ知らネェが、MINAGEなんて迷惑な真似は止めやがレッ! 俺タチの仕事が増えるダロウガッッ!! あとRIKISI、お前ラもダ!! 女の子にチヤホヤされてる暇があるんならDOSUKOI力を鍛えやがれってンダ、クソったれ骨のネェ!! 俺カラは以上!! 解散!!」


 ボブはそっと依衣子を地上に降ろすと、ふたたび天翔ける青龍となって勢咜我野せたがや部屋へと飛翔していった。


 人々は知らずの内に手を打ち鳴らし、歓声がAD川を包み込んだ。

 そんな喧噪の中で、ぽつり、と依衣子は呟いた。


「RIKISIって、カッコいいなぁ……」




 今回のオチというか、後日談。


 朝刊の一覧はどこも競うようにAD川に現れた青龍の話題でもちきりになっていた。記事の隅には、青龍に救われた少女のインタビューが掲載されていた。


『流行に惑わされ、MINAGEという行為に及んでしまった自分のことを今は反省しています。――そんなことより、やっぱこれからの時代はRIKISI女子でしょ!』


 宇座川チャンネルは今や十万人に及ぶチャンネル登録者数を誇り、今日もRIKISIたちの最新情報を発信している。


 七月まで、あともう少し。

 RIKISIたちの祭典であるAKIABSHOが、もうすぐ始まろうとしていた。


【終】

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