第26話 思い出の絵本

 段ボール箱から中身を一つ一つ取り出して確認していく。すると、そのどれもが、ガラクタだけれど懐かしい。古びて少し湿気た段ボール箱が、まるで異次元の宝箱のように感じてしまう。

 高校生の時の体育祭で応援合戦の時にみんなで着た法被や、修学旅行のしおり。中学入学時に母と並んで撮ってもらった写真。版画や水彩画。友達との交換日記や手紙。

 手に取って思い出にどっぷりと浸かっては、捨てることが出来ずに結局、元の箱に戻していく。そんなことを繰り返した。

 どれほどの時間を要したのだろうか。スマホを見るともう正午近かった。


 う~ん、あとひと箱か、やってしまおう。


 最後の箱のふたを開けた。

 その箱の中には、幼稚園の頃の思い出の品が入っていた。着せ替え人形や変身用のスティック(これは子供の頃、本当に変身できると思っていた)、子供用の化粧道具、絵本など。

 その何冊かある絵本は、特にお気に入りで幾度も寝る前に読んでもらっていた。

 私を寝付かせるために絵本を読むのは殆ど母だったが、たまに父の帰りが早かったりした時には、父の役割となっていた。

 その絵本を一冊ずつ手に取ると、その時の母の声色が鮮明に聞こえる気がした。

 ちなみに父が読んでくれた絵本は、いつも決まっていて桃太郎のお話。父の膝の上の私はいつも途中で眠りに落ちていた。翌朝、布団の中で目覚めた時にいつも思った。お話しを最後まで聞けていなかったと。

 だから、私が眠りにつく前に父が家に居た日には、「今日こそは、最後まで聞くんだ」と、目をキラキラさせていたと思う。結局その小さな決意は、叶わなかった。父の低い声は、私を眠りに誘うのにとても適していたから。


 「父さん、昨夜は何か言いたかったの」と、桃太郎の絵本に声を掛け、ページをめくっていく。

 最期のページになった時、私は違和感を覚えた。指先でその部分を触ってみると、絵本の厚紙の一部が膨らんでいるのがわかった。

 どうしようか。

 父との大切な思い出の絵本。

 その膨らみが何なのかという疑問を追求するべきか、しないべきか。

 追求しようとすれば、その絵本の最後のページを傷付けてしまうだろう。

 お腹も空いている。先にコンビニで何か買ってきて食べてから、落ち着いてもう一度思案しようか。

 でも、何故か今直ぐにしなくては、いけないような急かされた気持ちになった。

 「父さん、伝えたいことは、このことなの…」と、目に見えない父に問いかけてみた。

 返事はなかった。ただ、窓の外の小鳥のさえずりが聞こた。


 私は、絵本が途中で変に破れてしまわないように、そっとページの端から厚紙を割いていった。

 すると、青色の小さな平べったいものが見えた。

 そっと取り出してみると、メモリーカードだ。

 わざわざこんな隠し方をするなんて…どんなに大切なものが、入っているのだろうか。

 夢で見た父の言葉が、頭の中にこだました。

 「…パパの大切なものも紗季のお城に隠してもいいかな」と。



 

 

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前世遍路 真堂 美木 (しんどう みき) @mamiobba7

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