第4話「つたかずら(蔦蔓)」

 会社に戻った副島は皐月に訊かれた。皐月は副島がこの秋に結婚することを知っている。

「酒井さんのお怪我はどうでしたか?」

 皐月は心配そうに訊いた。

「腰の骨に罅が入るくらいだから重症だった。完治するまでに二ヵ月かかるそうだ」

「まあ、それは大変ですね。ご心配でしょう。お大事になさって下さい」

「有難う」

 副島は皐月の思いやりが嬉しかった。

 

 二日して課の者六人で飲みに行くことになった。男三人、女三人で最近流行りのアメリカン・パブに行った。一次会で二人が帰り、二次会はお洒落なスナックへ行った。話が弾んで気がつくと、深夜零時を回っている。たまたま帰りの方向が一緒だった副島と皐月はタクシーで帰ることになったが、皐月は酔いつぶれてしまった。どうしようか迷ったが皐月の家を知らない副島は仕方なく自分のマンションへ連れて来た。皐月をソファに寝かした後、傍で立ったまま様子を見ていたが、もし、こんなところをゆりに見られたりしたらどうなってしまうんだろうとそんなことばかり考えていた。

 その時、皐月が小さなため息を吐いて寝返りを打った。顔が副島のほうに向いた。

 確かに皐月は美しかった。ほんのり桜色の頬と少し開き気味の形のよい唇が男心を誘う。副島は変な気分になりそうだったが自制して寝室へ入ったものの朝近くまで寝付くことが出来なかった。

 

 副島は朝方うとうとと寝てしまった。物音で目が覚めた。台所で音がしている。副島は反射的に飛び起きていた。時計を見ると八時半を過ぎていた。そっと覗いて見る。皐月が台所で何か作っているのが見えた。

 副島が部屋から出ると、

「おはようございます」皐月が明るい声で言った。

「おはよう」副島は思わずつられて答えた。

「料理をしているのか?」

 副島は面はゆい気持ちで訊いた。目が落ち着かずきょろきょろと辺りを見回す。

「はい。黙って台所を使って御免なさい。昨夜はご迷惑をおかけしました。私、あんなに酔ったのは初めてでした。楽しかったからついつい飲みすぎてしまって・・・。泊めてもらったお礼に朝食を作りました。食べて下さい」

 皐月は少し照れたようにそう言った。

 こんな時、他の男だったらどうするのかと思いながら、

「顔を洗ってくる」と副島は洗面所に行きそれから着替えた。


 この部屋で女性の手料理を食べるのは初めてだったから何故かドキドキしている。皐月は料理が上手だった。

 しばらく無言で食べていたが、皐月が先に口を開いた。

「どうですか。美味しくないですか?」

 皐月が心配そうに訊いてきた。

「いや、ご免。そうじゃないんだ。とても美味いよ」

「よかった」皐月はニコッと笑った。

「誰かのために料理を作るのっていいものね。私・・・係長の奥さんにして貰おうかしら」

 皐月は少し上目遣いに副島を見つめて言った。

「えっ!」

 副島は手に持っていたコーヒーをこぼしそうになった。

 皐月は副島の反応を見ながら楽しんでいる。

「冗談ですよ。係長があまりに真面目な顔をするからちょっとからかってみただけです」

 副島は何ともいえない気分になった。ほっとしたというか淋しいというか。

「係長、何処かへ連れて行って貰えません?私、お休みの予定がないんです」

「何処かって・・・」

 またゆりの顔が浮かんでくる。副島は自分を誤魔化すのに必死だったが成り行きに任せるしかないと腹を括った。

「何処か行きたいところはないのかい?」

「係長はこちらの方はあまり知らないでしょう。私が案内します。須磨海浜水族園に行きましょう」

 もう勝手に決めている。車を使うと二時間ほどで行ける。ラッコの貝割やイルカのダイナミックなジャンプを見て一日楽しく遊んだ。あっという間に夕方になっていた。神戸市内で洒落たステーキハウスを見つけて朝食のお礼ということで楽しく食事をした後、帰ろうと高速道路に乗るために市街地を走っていた。あと十分も走ると高速の入口がある。

 車に乗ってから皐月が急に無口になってしまったので副島は気になったが、黙って運転していると皐月がポツリと言った。

「私ってそんなに魅力ないですか?」

「えっ」副島は一瞬言葉が出なかった。

「・・・そんなことはないよ。君に魅力がないなんて・・・だけど僕には・・・」

 副島がそう言いかけたのを制するように皐月が言った。

「心配しないで。私、奥さんにして貰おうなんて思っていないから。ただ副島さんのことが好きだから・・・」

 皐月の潤んだ瞳が副島を見つめていた。

 副島は動揺していた。自分を落ち着かせるように車をゆっくりと路肩に止めた。

「君の気持は嬉しい・・・けど、僕にはゆりという」と言いかけた瞬間、皐月が

副島の言葉を遮った。

「今は私のことだけ見てほしい」

 皐月は副島の左腕に自分の右腕を絡めてきた。

 副島は何とか理性を保とうとした。ゆりの顔が浮かんでくる。だが、次の瞬間、皐月を抱きしめ唇を奪っていた。

 車を出すとすぐに高速の入口が見えてきた。そこに美しくライトアップされたLHがあった。副島は黙ったままハンドルを切る。そして二人は大人の関係になった。


                つづく

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「つたかずら(蔦蔓)」 悠木春生 @hirokun-touch

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