Episode35 決勝戦ヨハネ皇子戦 ※3人称



 エキシビションマッチ、決勝戦。

 それに向けて、シェリアヴィーツは大声を挙げて指示を出していた。


「いいか。決勝戦が始まったら魔法障壁が破られる可能性がある。観客に怪我させたくなかったら二重、いいや三重の魔法障壁を張るんだよ」

「あの、シェリアヴィーツ教官? わざわざ魔法障壁の強固にする意味はあるのでしょうか? 確かにヨハネ皇子の力は凄まじいですが、我が学園の魔法障壁は国内トップレベルですよ」

「アスベル・F・シュトライムとの戦いが激化するのは明白だ。一重ひとつでは木っ端微塵になる」


 観客席と試合場を隔てる物理的な壁はない。

 あるのは、魔法障壁という人工的に作られた半透明の壁だ。

 傷がつくことがあっても、木っ端微塵に粉砕されることはない。しかも学園はエキシビションマッチに備え、より強固に作り直したばかりだ。

 魔法障壁の管理を任されている男は、これで充分だと思っているのだろう。


「数ヶ月前のアスベルの試合を思い出すといい。あのあと調べた魔法障壁はヒビが入っていた」

「アスベル少年が強いと言いたいのでしょうが、この魔法障壁が木っ端微塵になるほどとは思えません」

「おまえたちはそんなに死人を出したいのか──?」

「───ひッ!」


 魔女教官シェリアヴィーツの低い声音。

 男は表情を引くつかせ、魔法障壁の増強に取り掛かるべく走っていった。

 試合開始までには間に合うだろう。果たして我が可愛い教え子は、いったいどんな変革をもたらしてくれるのだろうか。


「二回目でも、この感覚にはぞくぞくさせられちまうね」


 三百年前のあのとき──

 奴隷の解放を願った一人の若き少年が立ち上がった。

 彼はめきめきと実力をつけ、周囲を圧倒して多くの人々の心を虜にした。


 英雄の誕生だと、誰かが言った。


 そしていま、三百年とい月日を経て現れた英雄リーダーに、シェリアヴィーツは胸を高鳴らせていた。かつての仲間である皇帝魔獣セラフィネも、きっと同じように高揚に包まれているに違いない。

 否。

 故意無意識を問わずして、人の心を惹きつけて離さない存在こそ天性者の証。

 新たな時代を切り開く革命者なのだから。


「さあ、誇り高きFの名を持つ少年よ。三百年間停滞していた時間ときが動き始め、世界中がキミの行動に注目するだろう。立ちはだかる困難も多い。それでも己の野望を成し遂げんとするならば、革命のつるぎを振るえ。つるぎは素直に応えてくれる」


 絶大な喝采を浴びて入場するアスベルを見下ろしながら、魔女はひっそりと笑みを刻んでいた。



 

 

 エキシビションマッチ・決勝戦──

 

 観客席の興奮度ボルテージは最高潮。

 鼓膜を突き破りそうな歓声が会場内を埋め尽くしている。

 

 貴族かどうかなんて関係ない。

 礼儀や作法など忘れ、目の前の試合ゲームにのめり込んでいた。


『お待たせ致しました。聖ハンスロズエリア学園、誉れ高き120回目エキシビションマッチ、決勝戦が開幕致します』


 同時に登場するのは男子生徒二人。

 一人はF組のリーダーである魔導剣士・アスベル。

 もう一人は、優勝候補筆頭の魔導士・ヨハネ皇子である。


 通常、剣士と魔導士の試合は一方的な展開になりやすい。

 魔導士の魔法発動までのわずかな時間に、剣士が先制して決着するパターン。もう一パターンは魔導士が先制し、遠距離から剣士をいたぶり続けるというもの。たいていはどちらかの展開に集約され、戦闘が長時間になるのは少ない。

 

 勝負は一瞬だ。

 それを分かっている観客は、静かに開始の合図ブザーを待った。

 一拍の静寂──


『泣いても笑っても勝つのは一人。絶対王者か、成り上がりか。この戦いを制するのはどちらなのか。それでは試合開始です──ッ!』

「────ッ!」


 アスベルは躊躇なくヨハネ皇子の懐まで突っ込んだ。一撃で仕留める。そんな思いのこもった豪速の剣は──けれどその直前、不可思議な弾力によって阻まれてしまう。強すぎる力が跳ね返り、アスベルは遥か後方へと吹き飛ばされた。


「ひゅぅ。──予想はしてたけどなんて厄介な魔法障壁だ」


 鮮やかに着地を決めたアスベルの呟き。

 ヨハネ皇子より先に攻撃し、一撃で仕留める。

 誰でも思いつきそうな作戦だが、アスベルは己の敏捷性と攻撃力を持ってすればいけると踏んでいた。しかし結果はこの有様。さすが学園最強と言われる魔導士だけある。


 ヨハネ皇子は、膨大過ぎる魔元素マナを水の盾として顕現させている。あの盾は360度あらゆる方角からの攻撃を防ぎ、跳ね返す。化け物級の魔元素マナ量を誇る皇子だけができる芸当だ。


 でも、だからこそ。


 アスベルは笑みを刻み、再び加速を開始した。

 

「まだあがくのか」

 

 眉根をあげてヨハネ皇子が反応。

 次いで、百に差し迫らんとする水の塊が顕現される。


 【深海の底】──


 エキシビションマッチにおいて、幾人もの猛者を一撃で戦闘不能に陥れた水魔法だ。

 囚われれば誰も逃れられない。足を取られ、顔を覆われ、みるみるうちに全身が水の中に沈んでいく。どんな攻撃でも水中では威力が落ちるもの。それが、高水圧で締め付けるヨハネ皇子の暗黒水ならばなおのこと。


「肺が潰される感覚。たっぷり味わえよ、F等級──ッ!」

 

 巨大な水塊が全方位からアスベルを囲み、一気に押し潰す。

 荒れ狂う海のごとき轟音が響き渡り、その場にいた誰もがアスベルの敗北を幻視した。ヨハネ皇子ですら己の勝利を確信して口角をあげる。あれだけの水量だ、気絶どころか本当に肺が潰されているかもしれない。


「しょせんはその程度だったということ。格の違いを知り、これからはF等級らしく慎ましやかに生きていくことを切に願いたいものです。恨むのなら、自分がF等級だったという運命を恨むといいでしょうね」

「────何を恨めって?」

「ッ!?」


 這い回る悪寒に、ヨハネ皇子の美麗な顔が歪む。とっさに力を込め直すがもう遅い。誰も逃げることの出来なかった暗黒水が、中心部でぜた魔法攻撃アサルト・マグナによって消し飛ばされる。散り散りになる海水。

 と同時に。

 アスベルは、眩しさで目を細めるヨハネ皇子の目の前まで一瞬で移動した。 


「【確立ロック】ッ!!」

「っく!!」


 絶対防御の水の盾が再構築されるよりも早く。

 絶大な力を纏ったアスベルの剣が、ヨハネ皇子の防御面の薄い足に吸い込まれる。逃げ場を失った剣圧が辺りに風を生み出し、盛大な爆発音となって四方に拡散された。観客席を護る魔法障壁にわずかなヒビが入る。


「チッ。今の僕じゃ一撃は無理か」


 アスベルが離脱した、直後。


「──れ者が。格の違いを知れ」


 攻撃を受けてもなお不動の皇子が、初めて洩らした感情

 溢れ出る威圧感プレッシャーが高まり、濃密度の魔元素マナがうねり始める。一回戦から戦闘らしい戦闘をしてこなかったヨハネ皇子は、そのとき初めて力強く腕を天へ伸ばした。


「絶望に打ちひしがれて永世(えいせ)の時を眠れ。【大いなる深海アダムスの底に・レ・かの者は沈むフランジュ】」

 

 爆音とともに発生した巨大な渦潮。試合会場ごと飲み込んでしまいそうな大いなる海の力。水の魔導士が百人集まっても簡単には成し遂げられない水量を、ほんの一瞬で作り上げてしまう別格の強さ。

 

(なるほど。──これが皇族トップか)


 トップオブトップ。

 学年第一位にして、サルモージュ皇国の皇位継承権第一位の男だ。


「大望を抱いだことを後悔しろ。F等級!!」


 吼える支配者ヨハネ

 その場にいるだけで許しを請いたくなるような状況でも、アスベルは心を折ることなく剣を垂直に構えた。

 

「【魔元素解放リリース】──」

「また魔法攻撃アサルト・マグナか」


 アスベルの力が高まり、革命の青冰剣リベラルフェーズを纏った。氷のように冷たい炎が上空に吹き上がり、天井にまで届く。


「なんだあれ……!?」

「火属性の魔法!? でもなんで青色──きゃぁあああっ!?」

「魔法障壁が!?」


 観客を護る役割を果たしていた三重の人工魔法障壁。

 それが、アスベルの炎とヨハネ皇子の水によって破砕されていく。信じられない状況に観客たちは混乱しながらも、この場から逃げようとする者は誰ひとりとしていなかった。


 その暴力的なまでに美しい魔法に見惚れて──


「【狂瀾の冰炎花アマルス】!!」


 F等級アスベルの剣が振り下ろされる。

 渦潮が消滅し、水の盾すら屠ってなお咲き誇る超弩級の青火せいか。ヴェルディの指導中、アスベルが密かに練習してきた魔法。温度調整の陰属性と火属性を掛け合わせることで生まれる上級を超える魔導技術、極大魔法だ。


 中心に立っていたヨハネ皇子は、大の字で倒れていた。

  

『試合終了ぉぉおおおおおお!! 優勝は、優勝は……アスベル・F・シュトライム選手ぅぅうううううううううううううううううう!!!!』


 これ以上もない拍手と喝采が、試合会場を包み込んでいく。

 

「素晴らしい戦いでしたネ!」

「理事長!?」


 まだ拍手喝采が鳴り止まぬなか、ゲラマニ理事長はアスベルに近づく。

 観客席に向き直ると、こう言い放つ。


「これが変化の前兆ですッ。努力次第で等級なんて乗り越えていける、彼を見て勇気づけられた者は多いハズ。さあみなさん! 心の準備はよろしいデスか!?」


 ざわめきすら余興だと言わんばかりに、ゲラマニは笑んだ。


「緊急重大発表!! なんと来年度から、聖ハンスロズエリアは幼等部から大学院部にいたるまでF組という制度を撤廃致しマス!! なんとF等級のアスベル君も、D等級のアナタも、B等級のアナタも!! 成績さえ良ければ誉れあるA組やS組に入ることが出来るのデス!!」


 そして、こう付け足す。


「さあみなさん。学園が変革する偉大な第一歩を、共に歩んでも良いとちょっとでも考える方は、拍手をお願い致しマス」


 まばらだった拍手が、徐々に数を増やしていく。

 もちろん理事長が仕込んだ役者サクラは多いだろう。ここで重要なのは、いかに『賛成多数』に見えるかだ。ここには学園に熱心な支援をするラクバレル財団の関係者も、皇国の報道機関を牛耳る大手新聞社の面々だって勢揃いだ。


 既成事実を作る。


 ゲラマニ理事長が仕込んだF組解体への布石。

 ここまで計算尽くしとは、理事長が詐欺師と言われる理由も頷ける。手際がいいのだ。

 

(よし。後のことは理事長に任せて、寝転がってるアイツを起こしに行くか) 


 ヨハネ皇子はまだ自分の状況を理解していないらしい。

 呆然と虚空を見ていた。


「……今まで誰にも負けたことがなかった」

「なんか言ったか?」

「ただの独り言だ」


 ヨハネ皇子は自嘲気味に笑っていた。

 アスベルが伸ばしてきた手を振りはらい、勢いよく起き上がる。


「一つだけ、忠告しておきます。アスベル・F・シュトライムよ、私に勝っただけで大望が成し遂げられると思わないほうがいい。むしろ、逆だ。もっと多くの困難が立ちはだかるだろう」

「予想はしてる。でも僕は、君と違って一人じゃないから」

「あくまでも、大望を抱き続けるか──」

「ああ。何かあったら、今回みたいに真正面から叩き潰してやるしね」

「そうか──」


 最後まで、ヨハネ皇子がアスベルのことを認めることはなかった。

 ただ一言だけ。


「勝手にしろ」

「ああ、勝手にさせてもらうよ」


 アスベルにとっては嬉しい言葉だ。





 そのあと色々とごたついた。

 優勝したのが一年生のF組だったこともあり、多くの生徒に囲まれる羽目になった。中には、剣術だけでなく魔法の指導まで願い出る者もいる始末。

  

 軽々しく教えられるようなものではないと判断したので、魔法の指導だけは断った。それ以外の剣術や体幹トレーニングなどの詳細を聞きたい者には、できるだけ答えていくつもりだ。


 そのあと、庶民派で有名な大手新聞社セノータの記者と名乗る女性から、是非インタビューがしたいと言われたので受けた。今までどんな修練に励んだのか、その才能はどうやって開花させたのか、昔はどんな暮らしをしていたのか。


 根掘り葉掘り聞かれ、セラフィネと契約していることなどは除き答えた。


「ありがとうございます。明後日の夕方頃には雑誌が並びますよ! 名門貴族学園に変革の時が来る! 風雲児はアスベル・F・シュトライムだとね!」


 女性は終始笑顔でアスベルと別れた。

 そのあと、アスベルはフィオナと話す機会があった。

 

「まさか、本当に勝っちゃうなんてね」

「嘘だと思った?」

「まさか。ただ現実味がないだけなのよ。私達を苦しめていたF組が、来年度からなくなるなんてね」

「理事長、これからのことで大忙しだもんね」


 面倒ごとはすべて理事長に投げた。

 あの人ならうまくやるだろう。


「私も頑張らないと」

「うん。頑張って追い付いてね、僕はすでに次のことを考えてるから」

「早すぎ。ちょっとは待ってくれても良いのに」


 かすかに頬を膨らませるフィオナ。

 アスベルは小さく笑う。


「どこまでもついて行ってあげるわよ」

「頼もしい仲間だね。よろしく、フィオナ」


 手をさしのべる。


「ええ。よろしく、未来の革命家さん」

 

 そう言って、フィオナは柔らかく微笑んでいた。





 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

等級概念を破壊せよ 〜ゴミF等級が!と罵られた少年は、実は至高の革命家の血を受け継ぐ【天性者】でした。バカにしたやつをざまぁして、学園最強へと成り上がる〜 北城らんまる @Houzyo_Runmaru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ