第4話 失踪 手を差し伸べるのは

パトカーのサイレンが近づいてきているのがドップラー効果で分かる。


優翔は不吉な予感を感じながらも、気にしないことにした。

藤崎家へ行くために、龍星高校最寄りの駅へ急ぐ。


近年では地下鉄は減少傾向にあり、広大な空間を利用しようと銘打って、空中に駅を作り、温室効果ガスの排出が少ないリニアモーターカーに続々作り変えられている。


リニアモーターカーになった分、移動は確かに早くてよいのだが、電力の使用量は確実に増加している。


これに相まって、建設する際に出る温室効果ガスことを考慮すると、リニアモーターカー移行計画はやめるべきではないかという議論も白熱していたのだが、それはもう過去の話。

どうやら政府は温室効果ガス削減という世界情勢に足並みを合わせたらしい。


「ハァ、ハァ・・・・・・あとちょっとで第一エレベーターホールか」


足をなるたけ速く回転させることおよそ5分。

優翔は息も絶え絶えで、星ヶ丘第一エレベーターホールにたどり着いた。

優翔は勢いで上を示す矢印を二、三度押してしまった。


第一ということは、もちろん、第二、第三エレベーターホールもある。

人々はこのエレベーターホールを使い、空中の駅へと向かうのだ。


「――遅いな、早く来いよ・・・・・・」


焦ってもこればかりはどうにもならない事を脳では理解しつつも、優翔の心はそれを理解することを許さない。


普段なら何でもないようなこの時間も、今はとても長く感じられる。

貧乏ゆすりをする足はその速度を上げていく。

タンタンと、優翔のローファーとビニル床とが接触する音が、人数少ないエレベーターホールに響き渡る。


「ピンポーン」エレベーターの到着を表す、聴きなれた合図が鳴った。

「――間もなく、昇りエレベーターが参ります」


優翔は扉が開くや否や、すかさずエレベーターに乗り込み、扉を閉める。

幸い、降りる乗客が居なかったが、もしも居たのならば、乗客とぶつかっていたことだろう。


人間は、窮地に陥ると、必ずと言っていいほど、周りが見えなくなる。

あたかも自分だけしかその世界に存在していないかのように。

元来、人というものはおそらくそのような身勝手なものなのだろう。


エレベーターの中、優翔は一人だった。

その四角い機会の箱の中は、冷房がよく効いていて、少し肌寒くそして、とても静かだった。

取付けの鏡に映る自分の全体像を見ると、心が少し落ち着いたような気がした。


「普通だったら絶対得ないことだから、訳も分からず焦ってたけど、俺が焦っても意味はないのか・・・・・実際、藤崎がどんな状況にあるか分らんわけだし。でも、早いとこ現状を親御さんに伝えないとな・・・・・・」


高速エレベーターに揺られることおよそ30秒、優翔は新星ヶ丘第一ステーションに着いた。

扉が開いた途端に、夏特有の蒸し暑さに襲われる。


だいたい8年前までは、星ヶ丘駅として龍星高校生徒にこよなく利用されていたこの駅だが、現在では名前も変わり、東山線が通っていたのも、今はリニア東山線が通っている。


現在時刻は13時7分。

電子掲示板を見る限り、次のリニアモーターカーは、6分後に到着するようだ。

少し余裕があるので、ゆっくりと券売機に向かう。

優翔は自転車通学の為、交通系ICカードを常に持参していないのだ。


藤崎家の最寄り駅まで6駅、リニアモーターカーに移行されたが、切符の代金はそこまで高くなったわけではない。

国が主導して行った改革なので、予算が多く出たのだろう。


「6駅分だから、えっと、350円か」


そう思って財布を取り出そうとした、その瞬間――

ない。ポケットを探しても、そこに財布はなかった。

自分が急いで学校を飛び出してきたが為に、教室に財布を置いてきてしまった。

財布はリュックの中で眠っていることだろう。


そう言えば、今頃、成績優秀、おまけに義理にも熱いという沖田はどうしているのだろうか。

案外、学校内で藤崎を見つけているかもしれない。

だがしかし、この可能性は低いような気がする。

ただのカンなのだが。


「嘘だろ・・・・・・これどうすんだよ・・・・・・」


予期せぬ事態に、優翔の脳内が再び焦りで満ち始める。

脇から始まり、体のあちこちから変な汗が出始める。


「そうだ、駅員さんに話せば分かってくれるかもしれない・・・・・・!」


優翔はわずかな希望をもって駅員に事情を説明する。


「龍星高校の生徒なんですけど、さっき学校で突然クラスメイトが居なくなって、急いで親御さんの所に行って、直接話をしたいんです。それに、藤崎だって――クラスメイトだってもしかしたら何か緊急事態で家に帰ってるのかもしんないし・・・・・・だからその、今お金持ってないんですけど、今だけ改札通していただけませんか? 必ず代金は返すので!」


自分でも、話していて現実味のない、胡散臭いような話だと思う。

到底信じてもらえないのではないかと。

そんなことは分かっていた。

分かっていたがしかし・・・・・・


「お客様が必至なのはとても良く伝わってきます。しかし、規則なので、改札を通すことは出来ません。ごめんなさい」


その答えを聞いた瞬間、優翔は反射的に駅員を批判していた。


「は? あんたそれでも大人かよ・・・・・・ 臨機応変って言葉を知らないのかよ・・・・・・」


「だいたいなぁっ・・・・・・」


そこまで言った所で、何者かの透き通った声が優翔を諫めた。


「あら優翔君、あなたってほんとに人と上手に話すことが下手ね。こんな公衆の面前で、駅員さんに向かってそんなこと言うのやめたほうがいいわよ。皆見てるから」


そう言われて優翔は駅の人々の視線が優翔に集まっていることに気付いた。

途端に今の言動に、後悔と羞恥の念を覚える。


「帆夏さん・・・・・・??」


そして、おそらくは忘れようとしても忘れられないような、美しい容姿を持つ先輩に、自らの目が正しいのかどうか確認するような、そんな質問をした。

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2058年 坂上 リクタ @tamuramaro69

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