第3話 突然の消失
遅い。遅すぎる。優翔はあまりにも遅い藤崎のトイレに心配しつつも、だからと言って女子トイレには入ることができないという葛藤に苦悩していた。
ひとまず優翔は尿意が抑えきれなくなってきたので、男子トイレで尿をたすことにした。
我慢の限界まで尿意をこらえてみると、意外と出始めが出ないものだ。こんな時に限って、全く早くしてほしいと優翔は思った。
心置きなく尿をたし終わると、いつもなら生きててよかったなぁ何て大げさでもなく思ったりするのだが、今はそんな余裕がない。
急いで教室に戻ってみるが、藤崎の姿はそこにはない。
昼休みの残り時間は後5分程。
優翔の胃袋は空腹を訴えていたが、それどころではない。
優翔は女子トイレの前で藤崎が出てこないか見張っておくことにした。
傍から見れば女子トイレを熱心に見つめるその姿は変態極まりない。
「見て、あの人、A組の大空だよね?ずっと女子トイレ見てね?マジキモイんだけど(笑)」
他クラスの女子が優翔を見て馬鹿にする。
優翔はある噂のせいで校内ではちょっぴり有名人である。だから他クラスの生徒でも優翔のことを知っている。
「はいはい、面白い面白い。それでもIPPONにはギリ届かないかなぁ。もっと優しい笑いをとることは出来ないのか」
この手の陰口は本当に陰湿だと思う。パッピー君の毒舌の方がよっぽどましだ。言いたいことがあるなら面と向かって言いやがれ。
優翔は腹立つ気持ちを抑えて、気持ちを切り替えることにした。
今は藤崎だ。
「あいつ、本当にどこ行ったんだよ・・・ 瞬間移動で昼休み中コンビニで買い物してただの、そんなしょうもない理由ならいいんだけどなぁ」
優翔はこの時はまだこれは大した事件ではないと思っていた。
女子トイレに張り込むことおよそ五分、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
「結局トイレから出てこなかったな。もしかしてもう教室に帰ってたりすんのかな」
まさか急に人が消えるわけがない、藤崎が瞬間移動でも使ったんじゃないかと、心配しつつも、藤崎の失踪に現実味を感じていなかった優翔だが、教室に入ると嫌でも事の重大さを理解することになった。
チャイムが鳴り終わるのとほぼ同時、優翔は教室に滑り込んだ。真っ先に藤崎を探す。
居ない。教室中を見渡しても、藤崎の姿はどこにもない。
優翔の脳内は一気に焦りでいっぱいになる。
脂汗がじわじわと肌を伝っていくのが分かるが、授業が始まるので席に着くことにした。
チャイムが鳴る。
聞きなれたはずのこの音も、妙に新鮮に聞こえた。
感覚が過敏になっているのだろうか。音が脳に直接響き渡る。
優翔がどうしようかと焦っていると、数学教師が少し遅れて教室に入って来た。
「先生ー、零がいませんー」
早々にクラスメイトの女子が数学教師に報告をした。彼女は確か、クラスの中心的存在、大河内奈緒おおこうちなおだ。
「藤崎さんですか。誰か、藤崎さんがどこに行ったか知っている人はいませんか?」
沈黙。
「誰もわかりませんか・・・・・・ 保健委員、保健室を見に行ってみてください」
「分かりました。次いでに校舎内を少し見て回ってみるので、少し遅くなるかもしれません」
「あなたがそこまでしなくていいですよ。もし保健室にいなかったのなら、手が空いている先生、後は警察の方々と協力して藤崎さんを見つけ出します」
「そうは言われても、何もしないなんてことは出来ません。それに、授業は受けなくても自分で何とか出来るので」
返事をしたのは、成績優秀、文武両道、おまけに顔はイケメンというパーフェクトヒューマン、冲田伸介おきたしんすけだ。
今の話を聞く限り、どうやら情にも熱いらしい。
数学教師はどうしようかと困った顔をして意見をまとめようとしていたが、沖田は教師の返事も聞かずに、教室を駆け出していた。
「あ、待ちなさい!! まだ話の途中だ!」
数学教師は沖田を止めようと試みるも失敗。どうやら冲田の意思はそれなりに固いようだ。
冲田が成績優秀者で信頼されているのもあってか、その後教師は沖田を止めにいかなかった。
教師には悪いが、居ても立っても居られないのは何も沖田だけの話ではない。
「先生、トイレに行ってきます。大分お腹ゴロゴロ言ってるし、長い戦いになりそうです。すいません」
一応最後に謝罪の意思を込めておく。
「おい、待て! 大空!!」
「大空って、一日に何回お腹痛くなるわけ? 後、隣でキモイこと言うのやめて。 はぁ、ほんっとにキモイ」
優翔は教師の怒鳴り声と、奥原の正論である小言を聞き流して教室を急いで駆け出した。
それにしても奥原のいうことは最も過ぎて面白い。何だか焦りと緊張からか、がたついていた足に力が戻ってきた。
「飛び出してきたはいいものの、あいつ、どこ行ったんだ・・・・・・」
「校内は沖田が探すって言ってたから俺は校外で・・・・・・そうだ、まずは藤崎の家に行ってみるか」
優翔はスマートフォンを開襟シャツのポケットから取り出した。ひとまず藤崎に連絡を入れておく。
今は2058年、科学が大幅に進歩している。
ごく一般的な誘拐事件や、失踪事件ならば科学の力でそうは時間もかからずに解決されるだろう。
しかし、科学技術の進化を悪用する者がいたとしたら、事件に超能力が絡んでいたとしたら、簡単に事件が解決されるとは思えない。
優翔はひとまず龍星高校の薄汚い校舎を飛び出して、藤崎の家に向かう。
今朝は美しく広がっていた青空が、だんだんと曇り始めている。
「うわぁ、雨降りそうだな。そーいやパッピー君が時々曇りって言ってたなぁ。降ってこなけりゃいいんだけど」
校舎を出て少し、遠くでパトカーのサイレンが鳴っている音が聞こえた。
「不吉だなぁ・・・・・・」
優翔は焦る気持ちをなるべく抑えよう思いながらも、走り出した。
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