第2話 初めての出会い?
屋上までの階段もあと一階分となり、遅刻だのなんだのうるさい喧噪も聞こえなくなっていた。
優翔はこの静かな空間が好きだ。
大きな世界にただ優翔だけが存在しているのだというふうに錯覚させられる。
なんだかこの不思議な感覚に安心させられるのだ。
そんな不思議な感覚に包まれながら、優翔は屋上についた。
「失礼しまーす」
屋上への扉を開くと辺りは一気に解放感に包まれた。美しい青空が広がる中、一つ、景色になじまない光景があった。
先客がいた。一人の女性が艶やかな黒髪を風に靡かし、空を眺めていた。
優翔は謎の既視感に襲われたが、映画のワンシーンのようなどこか儚げな雰囲気を醸し出すその美しい後ろ姿に、そんなことはどうでもよくなってしまった。
風に吹かれるスカートは、パンツが見えそうで見えずなんとももどかしい。
履いているスリッパの色から察するに、三年生の先輩のようだ。龍星高校では学年ごとにスリッパの色が決まっている。
「あなたはどうして屋上に?」
どうやら優翔が屋上に入って来たことに気づいていたようだ。優翔は透き通った声が非常に美しいと思った。
「なんででしょうね。先輩こそどうしてこんなところに」
「ねえ、君はどうして空が青いのか知ってる?」
「知らないです。どうしてなんですか」
質問に答えもせずに別の話題に変えるとはなかなか自分勝手なものだ。
それでも優翔はどうして空が青いのか気になったので、話を合わせることにした。
「光には波長があるから。光が光の波長よりも小さい粒子にぶつかって光の散乱が起きて、色が出てるの」
「ようはぶつかり合って色を表してるってことか。今のクラスメイトとは真反対だ」
優翔は衝突を恐れて自分の色、個性をほとんど出せていないクラスメイト達の顔を思い出してそう言った。
「先輩、名前はなんていうんですか」
「別に君の先輩になったつもりはないわ」
「それじゃあ、パイセン?」
「それって同じ意味じゃない。名前を聞くときは先に名乗るのが礼儀だと思うんだけど」
「確かにそうですね。俺は
「あっそ。後輩のくせに生意気ね。私は
「大地さんは厳しいなあ」
「帆夏さんでいいわよ。大地って名字、男っぽくて好きじゃないの」
「分かりました。帆夏さん」
会話に丁度一区切りついたところで予鈴のチャイムが鳴った。
下の階から皆が席に着こうと椅子を引く音が聞こえてきた。チャイムというものは意外と便利であると思う。
「そろそろ教室に帰らないといけないみたいだなあ。帆夏さんと一緒に帰りたいなあー」
「あっそ。優翔君、初対面の人との距離の詰め方間違ってるわよ」
的を射た発言で優翔は華麗にいなされてしまった。
一方帆夏はというと、全く教室に帰ろうという素振りがない。
優翔は諦めて教室に一人で帰ることにした。帆夏は帰らなくて大丈夫なのだろうか。
「何か声に聞き覚えがあるっていうか、初めて会った気がしなかったなあ」
そんな奇妙なことを考えながら、優翔は屋上の扉を開いた。
途端に生徒たちの話し声や笑い声が鼓膜にダイレクトに侵入してくる。
急に別世界が広がった気分。
「学校の世界なんて、人一人欠けた所で、ほんとなんも変わりゃしないよなあ」
こうして、優翔と帆夏の少し変わった出会いは幕を閉じた。
それからというもの、滞りなく午前の授業は進んでいた。
今は三限、現代文の授業である。
「教科書本文の123ページ、初めから3行目を、えー、3番は誰かなっと。大空か、読んでみろ」
現代文の教師が7月3日だからといって出席番号3番の優翔を当てる。
この類の教師は日付が変えらていない黒板を見て、頓珍漢な生徒を当てたりすることがあり面白い。
一方優翔は、「にしても帆夏さん本当にかわいかったなぁ」と今朝のことを思い返すのに必死だったので、教師の声をほとんど聞いていなかった。
「おい、大空聞いてるのか」
「あ、すいません。聞いてないし聞いてなかったです」
「はぁ、じゃあ奥原、代わりに読んでくれ」
どうしようもない奴だという顔をして呆れている現国の教師は代わりに優翔の隣に座っている
「なんで私がこいつの代わりに読まないといけないんですか」
当の奥原はというと、獲物を見つけた蛇のような鋭い目つきで優翔を睨んでいた。
どうにも優翔は奥原に嫌われている。これは昼休みに捕まったら大変そうだ。
優翔は気づいていないふりをして、引き続き今朝の回想に勤しむことにした。
その後も現代文の授業は進んでいき、何事もなく三限が終わった。
三限が終わると時刻は学校中が待ち望んだ昼休みの時間だ。最も、優翔は奥原のお咎めが怖かったので今日に限っては楽しみにしていなかったが。
「やっば、漏れる。これは大のほうだし遅くなりそうだなぁ。もしかしたらトイレと友達以上恋人未満の関係になっちまうかもなぁ。そうなったら簡単には水に流せない関係性だよなぁ、トイレだけに!」
優翔は奥原に聞こえるように少し大きめな独り言を呟いた。
「ほんっと、大空って最低」
狙い通りに奥原はドン引き。これでもう優翔に話しかけようとすら思わないだろう。
優翔は小のほうのトイレには本当に行きたかったのでトイレに向かった。
「ふぅ、とりあえずこれで俺の平和な昼休みは守られたなぁ」
優翔が教室を出てトイレに向かっていると、一緒にトイレ行こうぜーという声が聞こえてきた。
トイレくらい一人で行きやがれ。お前らは生まれたてのカルガモか、なんて思っていると藤崎を見つけた。
どうやら藤崎もトイレに来たようだ。
今日はトイレで藤崎によく合う。優翔はトイレ近くで藤崎を待ち伏せることにした。
驚かされた藤崎はとてもかわいいに決まっている。
それから優翔は3分ほど待ったが藤崎は出てこない。
女子トイレは混んでいるのだろうと思っていたが、5分経っても、7分経っても藤崎はトイレから出てこない。
こうして、優翔の安らぎの昼休みは終わりを迎え、藤崎零は、白昼堂々、姿を消したのである。
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