第1話 忘れてはならないような

「優翔ぉ、ご飯よー! 早くしないと学校遅れるわよー!」


優翔の母が優翔を呼ぶ。そろそろご飯を食べなければならなそうだ。

優翔は急いで朝食を食べ終えて、学校の支度をした。そろそろ家を出る時間だ。


「行ってきまーす」


優翔はいまいち釈然としないまま家を出た。


優翔は部活には行っていなかったかったが、ある程度は勉強をする、どこにでも居る高校2年生だ。


ただ、友達が異常に少ないだけで。


優翔は市立進学校、龍星高校に通っている。

これはシングマザーで子育てをする母に少しでもいい思いをしてもらおうと思っての結果だ。


龍星高校があるのは、星が降るだの降らんだの言われている星ヶ丘だ。

そんな星降る街? 星ヶ丘は、現在、日本の中でもかなり発展した都市である。

辺りには高層ビルが立ち並び、一軒家は星ヶ丘にはほとんど立っていない。

なので、ケンヤの家は一軒家、何て鉄板ジョークはもう言えなくなったわけだ。


「本日の天気は、晴れ、時々曇りです。最高気温は36度です。記録的な猛暑日となり、熱中症に・・・・・・」


道端ではパッピー君たる自律型ロボットが、道路の掃除をしながら今日の天気を教えてくれている。


「うへぇ、今日は暑いなぁ。夏のカラッとした雰囲気は好きなんだけど、これだと溶けちまうよ」


自転車をこぐ優翔の汗が道路に落ちる。2058年になった今でも、自転車というのは意外と使われているのだ。


「そこのヒト! 落ちた汗を拭きなさい! じゃないとお前のムスコ蹴り飛ばすぞ!」


「いや罰大きすぎじゃね?(笑) てかそれだけはやめて、パッピー君! お願い、落ち着いて? 俺まだ童貞だから!!」


「ダマレ!!」


「うわ、これはヤバい・・・・・・ こういう時は、、、、、、逃げるしかないよなぁ。 いつも掃除ありがとなー!」


そうこうしているうちに、優翔は龍星高校の近くまで自転車を進めていた。


「うわぁ、マジで危ないとこだった。AIってのはほんとにいつ侵略してきてもおかしくないよなぁ。あんな個性強い奴、学校にもいねぇよ。ま、俺友達少ないからあんま分からんけどな」


そんな自虐ネタを一人で楽しむ優翔は汗だくだ。

優翔のすぐ近くを、空飛ぶ車がすいすいと通っていく。

道路に埋め込まれた強力な磁石と、車に搭載された磁石との磁力でういているだのなんだとか。


「こっちは懸命に汗を流してるってのに楽しやがって・・・・・・」


くそっ!っと優翔は空き缶を蹴るとあら不思議。

たまたま空き缶は壁にぶつかり、跳ね返った。


結果、優翔の顔面にクリーンヒット。


「いってぇ! はぁ、もう今日はついてないわ・・・・・」


顔を上げると、龍星高校はあと少しという所だった。

龍星高校は丘に建っている。

優翔は、高校への丘を自転車を押しながら登っていた。


「ダメだ、全く思い出せねぇ…。」


優翔は登校中もずっと夢のことを考えていたのだが、どうにも答えはでてこなかった。

そうこうしているうちに、良くいえば歴史ある校舎、悪くいえばくそオンボロ校舎が見えてきた。2年も通えば見慣れたものだ。


「おっはよう!」


突然クラスメイトの藤崎零に話しかけられた。

優翔の数少ない友達の1人だ。

近くには居なかったように見えたので、きっと瞬間移動を使ってきたのだろう。

朝遅刻しそうだったのか、藤崎の亜麻色の髪はまとまっておらず、おまけにスカートまでめくれていた。


「おぉ、おはよう。瞬間移動使ってくんなよ、びっくりするだろ。あ、後パンツ、急いで来たからか分らんが、スカートめくれてるぞ」


「ば、馬鹿ぁ!ほんっと、優翔ってやつは・・・・・・」


「馬鹿って言われてもなぁ、俺は教えてあげた分むしろ感謝されてもおかしくないと思うんだけどなぁ」


「それはそうだけど・・・・・・」


藤崎は制服を手早く直していく。


「ジロジロ見んなってば!」


藤崎は顔を赤らめて恥ずかしがる。

控えめに言ってかわいいですね、はい。


「後は胸さえ大きかったらなぁ。どこぞのおねぇタレントと大きさそんな変わんないぞ」


優翔は藤崎のつつましい胸に視線を移して言った。

いや、一瞬だからね? ほら、やっぱ完璧に近づくほど足りないものって浮き彫りになってくもんね!!


「うわぁ、優翔最低・・・・・・ それ、タレントの人たちに謝ったほうがいいよ」


「その言い方だと胸の方はいいみたいになってるけど、いいの?」


「よ、よくない!」


やっぱり気にしてたんですね・・・・・・

大丈夫、まだまだ先は長いぞ!

優翔はそう思ったが、心に留めておいた。




優翔と藤崎は1年からの付き合いだ。

今年も同じクラスなので、関係はなかなかに良好である。

とは言っても、二人で旅行にいけるわけではないのだが。

良好な関係で旅行ってね。ごめんなさい。


そんなふざけた話をしていると、学校に着いた。いかにも、歴史を感じる。



時は2058年、科学というものは進化が想像以上に早いもので、40年前に比べて遥かに進化したと人々は言う。

予知能力、テレパシー、テレポーテーションあるいは瞬間移動。

今の科学技術を持ってすれば、そのような所謂超常現象じみた能力も人間が身に付けられるようになっていた。

しかし、1つだけしかそのような能力を習得出来ないという制限はあった。

藤崎零も、このような能力者の1人であり、瞬間移動を使える。

ちなみに、優翔は何の能力も所持していない、所謂無能力者である。

それもそのはずで、現時点では無能力者の方が圧倒的に多いのが現実で、能力者は稀な存在である。

どうやら適性というものはあるらしく、今の技術では誰しもが能力を得られる訳では無いらしい。


優翔と藤崎は、教室に向かって、廊下のない特徴的な校舎を歩いていた。


「全く、何で俺は無能力者なんだろうなぁ……」


「あんたが気付いてないだけじゃない?」


「そうなのかもなぁ」


優翔は適当に返事をするときに使えるワードTOP10には入るであろう言葉で適当に返事をした。

ここで優翔は、妙案を思いついた。


「藤崎、一瞬でいいから、俺を女湯に連れてってくれ。瞬間移動なら、俺の姿はみえないだろ」


「うわぁ、優翔キモイよ? まーそれはもとからだからしょうがないか・・・・・・」


「あ、もちろん無理だからね」


「もとからって分かってるなら言うなよ。余分に傷つくだろ。まぁ、多少は自覚あるけどさぁ」


「いやいや、自覚なかったら問題だからね!?」


「そうなのかもなぁ」


はい、これマジ万能。

まぁ、結論は分かっていたのだが、優翔の心の声は漏れてしまった。


「俺は高校生活、一生藤崎のパンツしか見れないのかぁ・・・・・・」


運よく、教室の声が失言をかき消してくれたようだ。

そろそろ優翔達の教室、2年E組が見えてきた。

教室の扉を開けると、一気に教室特有の蒸し暑い空気、生徒達の喧騒が流れ込んでくる。

教室は昨日のテレビの話題、今流行りの曲やゲームの話題等で持ち切りのようだ。


「俺この前すんげぇうまいパズルしてさぁ! これ見ろって!」


「昨日のあれ見た? ホワイトマヨネーズの大杉!ちょーやばいよねぇー笑笑」


教室内ではいくつかのグループが形成されており、四方八方から様々な声が聞こえてくる。

中には真夏だというのにくっ付き合ってふざけ合う男子もいる。見ているだけで暑苦しいのでやめて欲しい。


1人で過ごしているという者はあまり居ない。


1人で居るのは恥ずかしい事だという空気が学校内に染み付いてしまっているからだ。


皆そんな実体も見えない様な空気を恐れて、自分を押し殺してまで、友達を演じている。


友達に嫌われないようにと、他人に合わせてばかり。


全くもって、馬鹿馬鹿しい。


藤崎はトイレ行ってくるねー!と、お花を摘みに行ってしまったので優翔は今、1人である。


「屋上でもいこっかなぁ」


今朝はとても天気が良く、青空が美しかったからか、優翔の足は無性にも屋上へと動いていた。

2年E組は龍星高校の3階に位置しており、屋上に行くには後2階分階段を登らなければならない。

夏にもなると、階段を登るのがとても億劫になる。

優翔はせめて暑さ対策にと、持参していたうちわを持って教室を出た。

パタパタとうちわを顔の周りであおぎながら階段に向かっていると、女子トイレから藤崎が出て来た。


「遅かったなぁ。大のほうか?」


優翔は程度の低い冗談で藤崎をからかってみた。


「ち、違うっ! 女の子には色々あるの!」


藤崎はまたもや顔を赤らめて声を荒らげる。

よく見ると、茶色に染められた藤崎の髪に少し動きが付いているように見てる。ゆるふわウェーブというやつだろうか。

女子ってヘアアイロンをトイレまで持っていくのか。

一体女子トイレの中はどうなっているのだろうか。

そうだ、今年のレポートは女子トイレの内情について、これで決まりだ、などと考えては、現実的に不可能かーと残念がっている間に、藤崎は何処かに行ってしまっていた。


最早優翔はトイレの近くで止まっている必要がないので、屋上へと再び歩き始めた。


「やっぱり慣れたと思ってたけど藤崎は可愛いなぁ」


なんてことを思いながら進んでいると、残す階段は後1階分というところまで進んでいた。


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