ハイブリッド・チャイルド
夏山茂樹
リオとミリ
「ね〜え! たまには外に出てみようよ」
初夏の訪れを告げる日差しが遮光シートで遮られたパソコン室で、私はテキストエディタにコードを打ち込み続ける理央に話しかけた。
コードを打ち込み、拡張機能でプレビューしたり、英語仕様のメニューを日本語にしたりしたテキストエディタにはHTMLとJavaScriptが混ざって打ち込まれている。彼は一体何を作るつもりなのだろう?
そう思って、パソコンを覗き込む私に理央は笑いながら、縁の青いメガネをクイっと上げる。わずかに吊り上がった淡い色の両目は、私をじっと見つめて静かに答えた。
「アプリだよ」
webサイトを作るHTMLと、サーバーサイドやフロントサイドで使われるJavaScript。まさかこの二つを使ってアプリを作ることができるなんて。アプリを作るといえば、普通ならandroidとiOSで使う言語が違うのでまさかJavaScriptが来るなんて思いもしなかった。
「えっ……? android? 理央ってiPhoneだし、MacBook持ってるし、自分から『アップル信者』だって言ってなかった?」
私が驚いて思わず言うと、彼はわずかに口角を上げて「ふふっ」と笑ってみせた。
「いったい何がおかしいのよ!」
「いやあ、まさか美晴が知らないなんて思いもしなかったから」
そう笑う彼の小さな手を握ってやると、私は思わず眉を潜めて、目を細めて理央を睨みつけた。小学校入学の時からずっと同じクラスの私は知っている。普段は男の子ぶっている彼が、実は女の子の体をしていることを。
学校の同級生や先輩たちは彼を男子として扱っているため、理央の女の子としての名前も知らない。
「知らないことがあってもいいじゃない。
すると理央は笑いを止め、口角も下げて無表情で私を見上げる。睨むでも憐むでもないその瞳に、私はなんと答えればよかったのか分からない。
「…………」
「……JavaScriptを使えばiOSでもandroidでも言語は関係なくアプリが完成するんだよ」
「……まるで……」
「まるで、なに?」
「まるで、理央みたいだね。女の子としての実理がいて、男の子としての理央がいる。一つの体に二つの性別が一緒に住んでる」
理央はしばらく黙り込んで、私に何か辛い過去を当たるかのように睨みつけてくる。そんな睨みがしばらく続いた。
私も何も言えないまま、雰囲気が気まずい中話を続ける。
「ごめんね」
「いいよ、確かにぼくの中には理央と実理がいるんだから」
数学が好きな理央にとって、プログラミングはちょうどいい暇つぶしだった。コンソール・ログで命令して、英語の名前がついたオブジェクトを使えばコンピュータに命令ができる。
もっとも、彼はプログラミングを始めたばかりの頃だったからまさかアプリを作る段階にまで至るとは思いもしなかったが。
寂しそうな目をする彼の頬にそっと唇を当ててその温かさを、柔らかさを感じとる。理央の体はホルモン治療を始めていないだけあって、女の子の柔らかい頬をしていた。
「やっぱり美晴はキスで仲直りをするんだね。いつもみたいに」
そう言った理央の腕が伸びて、私の背中を包むように抱きしめる。この行動の意味を私は知っている。
「そういう理央だって」
ああ、どうしてだろう。涙が自然と流れて、この汚れきった空間を浄化してくれるように感じた。理央の穏やかに波打つ鼓動だって愛しく感じる。そんな彼の顔を私は見たくなった。
「りお、顔をみせて」
そう私が言ってお互いに顔を見せ合うと、お互い涙で顔が汚れてもうめちゃくちゃになっていた。
「泣き虫なのは一緒だね」
そう泣き笑いする理央に私は少し笑みを浮かべて言った。
「そうだね」
それから、アプリが完成して、その性能が学校で使うに都合が良くてしばらく学校で使われることになった。LINEのようなチャットアプリだが、個人やクラス、部活動の活動や思ったことなどを報告するSNS的な役割を果たすそれは、いつも気分が沈んでいた理央を励ました。
そんな出来事から五年が経った。私は中学に上がるとプログラミング同好会を立ち上げ、友人と一緒にプログラミングを勉強してチームで開発ごっこをしたり、実際に作ったアプリを校内で使ってもらったりしたことがあった。
理央はいつも私の隣にいる。そんな気持ちで、パソコン室で今日も私はプログラミングをする。テキストエディタは理央が好んで使っていたVScodeだ。コードを打つ間、私は隣にあの頃の理央がいるように感じる。そんな時間を至福に思いながら、pythonでチャットボットを作るのだった。
ハイブリッド・チャイルド 夏山茂樹 @minakolan
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