第20話 いいご縁がありますように

 目を覚ますと木材の天井が見えた。

 ここは建物の中のようだ。

 俺は簡易ベッドの上で横になっていた。どうやら気を失っていたらしい。

 でかいゴブリンに殺されそうになって、アーデルヴァイトに助けられ、誰かの声が聞こえた……ここまでは覚えている。


「……痛てて」


 まだ少しの頭の奥がガンガンする。

 頭痛はまだ引きずっているようだ。

 右手でこめかみを押さえる。


そもそも、最初にここに来て少し五感を強化したら軽い頭痛に襲われたのだ。あんなに長時間使えばもっと酷いことになるなんて簡単に予想できたはずだ。俺の慢心がふたりを危険な目に遭わせてしまったんだ……。


 と、ここで異変に気付く。右手の痛みがない。目が覚める前は右腕が全く上がらなかったのに……。


「……アーデルヴァイトに右肩を触られた時か……?!」


 思い当たる節がそれくらいしかない。あの時に治療魔法でも使われたのだろうか……? あいつに借りを3つも作ってしまった。何万エイル用意すれば足りるだろうか……



「お、気が付いたか!」


 ギィィィという建付けの悪いドアを開ける音と同時に声が聞こえてきた。

 若い男の声だ。


 ん……? この声、どこかで聞いたことがあるような……?


 そこには前回パーティーに入れてくれと話しかけて撃沈した上半身裸のマッチョなオッサンがいた。


「どうやら回復したようだな!」


 随分と気さくというか、距離感が近いというか……そういえば前回も一応話は聞いてくれたし、こういう陽キャな人なんだろうか。見ず知らずの俺を助けてくれたようだし悪い人ではなさそうだ。


「あ……どうも。えーっとオッサンが助けてくれた……のでしょうか?」

「俺たちはここへ運んだだけだ。幸い傷も大したことなかったし、疲労が溜まってたんだろう。それと俺はオッサンじゃねぇ! 名はラッシュ、22だ!」


 俺と3つしか変わらないのかよ……。

 その体格、ガテン系の性格、いかつい顔、完全に30代だと思っていた……。


「っとそれどころじゃねえ! オッサ……じゃなくてラッシュ! 近くに子どもがふたりいなかったか?! 俺よりも重傷だったはずだ! あいつらは?!」

「落ち着け、リッカ。ふたりとも無事だ。もう少し静かにしてやれ。お前の後ろで寝てるだろ?」


「後ろ?!」


 慌てて振り返ると大きなベッドの中に小さな体がすっぽりと収まっていた。ラッシュに気を取られて気付かなかった。灯台下暗しとはこのことか。ひとまずふたりの様子を見て大きく安堵する。


「念のため療養させてるがじきに目を覚ますだろう。それにしても驚いたぞ! 服は血だらけなのに傷口はない。お前が治したのか?


「まさか。そんな魔法使えたらこんなボロボロになってねぇよ。ってなんで俺の名前を?」

「あぁ、この小僧、ウィルって言ったか? あいつが気を失いそうになりながらも、ヨナとリッカを助けてくれ……って。お前ら仲間思いのいいパーティーだな」


 まさかこんな子どもに気遣われるとは……。いい仲間……か……。

 茶化してはいるが、いい仲間と素直に褒めるあたりラッシュもいい人なんだろう。


「そういえば、その近くで婆さんを見なかったか? 黒いローブを着た胡散臭いばばぁなんだが」

「婆さん? まぁこの村には婆さんは何人もいるが、さすがに森の中に入っていく強気な婆さんは見たことがないな。婆さんがどうかしたのか?」

「いや……、何でもない」


 まさに神出鬼没といったところか。そもそも、この世界の住人なのか、本当に婆さんなのかもわかったもんじゃない。借りを返すのはいつになることやら。


「おっと、忘れる前に……ほらよ!」


 ラッシュから渡されたのは槍と、小さなオレンジ色の石。どうやら魔石のようだ。


「お前の手柄だろ?」


 オレンジ色……ってことはあのレッドウルフと同じランク……。それにこのザマか……。


 俺は愕然とした。こんなのに苦戦して、果たしてこの先生きていけるのだろうか。


「隣の受付で換金してもらえるからあとで寄っていくといい」

「隣? ……ここはギルドの中か!」


 見たことある木材、建築構造、建物の雰囲気……どおりで。


「……色々と世話になった。ありがとうラッシュ」

「なぁに、困ったときはお互い様よ!」


 ラッシュは魔石をくすねることも出来たはずだ。本当に根っからのいい人なのだろう。


「……なぁリッカ。その槍はどこで手に入れた?」

「え? これか……こ、これは知り合いから貰ったんだよ!」

「そうか。その知り合いはよっぽど羽振りがいいか、お前が信用されてるかだな。これはかなりの高級品だぞ。大事に使えよ!」

「そ、そうか」


 いや、その大事な槍をついさっき全力でぶん投げたばかりなんだが……。 

 しかし、やはり見る人が見ればわかるのか……。そらそうだよな。女神の護衛の槍だしな……。


 でも借りパクしてることに対して良心は痛まなかった。


「リッカはこれからどうするんだ?」

「冒険者登録ってやつを済ませてエリクセンに行こうと思ってる」

「エリクセンなら俺たちと方向が同じだな! だったら俺たちと一緒に行かないか? さっきはああ言ったが、D級の魔物くらいなら大丈夫なんだろ?」

「ほんとか! それは助かる!」


D級の魔物なら(3人がかりでなんとか)大丈夫。の括弧の部分は伏せておいた。まぁ俺一人なら足を引っ張らない程度にはなるはずだ。


「あともうひとり連れがいるんだが、あとで顔合わせの場を設けるよ。明日の朝には出発だから、それまでに準備を済ませておいてくれ」


 窓に目をやると、外はぼんやりとオレンジに色に染まっていた。日が暮れているのだろう。


 やべぇ、こっちに来てから寝てばっかりでまともに話が進んでねぇ……。


 明日の朝、ギルド前で落ち合う約束をして一旦ラッシュと別れた。


 ベッドから立ち上がると全身に痛みが走る。筋肉痛だろうか……。部活を辞めてから全力で動いたことなんてなかったから当然と言えば当然だが。


「……筋トレでもするか……」


 半日は歩き回る体力をつけないと話にならない。が、いつぶりだろう、こんな高揚感は。スポーツ少年だったあの頃の気持ちが蘇ったのかもしれない。


「……兄ちゃん」

「うおっ!」


 背後からのか弱い名前を呼ぶ声に思わず変な声が出た。


「なんだ、ウィルか。起こしてしまったらなら悪かったな。まだ傷口は痛むか?」

「もう大丈夫だよ。……それより話を聞いちまったんだけど……兄ちゃんはエリクセンに行っちまうのかい……?」


 そんな寂しそうな顔をするなよ。


「まぁな。俺にはやることがあるからな」

「……そっか。ま、まぁ兄ちゃんはそこそこ強いし、俺たちがいなくても大丈夫だな!」


 子どもの精一杯の虚勢は丸わかりだったが、その気遣いに少し心が痛んだ。


「兄ちゃん……、俺たちの我儘で危ない目に遭わせてごめんよ……」

「いやいや、待て待て! お前が謝るのはおかしいだろ?」


 そう、謝るのはふたりを怪我させてしまった俺のほうだ。あそこにアーデルヴァイトがいなければ、3人とも死んでいた。俺の油断と慢心のせいだ。なのにこいつらは……。


「兄ちゃんに言われた通り、まだ俺には冒険者は早かったよ。今の俺じゃヨナも守れない。兄ちゃんみたいに……もっと、もっと強くならなくちゃ!」


 ん? 俺の株が勝手に上がっているが俺は何もしてねーぞ? 全部ばばぁのお陰だぞ?


「俺……いつか兄ちゃんみたいな冒険者になるんだ! 兄ちゃんみたいに大っきくなって、カッコいい武器持って……! それまで俺頑張るよ!」

「お、おう。そうか……。」


 俺がどんどん神格化されているようでとても恥ずかしかった。


「いつか、俺も兄ちゃんみたいに強くなったら……また一緒にクエスト受けてくれるかい?」


「あ? あ~……、ま、また機会があればな!」


 また変なフラグを立てるのはやめろ。


 急激にふたりの温度差が開いていくのだった。


「あ、そうだ! 兄ちゃんに俺の宝物やるよ! 兄ちゃんにいい事があるようにって! って言っても貰い物なんだけどな!」


 宝物とか、またそんな重いものを……昨日今日遭ったばかりの俺にはよっぽどプレッシャーだ。


「いやいや、お前、宝物ならもっと大事に…………って……お前……これをどこで貰ったって……?」


 自分の目を疑った。

 ドヤ顔のウィルの手には日本硬貨の五円玉が転がっていた。

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