第19話 ジャージって動きやすくていいですよね

草の茂みを掻き分けながら、その老婆はゆっくりと近づいてくる。

投げたはずの槍を杖代わりに、疲れたと言わんばかりに額の汗を拭う素振りを見せるが、傍から見ても明らかに演技だった。


「こらこら、槍なんて物騒なものを投げるんじゃないよ。誰かに当たったらどうするつもりだい?」


……いやいや、元バスケ部の俺が全力で投げた槍だぞ? マグレか女神の側近の槍の力か知らないが、あのゴブリンの腕を貫通した威力だぞ? 何しれっと持ってんだよ…!??


やはりただの婆さんではないようだ。


「……なんでお前がここにいる?」

「なあに、ちょっとした散歩だよ。たまには歩かないと腰が曲がっちゃうからねぇ」


既に曲がった腰をトントンと押さえながら見当違いの返事をする。


「いや、そんなことはどうでもいい。あんた、魔法が使えるんだろ? そこのふたりを助けてくれ!」


ヨナと同じサンダーボルトとかいう魔法を使ったようだが、その威力の差は歴然だった。少なからず魔法が使えるなら、もしかしたらふたりを助けられるかもしれない。


「ん~? 見たところあんたも随分疲弊し切ってるようだけどね?」

「俺のことよりもあのふたりだ! 頼む、助けてくれ!」


ウィルは出血が酷い。ヨナもさっきから微動だにしていない。何かしら怪我をしている可能性が高い。こんなやり取りをしている間にも時は一刻を争っていた。


「おやおや? あれだけ暴言を吐いた割には一転ピンチになると助けてくれだと随分都合がいいねぇ?」


俺の考えが甘かった。

いや、相手の言う事ももっともだ。相手にとって得がない。都合よくテンプレ通りの展開とはいかなかった。


「……今までの暴言の数々、すみませんでした……。金ならいくらでも払います、……お願いします。あのふたりを助けてください」

「ほう? 驚いたねぇ、随分素直じゃないか」


クソみたいなプライドよりも命のほうが大事に決まっている。何より頭痛と吐き気と疲労で意識が飛びそうだ。


息も絶え絶え、目が虚ろになりながらも必死に懇願する様子に老婆も心を打たれたようだ。


「そんなにお願いされたとあっちゃ仕方がないねぇ。どれ?」


老婆はのそりと近くのヨナの元に歩き出す。


圧倒的な力で握り潰されたかのように、ヨナの腕はあらぬ方向へ曲がり、体はうっ血していた。砕けた骨が内臓を傷つけているかもしれない。目の焦点は合わず、口から涎を垂れ流していた。

だが、アーデルヴァイトは目の前の悲惨な少女を前に全く動じない。

何やら呪文のようなものを唱えたかと思えば、手の平から淡い光が放たれ、ヨナが息を吹き返した。


「次は、そっちの小僧だね」


よっこらせと言わんばかりに重い腰を上げ、ゆっくりとウィルの元へ歩みだす。

血の海を目の前にしても表情ひとつ変えないのは年の功か、それとも……。


同じように呪文を唱えたかと思えば、手から放たれた光がウィルの腹部を照らし、ウィルの呼吸が落ち着きを取り戻す。


 あの重傷を一瞬か……。


 この婆さんの底が見えない。


「さて……。あとはあんただね」


アーデルヴァイトはおもむろに立ち上がり、こっちに近づいてくる。


「唯一の武器を手放すなんて愚かな行為だね。それとも奥の手でもあったのかい?」


そう言いながら槍をこっちに投げる。


「婆さん、あんた何者だ?」

「はて? 一体何のことかね?」

「とぼけるなよ。こんな森の奥で凄腕の魔法使いとタイミングよく遭遇してたまるかよ。この勝手に翻訳される腕輪にしてもそうだ。都合が良過ぎる」


アーデルヴァイトはとぼけた表情を見せるが俺は話を続ける。


「そもそも最初から怪しいと思ってたんだ。あんた、最初に俺を“ジャージの槍の勇者”って呼んだよな? どこをどう見たら俺が勇者に見える? そもそもこの世界にジャージなんて言葉があるわけねぇだろ」


しばし、無言の時間が流れる。

手当てしてくれた以上敵ではないだろうが、まだ信用はできない。


「……そもそもこの世界の人間か?」

「さぁてどうだろうね?」


核心を突いた問いにも表情は変えなかったが、否定はしないようだ。


「まぁそれだけ喋れるようならあんたは大丈夫そうだね」

「……お陰さんでな」


減らず口は叩けるが、まだ体は動きそうにない。


「「こっちの方で大きな音がしたぞ!」」

「「おい、誰か倒れてるぞ! 君たち大丈夫か!?」」


さっきのサンダーボルトの威力に人が集まってきたようだ。


「さぁて、そろそろ行くとするかね」


アーデルヴァイトはのそりと歩きだす。

どうやらこれも計算済みのようだ。

大木にもたれかかる俺を横目に通り過ぎながらこちらに語りかける。


「もっと体を鍛えな! せっかくの体格もロハンの槍も、それじゃただの宝の持ち腐れだよ。あとは自分のスキルを知ることだね。こいつは貸しだよ」


俺の肩にポンと手をやる。


「な……!? おい!待……」


振り返った時にはすでにアーデルヴァイトの姿はなかった。


「ロハンの槍、スキル……どこまで知ってるんだ?」


あの路地でハッタリをかましたつもりになっていたが、何もかも向こうのほうが1枚も2枚も上手うわてだった。

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