第18話 油断、慢心、絶対絶命

「すげぇよ兄ちゃん! 俺たちで3匹もゴブリンを倒したぜ! これでもう立派な冒険者だよな!」

「あぁ……、そうだな」


 俺が奇襲をかけて弱らせる、ウィルが時間を稼ぐ、ヨナが止めを刺す。

 これを繰り返してきたわけだが……、3人がかりでゴブリンをようやく一匹倒せるレベル。

 これってどうなんだ?

 どう見ても強くはないだろう。

 しかも相手が集団だった場合や奇襲が効かなかった場合、この作戦自体が成立しなくなる。

 変な自信をつけさせて良いものか……?


「これで村の奴らも見返してやるぜ!」


 隣でやたらウィルは喜んでいるが、なんだ? 頭にガンガン響く。頭痛か?


「ウィル、わかったからデカい声を出すな」


 少し気分が悪いと伝えその場に座り込む。


「なんだ兄ちゃんもうへばったのかよ? だらしねぇなぁ!」


 ガキだとあって元気だ。こちとら部活引退してからしばらく動いてないんだよ。

 ゴブリンを探すために神経を研ぎ澄ませてきたわけだが……、こんなに疲れるとは……。


「なぁ兄ちゃん、これで俺も冒険者だよな! 父ちゃんも母ちゃんも認めてくれるかなぁ……?」

「知らねぇよ。てか変なフラグを立てるな」

「フラグ? フラグってなんだい?」

「……いや、いい。とりあえずこれ以上喋るな」


 やばい……さらに吐き気を催してきた。以前はこんなことは無かった。いや、確か、一度にいろんな音を耳に入れた時に情報過多でパンクしそうになった。あの弊害で長時間集中し過ぎて脳に負荷がかかり過ぎたのか?

これ以上は危険だと判断し、そろそろ引き上げようとしたが……、そう言えばさっきからヨナの姿が見えない。


「……ウィル、ヨナはどうした?」

「あれ? さっきまでいたのにどこに行ったんだ?」


 おい……まさか……。

 散々フラグ立てといて今、回収しようってんじゃないだろうな?


「探せ! 今すぐにだ!!」

「うわ、何だよ急に大声で! 元気じゃんかよ」

「いいから早く行け!!!」

「わ、わかったよ」


 迫力に押されウィルは渋々探しに行く。


 だが……ヤバい、この展開は非常にヤバい。

 数々のゲームやラノベを見てきた俺だからわかる。この後はゴブリンの強いヤツとかドラゴンとか出てくるパターンだ。って俺も自分でフラグを立ててどうする!!!


 何とか槍を杖代わりに体を起こす。が、まだ体がふらつく。


「おーいヨナー! どこだー!?」


 行けとは言ったがここでまた散り散りになるのはマズいんじゃないのか?

 だが、慌てて追いかけようにも体に力が入らない。


 くそっ!


 息を荒立てながら、槍にもたれ掛かるように何とか足を進める。

 だが、どんどんウィルの姿が小さくなる。


「サンダーボルト!」


 遠くで一瞬光が走った。それと共に微かに聞こえたヨナの声。


 良かった、無事か! いや、魔法を唱えたということは戦闘中?!

 一瞬最悪のケースが頭をよぎる。


「うわあぁぁぁぁぁぁ!!」


 次に響いたのはウィルの叫び声。


「マジかよ!!」


 最悪のケースを超えた絶望的なケースを一瞬想像してしまった。

 歯を食いしばり、痛みに耐えながら必死に前に進む。

 さらに視覚と聴覚を強化して必死にふたりを探す。鼻血が出ていることさえ気づかずに。


「ウィル、ヨナ、何とか無事でいてくれ!」


 遅れること数分、少し木々が開けたところにウィルの背中を視認する。


「ウィル! 無事か――」


 もうひとつ、目に飛び込んで来たのは巨大な影。

 大木の2倍はあろうかという太い腕、ウィルの3倍はありそうな巨大な体。鬼のような形相に鋭い2本の牙、血走った爬虫類のような目。

 あれは……ゴブリンの上位種?

 体の特長や顔の面影は確かにゴブリンを思わせるが、明らかにサイズがおかしい。

 突然変異か、ゴブリンの群れのボスか……。


 だが、この状況は……、

 ゴブリンの手からは赤い液体が滴り落ちていた。その手の中にはボロ人形のようなヨナが握られていた。衣服は血で赤く染まり、ぐったりしている。


 それを見て顔中から汗が噴き出す。


「ヨナ! おいヨナ!! 聞こえてるか!?」


 だが、返事はなく体にも力がない。


 まるで、死――


「なわけがあるか!」


 大声を張り上げ現実を必死に受け入れまいと抵抗する。


「……ウィ……ル……」

「「ヨナ!」」


 弱弱しいが、確かに聞こえたヨナの声。

 だが、早く助けないと見るからに危険だ。


「だが、どうやって倒す? そもそも勝てるのか?」


 こんな時にでも冷静に自分を客観視する自分が嫌になる。


「ヨナを離せぇ!!!」


 そんな俺を他所目にウィルは剣を構え駆け出していた。


 ヨナを握っている左手を目掛けて振り下ろした短剣は……到達する前にまるで虫のように右パンチで簡単に払いのけられてしまった。

 このゴブリンは全く力を使ってないだろう。だが、その圧倒的な体格差とパワーの前にウィルはまるで玩具のように簡単に吹っ飛び、その先の木に勢いよく叩きつけられてしまった。


「ぎゃっ!」


 という肺が圧迫されるような声にもならない声と、何かが壊れ、千切れるような音をさせながら、その小さな体はずるりと地面に力なく転がり落ちた。

 赤い水溜まりが出来、どんどん大きく広がっていく。


 その光景を前に立ち尽くすことしか出来なかった。

 胃のあたりから食道に上がってくる異物感……。

 俺は吐いた。


 さっきまで一緒にいたふたりが血に染まって今にも死にそうだ。

 こんなに呆気なく人は死ぬのかと、次は自分の番ではないのかと……。

 襲い来る頭痛、吐き気、そして死の恐怖。


 俺はビビッて動けなかった。


 そんな俺をゴミのような目で見るゴブリン。

 完全に戦意喪失した俺に興味を無くしたゴブリンは、こちらに背を向け立ち去ろうとする。


「……待……て……、……ヨ……ヨナ……を……」


 声にもならないような声を絞り出し、微かに聞き取れたウィルの声。


「ウィル! 生きて……!?」


 辛うじて生きていたウィル。

 プルプルと震えながらも強引に体を起こすウィル。口元は真っ赤に染まり、腕はだらんと垂れ下がり力が入っていないようだ。目を真っ赤にし大粒の涙を溜めながらも、泣き喚くことはせず、激痛に耐えながらも妹を取り返そうとする兄の姿がそこにはあった。


 こんな年下のガキが必死に戦おうと、生きようとしているのに、俺はなんだ?

 何やってんだ俺は?

 俺が警戒を解かなければ、ヨナがはぐれたことに気付いたハズだ。

 俺が自分の能力をもっと知っていれば、こんな危険は最初から避けられたハズだ。

 俺がもっと強ければ、ふたりをこんな目に遭わせずに済んだハズだ。

 俺が……。


「あああああああああああああっ!!!!」


 俺は無意識に叫んだ。必死に死の恐怖を誤魔化すために。


 そして無意識に振りかぶり、槍投げの構えを取る。


 追いかける体力もない。あのゴブリンを倒す力もない。出来るのはこの一投に全力を込めることだけだった。


 血が滲み出るほど槍を握りこみ、腕の筋繊維がミシミシと音を立てるほど、溜めに溜めたパワーを、踏み込み、全身のバネと体重移動でその槍に伝える。


「ぉらあ" っ!!!」



 放たれた槍は一筋の光跡を残し、背後からゴブリンの左肩から下をえぐり取った。その槍はドリルのようにゴブリンの腕を貫通し、さらに奥の大木までもブチ破っていった。


「ギャアアアアアアアア!!!」


 ゴブリンが痛みに絶叫すると同時にヨナを握っていた太い腕が大きな音を立てて地面に落ちる。

 一方でリッカも糸が切れた操り人形のようにその場に崩れ去る。

右腕が負荷に耐えられず、だらりを垂れさがり力が入らない。


 ゴブリンはギロリとこちらを睨み、完全にリッカを標的にする。

 頭に血が上り、荒い息を立てながらゴブリンが、せめてもの憂さ晴らしにとこちらに歩み寄ってくる。


 ……ヨナは無事か? ……この隙になんとか……逃げろ……


 徐々に大きくなる足音。恐らくキレているであろう相手に何とか抵抗しなければ……、せめて時間稼ぎをしなければ、と体を起こそうにも体が思うように動かない。

 満身創痍、唯一の武器も手放してしまった。だが、その目からは光は消えていなかった。


「来いよデブ! ぶっ殺してやるよ!」


 目の前が巨体の影で覆われる。ゴブリンは汚い笑みを浮かべ、太い腕を振りかざし、怒りのままにその頭蓋を砕こうと振り下ろした。




 あー……、やっぱ俺には勇者なんて無理だったか。せめてあのふたりは無事でいてくれよ……。





「……サンダーボルト。」


 視界が一瞬で白く染まり、刹那、強大な雷の柱がゴブリンを貫いた。

 ドオン!という衝撃に大の男が軽々と吹き飛ばされ、大きなクレーターを作り、超高温度の雷で焼かれたゴブリンは跡形もなく消し炭になっていた。


「……やれやれ、突然槍が飛んできたから何事かと思えば……どこかで見た顔だね?」

「……!??……お前は……あの時のくそばばぁ……!!」

「相変わらずの口ぶりだね。アーデルヴァイトとちゃんと名乗ったじゃろう?」


 遠くから現れたのは、あの時のばばぁだった。

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