第17話 卑怯?なにそれ?

「おい兄ちゃん、どうした? 顔色が悪いぞ? ははーん、さては血が苦手だな? どうだ? 図星だろ?」

「あ、あぁ……、まぁそんなところだ」


 血塗れの短剣を持ちながらニコニコのウィルに、原因はお前だとはとても言えなかった。


 ウィルの足元には血の水溜まり。その水溜まりの元になったレッドウルフに変化が起こる。

 淡い光に包まれたかと思うと、気泡のような、光のような、そんなものを放ちながら消えていった。

死体はキレイさっぱり消えさり、その後には小さな石が残されていた。以前のスライムと同じような石だ。


「ウィル、その石は?」

「あ? これ? これは魔石だよ。 魔物を倒したら出てくるんだよ」

「出てくる? そいつらは魔石を食べてるのか?」

「さぁ? 倒したらなんかそれだけ残して消えてくんだよ」


 そういうものだと言われればそれまでだが……、なんだこの違和感は? 質量保存の法則はどうした?


「ほら、これは兄ちゃんが倒したから兄ちゃんのものだよ!」


 ウィルは血溜まりの中に残された魔石を拾い上げ、雑に投げる。


 死体は消えるが血は残るのか……。

 視覚的に血も消えて欲しかった。


 以前倒したスライムも同じように消えて魔石だけが残されたのだろう。道理で死体がなかったわけだ。

 そして前回は黄色、今回はオレンジ色の魔石だ。色の違いに性能や価値のちがいがあるのか? まぁ、ウィルが雑に扱うあたり大した高価ではなさそうだ。


「それはギルドで換金するなり加工するなり兄ちゃんの好きにしなよ! 今回の目的はゴブリンだし、さっさと次に行こうぜ!」


 俺が一匹倒したのを見て触発されたのだろうか? 俄然やる気が出たように見える。


「そうだな。次にいくか」


 俺も少し休んで気分は落ち着いたようだ。

 深く深呼吸をし、近くの気配を探す。


「なぁ、兄ちゃん。それで魔物を見つけたんだよね? それって何やってるの?」

「秘密だ」

「なんでだよ! ちょっとくらいいいだろ?」

「秘密だ。」


 こいつは口が軽そうだし、声もでかい。わざわざ教える必要はないだろう。なんせチートスキル無しなんだ。できるだけ俺のことは知られたくない。


 気を取り直し、また視覚と聴覚と嗅覚をフル動員する。


 さっきのレッドウルフとは違う独特の獣臭。ドブのような、汚水のような鼻につく臭い。


「こっちだ」

「どうやってわかるんだよ? なぁ兄ちゃん、ちょっとだけ教えてくれよ!」

「また今度な」


 と、軽くあしらう。羨ましいというようなことを言っていたが、良いことばかりではない。臭いものは臭いんだよ。



 しばらく臭いの方へ歩くと、少し開けた場所に着いた。

 足元の草が踏み倒されている。つまり、何者かが何度もここを行き来しているという事だ。


「近いぞ」

「よっしゃあ! 今度こそ見てろよ!」

「ウィ、ウィル。声……!」


 慌てふためくヨナを尻目に俺はツッコむのを諦めた。


 注意深く臭いの元へ近づいていく。そしてその臭いの元凶を視界に捉えた。


「あれがゴブリンか……」


 緑色をさらにどす黒くしたような肌の色。爬虫類のようなギョロっとした目。口からはみ出した牙。その形相はまさに鬼だ。

 体長は……60センチ~70センチほどだろうか。ウィルよりもさらに一回り小さい。器用に二足歩行をしており、猿よりも人間に近いようだ。一丁前に手には武器を持っている。と言ってもただの木の枝のようだが……、武器を使えるとなるとチンパンジーよりも知能は高いのか?


 外見はおおむね俺がウィルに語ったようなイメージ通りのゴブリンだ。

 そう、見た目はイメージ通りだ。

 問題は中味だ。


 強い方か、弱い方か、果たして……。


 いろんなゲームやラノベに出てくるゴブリン。基本的には雑魚キャラに分類されるが、稀に強いゴブリンがいる。

 ゴブリンの上位種や、何かに特化したゴブリン。D級の位置付けだから強いという事はないだろうが……。


 ウィルがビンビンにフラグを立てまくっていたのが妙に気になる。


 まぁ考えても仕方ない。とにかくゴブリンを倒さなければ話が前に進まないのだ。様子を見てヤバければ逃げる。よし、これでいこう。


 手筈通り作戦に取り掛かる。

 なるべくゴブリンとの距離を詰める。手にはその辺で拾った石ころを持っていた。


 遠くから投擲で一方的に攻撃、何もさせず障害物があまりない場所へ誘導、ヨナの魔法で止めを刺す。

 卑怯? 知ったこっちゃない。正々堂々真正面から戦う気はさらさらない。


 木の陰を利用しながら少しずつ近づいていき、射程距離の7メートルまで到達した。


 いよいよ仕掛ける。

 石を手にし思いっきり振りかぶり集中して狙いを定める。バスケの試合でディフェンスの手の間を通し、ゴール下に走り込む仲間に正確にパスをする。そんなイメージで思いっきり石を全力で投げる。


 石の小ささも相まって1秒足らずでゴブリンの頭部に到達する。何かの気配に気付き、振り向いたゴブリンの左目に直撃した。まるで生卵が潰れるかのような気持ち悪い音を立てながら石は目を抉り、ゴブリンはたまらず叫び声をあげる。


 奇襲は成功した。この機を逃すまいと、さらに追い打ちをかける。


 逃げ回られると面倒だ。次は動きを封じたい。


 さっきよりもさらに目に力を込め集中する。

 目にフォーカス機能が付いたような、ゴブリンの下半身にズームされるような感覚。


 放たれた二投目はゴブリンの足に直撃する。

 骨が砕けるような音が森に響き、敵の機動力を奪うことに成功した。


 後方にいるウィルに合図を送り場所を変える。

 ゴブリンの退路を断ち、なおかつ挟み撃ちするように移動を開始する。


 周りを警戒しつつ、ゴブリンへの警戒も怠らない。

 かなりの集中力を要し、思ったよりも疲れが出始める。


 一方、突然の攻撃に理解が追い付いていないゴブリン。痛みと苛立ちでかなり気が立っているようだ。

 うめき声とも叫び声とも取れない声を絶えず発しながら千鳥足でどこかへ向かおうとしている。


 と、その先にリッカが立ち塞がる。

 当然、その怒りと痛みの矛先は目の前の男に向けられることになる。

 初めてゴブリンと正面から向き合った。


 うわー怖そうな顔してるな……、よく見たら気持ち悪いし。


 よく異形なモノや醜悪なモノとしてゴブリンが描かれているが、こちらも例に漏れず醜悪な顔つきだった。もっとも目を損傷させてもっと醜悪にしたのは《ルビを入力…》この俺だが。


 目の前に現れた者を敵として認識したゴブリンは戦闘態勢に入る。歯をギリギリと食いしばり、涎を垂らしながら唸り声をあげながら、手に持った木の棒を高々と掲げ威嚇する。

 


 その様子を槍を構えながら冷静に分析する。


 ダメージは確実にあるようだ。手に持った武器は? リーチは圧倒的にこっちが上。投げようにも足を怪我をしている。まともに投げられるはずがない。

 ウィルとヨナは? 準備に手間取っているのか?


 しばらく睨み合いが続くが……、


「おーい兄ちゃん! どこ行ったんだよー!」


 ゴブリンの後方から声がする。


 嘘だろ?! あいつら見失ってたのか?!


 ゴブリンは汚い笑みを浮かべながら声がする方へ駆けだした。


「ウィル! ヨナ!! そっちへ行ったぞ!!!!」


 叫びながら全力で後を追う。


「そっちって……?!!!」


 慌てて短剣を構えるウィル。辛うじて振り下ろされた木の棒を受け止める。受け止めれたのはマグレだったのかもしれない。


「くっそ……、こいつ……!」


 ウィルは必死に踏ん張って耐える。体格的にも怪我していることを考えてもウィルが圧倒的に優位なはずなのだが……ゴブリンの腕力は想像以上のようだ。


「ウィル!!!」


 後ろから思いっきり槍を突き刺す。

 その激痛に思わず叫び暴れるゴブリン。

 暴れた勢いでウィルは後方へ弾き飛ばされてしまった。


「ヨナ!!! 今だ!!!」


 怒りと痛みで槍が背中に刺さったまま見境なく棒を振り回し暴れまわるゴブリンから急いでバックステップで距離を取る。


「さ、サンダーボルト!!!」


 ヨナが魔法の名前を発すると、森の中に一筋の光が走り、一瞬目の前が真っ白になった。偶然にも槍が避雷針の役割を果たし、電撃はゴブリンの体を貫いた。

 声を上げる間もなく、体を高温で焼かれたゴブリンは皮膚を焦がしながらその場に倒れ込んだ。

 ピクリとも動かない体は、じきに淡い光に包まれだした。


「……や、やった……! ゴブリンを倒した! 倒したんだ!!」


 感極まり思わずヨナに抱き着くウィル。


「やれやれ……。」


 予定とは大幅に違ったが、とにかくこのパーティーの初勝利だ。

二人の喜ぶ様子を見て、大きな息を一つ吐き、ようやく緊張を解いた。とりあえず最低限のノルマは達成できたことに安堵していたが、ここで重大なミスを犯していたことに、俺はまだ気付いていなかった。

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