雪を溶く熱

無月兄

第1話

「俺、転校するんだ」


 日が落ちた頃、全身を雪まみれにしながらうちへとやって来た秋人は、寂しそうな態度で私にそう告げた。


「突然やって来てこんなこと言うなんて、変だよな。俺達、幼馴染みだけど、最近じゃほとんど話すこともなくなったってのによ。だけど、美冬とももう会えなくなるって思うと、どうしても直接会って話したいと思ったんだ。何でだろうな?」

「…………」


 それはきっと、秋人が私に気があるから。そして、それに気づいた私もまた、今頃になって秋人の存在を意識し始める。どうしよう、ドキドキしてきた。

 ──とまあ、秋人の思い描いた筋書きでは、きっとこんな事になっているんだろう。


 こんなんでも私の幼馴染。大変不本意ながら、彼が何を考えているかはだいたい分かる。いや、単に彼の思考の底が浅いだけなのかもしれない。


 ちなみに、彼が引っ越し、転校することになるのはとっくに知っていた。何しろ、本人が学校でそう叫んでいたからね。

 さらに、その後にあった友人の男子生徒とのやりとりがこれだ。


「転校先って男子校なんだぜ。これじゃ彼女できねーよ」

「まあ、そう気を落とすなよ。お前なら、例え転校しなくても彼女作るのは無理だったよ」

「無理じゃない! よーし、こうなったら今のうちに彼女作ってやる! この際誰だっていいから! 今思いついた秘策があるんだ!」


 そんな会話を繰り広げ、教室中の笑いを誘ったのが今日の昼間の出来事。そこから顧みると、これが彼の言っていた秘策なのだろう。


 急にやって来て、思わせ振りな態度を取り、別れの寂しさをアピールする。そうすることで、クラっと落ちてくれるのが狙いなんだろう。

 全身雪まみれなのも、雪が降る中君のために頑張って来ましたよって感じを出すための演出に違いない。一応今も雪は降っているけど、どう考えてもこうまで酷いことにはならない。きっと地面に積もってた雪を自分でかけたんだろう。


 だけど残念。昼間あんなにも「誰でもいい」なんて大声で叫び、魂胆が見え見えの彼を見て、「好き♡」となるには無理がある。

 そもそも、これまでの秋人の言動を聞くとだいたい分かるだろうけど、彼は恋愛対象として見るにはなんというか、あらゆる意味で残念なヤツなのだ。クラスの女子からも、「秋人君って顔は悪くないけどあの中身はないわ~」と評判だ。遠くから見ている分には、笑えて面白いんだけどね。


「寂しくなるけど、転校先でも元気でね」

「あ、ああ……」


 秋人の話のレパートリーが尽きてきたのを見計らい、素っ気ない口調で言葉をかけると、彼もこれ以上続けるのは難しいと思ったんだろう。残り短い時間よろしくと言い残し、そそくさと玄関から出ていった。

 ただその直後、扉越しに秋人の声が聞こえてきた。


「うーん、どうもいい雰囲気って感じじゃなかったな。いったい何がいけなかったんだ?」


 聞こえてるよ。反省会なら、せめてもう少し離れたところでやってよね。


「まあいいや。数打ちゃ当たる、次の子の家に行ってみよう。このペースだと、今日中にあと三軒くらいならいけそうだ。あっ、次はもっと雪まみれになった方が必死さが伝わるかも?」


 だから、全部聞こえてるって。っていうか、他の子にもこんなバカなことするつもりなの? 

 いくら雪まみれになったって、伝わるのはマヌケさだけだよ。っていうか、玄関の中に雪が落ちて迷惑なんだけど。


 少しして秋人の声も聞こえなくなり、次の女の子の家へと向かっていったのだと察する。だけど果たして、彼のこの珍妙な作戦に引っ掛かる子なんているのかな?


 それからしばらくして、クラスの女の子からグループラインが届いた。いきなり秋人が訪ねてきて、真っ青な顔してビビったけどチョーウケた、だそうだ。

 どうやら、何度も全身を雪まみれにした結果、風邪をひいたらしい。










 翌日、いよいよ秋人の引っ越す日がやって来た。風邪ひいたって聞いたけど、大丈夫かな? みんなも、雪にまみれる時は気をつけようね。


 私が偶然彼の家の側を通りかかると、家族全員が外に出ていて、ちょうど出発しようかってタイミングだった。


 そんな中秋人は、一人ガックリと肩を落としている。私もそうだけど、彼もずっとこの街で育ち、一度も外に出たことの無い身だ。離れるとなると、やっぱり込み上げてくるものがあるのかな? あるいは、風邪のせいで体調が悪いのかもしれない。

 そう思っていると、秋人は突如顔を上げ、天に向かって叫び出した。


「うぉーーーーっ! 彼女プリーーーズ!!!」


 うん、違うな。あれは街を離れる寂しさでも、風邪で苦しんでいるのでもなくて、単に彼女ができなかったのを嘆いているだけだ。結局、できなかったみたいだね。


 それから秋人は、お父さんから近所迷惑だと言われて小突かれ、家族全員、車に乗って去っていった。


「声くらいかければよかったかな?」


 なんとなく声をかけそびれたけど、あんなのでも、小さい頃からずっと見てきた幼馴染み。その最後の姿が、あんな風に彼女を欲しがって嘆く場面だなんて、なんだか泣けてくるよ。


 フッとため息をついた後、ポケットからスマホを取り出し、秋人に向かってメッセージを送る。


『見送り行けなくてごめんね。風邪、もう大丈夫? 夏休みとか、たまにはでいいから戻ってきなよ』


 気がつけば、いつの間にか頬を一筋の涙が伝っていた。果たしてこれが、秋人の残念ぶりが哀れ過ぎて流れたものか、はたまた別れの寂しさのせいかはわからない。


 確かなのは、秋人はすっごくすっごく残念なヤツだったけど、それだけに端から見ていたら面白いヤツだったってこと。ずっと近くにいると思ったら正直ウザイけど、いざいなくなるとちょっと寂しい。

 えっ、誉めてるのか貶してるのかどっちだって? さあ、それは私にも分からない。言うなれば、ただの事実だ。


「元気でね」


 届くことのない言葉を、ポツリと呟く。その直後だった。スマホが震え、電話がかかってきたことを伝えたのは。

 相手は秋人からだっだ。


「もしもし、秋人?」

「美冬、メール見たよ。ありがとな」


 わざわざそんなことで電話してこなくてもいいのに。苦笑しながら、だけど嫌な気はしなかった。そう、この時までは。


「それにしても、直接会うのが恥ずかしいからメールでなんて、美冬も可愛いところあるじゃないか」

「…………は?」


 いきなり何を言い出すんだコイツは?

 呆れる私をよそに、スマホからは尚も秋人の得意気なセリフが聞こえてくる。


「安心しろって。全部を言わなくても、俺にはちゃーんと分かってるからよ。お前が時々俺のことを熱い眼差しで見てたのだって、バッチリ気づいてたからな。なのに、今の今までそれに応えてやれなくてごめんな。本当は俺だって、お前に見つめられる度に、雪さえも溶かすくらいの熱い想いがハートに灯って……」


 ────ガチャ。


 私は電話を切った。これ以上聞いていると、なんだか頭が痛くなりそうだ。


 さっきも思った事の繰り返しになるけど、秋人は端から見る分には面白い。だけどそれはあくまで端から見た時であって、近くにいると正直ウザイ。それに、彼氏としてはやっぱりないわー。


 さようなら秋人。転校先では、その残念ぶりはほどほどにね。


 おしまい( *´・ω)/(;д; )

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雪を溶く熱 無月兄 @tukuyomimutuki

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