しっぽの日

もり ひろ

しっぽの日

♤ しっぽの日なんて久しぶりだな。最後に日本にしっぽの日が来たのって、いつだっけ。


♧ 二十三年ぶりだってテレビでやってたよ。


♤ 二十三年前じゃまだ赤ん坊だったから、全然覚えてないや。


♧ そうだなあ、実家にしっぽの日の写真が残っていた気がするけれど、大したことなかった気がするよ。


♤ でも、お前、ちょっと始まってるぜ。


♧ え、うそ、どこどこ。


♤ ほら、お前のズボン。尻のあたりが膨らみ始めてる。


♧ うわ、ほんとだ、もう始まってるんだ。


♤ いいなあ、俺なんてまだ何も始まってないぜ。


♧ まあ、まだこれからでしょ。ピークはこれからだし。


♤ ピークは何時だって?


♧ 十四時四十分だって。


♤ あと二時間もあるのか。


♧ 二時間もあれば生えてくるでしょ。


♤ さすがに二時間でどうにかなるとは思えないけど。


♧ 僕なんて、ちょっとズボンがきつく感じてきたし、しっぽが伸びたって良いことないと思うよ。


♤ でもよお、次は十九年後なんだろ。そんなに待っていられないさ。


♧ マジで、ズボンの中がきつくなってきた。ちょっと脱いでいいか。


♤ いいけど、前からぶら下がっているほうはあんまり見たくねえな。


♧ 何言ってんだよ、銭湯でいつも見てるだろ。


♤ 銭湯で見るのと、部屋で見るのはなんか違うだろ。


♧ いやあ、脱ぐと楽だわ。見ろ見ろ、こんなに伸びてきたぜ。


♤ そっちじゃなくて、後ろ向けよ。


♧ あ、こっちか。


♤ すげえ、マジで伸びてきてる。


♧ こんなのズボンに収まるわけないよな。


♤ なんだっけ、あれ買えば良かったじゃん、ほら、あの、


♧ 「しっぽの日パンツ」のこと?


♤ そうそう、あれ買えば良かったじゃん。


♧ たった一日のためだけに長蛇の列にならんでまで買えるかよ。しかもけっこう高いんだろ?


♤ 俺買ったぜ。しっぽの日パンツ。


♧ え、いつの間に買ったんだよ。


♤ 一昨日かな。


♧ 並んだの?


♤ いや、並ばなかった。


♧ 高かっただろ。


♤ イチキュッパ。


♧ 一万九千八百円もしたのか。


♤ 百九十八円。


♧ やっす! どこで?


♤ ドンキ。


♧ ドンキかあ、大丈夫なやつなの?


♤ 一日履くだけだし、大丈夫っしょ。


♧ わざわざ今日のためだけに買ったのか。


♤ 俺はさ、これを履いて、ピークに合わせて外出するつもりなんだ。


♧ パンツはあっても、「しっぽの日ズボン」だって必要だろ。


♤ 買ったよ。


♧ いつの間に?


♤ 一昨日。


♧ ドンキ?


♤ ドンキ。


♧ あれもけっこう高いんだろ?


♤ サンキュッパ。


♧ 三万?


♤ 三百。


♧ やっす。大丈夫なのかよ、ほんとに。


♤ 一日履くだけだし、大丈夫だろ。


♧ で、わざわざそんなの買って、お前はどこに外出するつもりなんだよ。


♤ 渋谷。


♧ 渋谷?


♤ 渋谷のハチ公前とか、アオガエルとか女子高生がいるじゃん。


♧ うん。


♤ あの子たちにしっぽ生えてみ?


♧ え?


♤ お前は想像力がねえな。お前のしっぽが伸びてきてからズボンがどうなった?


♧ ズボンは、脱ぎ棄てられた。


♤ その前だよ。


♧ ズボンが苦しくなった。


♤ そう、それよ。


♧ それと女子高生が何の関係があるんだよ。


♤ 女子高生って言ったら、みんなスカートだろ。スカートでしっぽが伸びたらどうなると思う?


♧ こう、にょきにょきして、ズボンじゃなくてスカートだから、あ、あ、あ!


♤ な? こっちの前のしっぽがにょきにょきしそうだろ。


♧ なあ、お前のその「しっぽの日セット」を僕にくれよ。


♤ なに言ってんだよ、俺が買ったもんだろ。


♧ だったら僕がお前から買おう。合わせて千円もしないしな。


♤ 普通に買ったらめちゃくちゃ高いんだぞ。五万だ、五万。


♧ 五万出すよ、ほらくれよ。


♤ 俺がこれを履くんだ。


♧ 十万でどうだ。


♤ くう。


♧ お前、大してしっぽだって伸びてないし、使う必要ないだろ。


♤ まだ二時間もあるんだぞ、伸びるかもしれないだろ。


♧ そしたら、下半身裸で行けばいいだろ。


♤ 捕まるだろ、絶対嫌だ。お前に売るつもりはない。


♧ 十五万でどうだ。


♤ 売ろう。


♧ 単純だな。ほれ、寄こせよ。


♤ その前に、現金でもらおうか。


♧ 待て待て、そんなまとまった現金なんて手元にないよ。


♤ 今ある分、とりあえず全部もらおうか。


♧ 財布にある二万、とりあえずこれでいいか。


♤ まいどあり。


♧ で、ブツはどこにあるんだ?


♤ これだよ、これ。


♧ ずいぶんと厳重に保管してたんだなあ。


♤ ほら、これ、やるよ。


♧ サンキュー。開けるぜ。


♤ おう。


♧ あれ?


♤ おや。


♧ 布、少なくないか?


♤ 布っていうか、紐だな。Tってやつだな。


♧ 僕が知ってるのと全然違う。テレビでやってたやつだと、普通のボクサーパンツの後ろにスリットが入っていて、しっぽだけ出せるようになってたぞ。これは、女性用のセクシーなランジェリーじゃないか。


♤ 布が少ないから安かったのかあ。まあ、紐ならしっぽが伸びても邪魔にはならないよな。


♧ 二万返せ。


♤ やだね、俺はもうお前に売ったから。


♧ クーリングオフさせろ。


♤ もう二万、使っちまったし。


♧ いつ使う時間があったんだよ。返せ、悪徳商人。


♤ それ履いて、渋谷行って来いよ。


♧ こんな恥ずかしいもん履いて行けるわけないだろ。この三角の布に、前が収まるわけないし。


♤ お前のなら収まるから、大丈夫だから。


♧ うっせ、いいから二万返せ。


♤ 待て待て、お前は「しっぽの日ズボン」だって俺から買ったんだろ。


♧ どうせこっちだって、似たようなもんだろ。


♤ 見てみろ、こっちは案外大丈夫そう。


♧ あ、ほんとだ、これなら履けるかも。


♤ 一度、履いてみ?


♧ ノーパン?


♤ Tバック履けよ。


♧ Tバックって言っちゃってるし。


♤ あ。


♧ あ、じゃねえよ。とりあえず、履くけど、金は返せ。


♤ どっちかにしろよ。まあ、いいや。とりあえず、履いてみ?


♧ どうよ。


♤ ああ、見た感じ大丈夫そう。


♧ じゃ、僕は一足先に行ってくるよ。


♤ 早いなあ。


♧ お昼のワイドショーで街角インタビューとかされるみたいだし、テレビつけて見ててよ。


♤ わかった。テレビで様子見ながら準備して、僕もぼちぼち向かうよ。


♧ じゃ、またあとで。


   ◇


――まもなくピークを迎える「しっぽの日」ですが、渋谷ではいつもとはちょっと変わった光景が見られます。都内の公立高校は、本日に限り私服での登校としました。女子高生たちは、都から支給されたしっぽの日専用の衣服での登校をしています。その渋谷で、臀部を露出した男性が逮捕されました。全国各地でこのような事件やトラブルが頻発しています。


♤ あ、あいつ捕まってる。尻丸出しじゃん。安いズボンだから後ろに布がなかったのかあ。俺は家で大人しくしていよう。

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