第15話 サークルの勧誘⑤

 新部室がある部室棟に向かうと、今日は珍しく誰もいなかった。

 とりあえず俺たちは南原先生の後を追い、一階にある一番奥の部屋前にたどり着く。


「なんか埃まみれじゃない……?」


 星川が引きつった表情でそう言う。

 たしかに出入り口扉の窓から中を覗くと、中はカーテンで日光が遮断され、薄暗く、手前にあったなが机の上にはびっしりと埃がかぶっていた。

 一体ここはどのくらい使われてなかったんだろうかと思ってしまうほどに汚れている。

 南原先生が上着ポケットから鍵を手に取ると、すぐに施錠を外す。

 そして、キーキーと錆び付いたような音を立てながら、引き戸を開けると、中の空気が一斉に流れ出してきた。

 それに対し、俺たちは咳き込み、すぐさまに廊下の窓を全開にする。


「思っていた以上にすごかったな」


 目に溜まった涙を指で拭いながら、南原先生はそう言うと、部屋には入らず、来た道を引き返す。


「あの、南原先生はどちらに行かれるんですか?」


 すかさず逃すまいと夏空が声をかける。


「どちらにって、私は研究室に戻るだけなんだが?」

「なぜ戻られるのでしょうか? サークルの顧問として最後まで付き合うのが筋というものじゃないでしょうか?」


 夏空の表情がいつにもまして冷たい。

 夏空は俺以外に対しては基本冷たい対応なのだが、今に限っては以上なくらいだ。寒気すら感じる。

 だが、南原先生はそれに臆することなく、いたって普通に対応。


「私とて常に暇というわけではない。講義はもちろんこの後もあるし、生徒が提出したレポートの確認もしなければならない。そんな中でサークルに参加できると思うか? 普通に考えても無理だろう? だから、夏空の言いたいことは大体わかるが、ここはお願いできないか?」


 こう言われてしまうと、夏空も言うことがない。


「じゃあ、西島。あとは頼んだぞ」


 そう言われ、投げられた鍵を手で受け取ると、次こそ南原先生は部室棟から出て行ってしまった。

 残された俺たち三人は汚れきった部屋を見回す。


「と、とりあえず掃除でもするか」

「そうね……」

「うん、掃除しないと使えないもんね」


 というわけで部屋にあった掃除道具を手に、分担して作業を始めた。



 作業を始めてから約二時間が経過した。

 部屋の前の廊下にはゴミ袋が山積みにされ、掃除と汚れの度合いを物語っている。


「これで一応終わりでいいか?」

「そうね、もうこれ以上する場所もないでしょうし」


 そう言って、俺たち三人はひとまず掃除道具を元あった場所に片付ける。

 室内は見違えるように綺麗になり、埃をかぶって何も見えなかった長机や床の表面は雑巾掛けなどでピカピカに輝いている。

 ふと窓の外を見ると、辺り全体が橙色になっている。


「え、もうこんな時間?!」


 星川が自分のスマホで時間を確認するなり、大仰な反応を見せる。


「何か用事でもあんのか?」

「えーっと、バイトがありまして……」

「バイトか。何時からだ?」

「そ、それが、五時からでして……」


 五時? 俺は自分のスマホをポケットから取り出す。


「って、もう六時前だぞ!」

「そ、そうなの! 愛夏どうすれば……」

「どうすればって早く行けよ。あとは俺たちがやっとくからさ」

「わ、わかった! じゃあ、あとはお願いね!」


 星川は自分の荷物を手に取ると、走って部室棟から出て行った。

 あとの片付けを二人がかりでやると考えると、少し辛いような気もしなくはないが、こればかりは仕方がない。


「夏空、悪いけどあとは俺たちでなんとか……」

「そうね。でも、私としては海斗くんと二人きりになれてむしろ嬉しいわ」

「何を言ってんだよ……」


 夏空は本当に嬉しそうな仕草を見せる。

 が、俺はあくまで塩対応。

 流されてはいけない。たしかに美少女だし、流されてもいいかなって一瞬は思ったりもしたけど、俺にだってプライドというものがある。本当に好きになった人としかあんなことやこんなことをしない。


「いいから、早く片付けて帰るぞ。遅くなる」


 俺はそれだけを言うと、部屋から出て廊下に山積みにされたゴミ袋を持てる限り持つ。

 一方で俺の反応を見た夏空は頬を膨らませ、拗ねたような表情を見せる。


「やっぱり海斗くんは頑固者……」

「うるせ」


 俺と夏空は再び動き出すと、廊下のゴミ袋を手分けしてキャンパス内にある収集場に持って行った。

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陰キャぼっちの俺は、ある日校内一の美少女から婚約者だということを告げられました。 黒猫(ながしょー) @nagashou717

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