午前三時の小さな冒険
ritsuca
第1話
ヴー、ヴ―。
細く開けた網戸からの風の音とも違う音に、ふと顔を上げる。左手首を見れば、スマートウォッチの画面が光っていた。座りすぎ防止通知だ。
あーはいはいと立ち上がりがてら壁に掛けた時計を見遣れば、そろそろ3時になろうかという頃合いだ。
両腕をクロスさせて上へ伸ばしつつ上体を右へ、左へ。立ち上がったついでとばかりにストレッチをしながら、今日の予定を思い返す。
とっくに日付が変わっているので今日は月曜日。コロナウイルス流行に伴って在宅勤務制度が導入されたものの、まだまだ物理的な業務を減らせない職場には、週2回程度通うことになっている。さて今日はどちらだったか。
今度はクロスさせた両腕を下へ。身体を折り曲げるついでに、机の上に開きっぱなしの手帳をちらりと見遣る。何も書いていない。そういえばタスク管理が主な用途になっていて仕事を始めるときに手帳を書き始めるので、事前に次の予定を書いたりはしていなかったなと思い出す。
(うーん、申請した内容、どっかにちゃんと書き写しとかないとだめだな…?)
幸か不幸か旧態依然とした職場は、前日までに申請しておかないと時差出勤もテレワークもできない……ことになっている。どこにでも抜け道というのはあるものだし、最終的には自分の部署の担当者がどの程度融通してくれるかにもよるのだが。
一通り身体を伸ばし終えて、改めて椅子に座る。ずっと稼働させていたPCから申請書の控えを開けば、明日は在宅勤務日になっていた。
(なら、いいかな)
PCを閉じよ、外に出よう。
心の中で嘯いて、身支度を整える。鍵とスマホだけを持って、外に出た。
朝まだきの空は、まだ暗い。こんな時間に女一人、普段なら眉を顰められるだろうけれども、幸か不幸か緊急事態宣言のおかげか、今のところトラブルに見舞われたことはない。
自転車の鍵を開錠して、サドルに跨る。さて、今日はどこまで行こうか。安さ優先で買った自転車は、電動モーターもついていなければ、ロードバイクでもない。ごくごく普通の街乗り自転車を静かに走らせて、夜の道をいく。
(あ、もう、空が)
3回に1回くらいの頻度で訪れている高台の公園に着いて、自転車を降りる。街中を見渡せる公園からは、空の一角が白み始めているのが見えた。
(前回同じくらいの時間にここに来た時はまだまだ暗かったのに……なんだろう、あれ)
公園のフェンス越しに見える少し先の道、知らない花を見つけた。今日は、あれを見てから帰ろうか。
午前3時、小さな小さな私の冒険が始まる。
午前三時の小さな冒険 ritsuca @zx1683
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