三分以内にお前を倒す!

@chauchau

涙の味


 情けは人の為ならず。

 人にかけた情けは、巡って結局は自分のためになるというこの言葉。だけど俺にはどうしても情けは人のためにならないからやめましょうという意味に思えてならない。

 もう少し言えば、情けは他人のためになったとしてもそれが巡って自分のためになるとはどうしても思えない。


 これが逃避行であると分かった上で、それでも俺に出来ることは一秒でも早く現場へ直行することだけだ。

 いまどきメカに乗っていないヒーローなんてちびっこにだって見向きもされはしないのに、いまだに俺はこの足以外の移動手段を持たないんだ。ああ、もうまったくもってして……。


「ヒーローなんてやってられっかァァ!!」


 あれは俺がまだ十二歳の頃。

 長年連れ添った相棒ランドセルを卒業し、ぴかぴかの制服にそでを通しては根拠のない地震に満ち溢れていた頃。

 珍しい流星群をやってくると騒ぐニュースに唆されて親に黙って家を抜け出し裏山へ冒険に出掛けた少年は、そこで可愛らしい少女と出くわした。


 世界に危機が迫っていると説明を受け、少年は摩訶不思議な技術でヒーローへと変身することになる。

 そうだとも、その後彼にどんな未来が待っているかも考えることなく、だ。


 最初の一年は良かった。

 二年目も良かった。

 怪しげな空気が流れ始めたのは三年目である。少年は中学三年生、つまりは受験シーズン。しかし世界を狙う敵がそんなことを考慮してくれるはずもなく、まさかヒーローをしていると親に言うわけにもいかない少年は、世界の守る犠牲として受験戦争に大敗することになる。


 テレビじゃ一年以内に決着がつくのが当たり前な戦いも、現実世界でそうは問屋が卸さない。

 戦い続けて、気づけば少年は大人になって、今年で二十九歳。もはや立派なおっさんとなった今でも、彼はヒーローをまだ続けていたのだ。



 まぁ、彼って俺のことなんだけどさ。



『お兄ちゃん! 敵は土鳩商店街に進行中! 繰り返す、土鳩商店街に進行中!』


 正体を隠すヘルメットに内蔵されたスピーカーから女性の声がする。出会った頃はとても可愛らしく謎の技術で俺の妹として家にやって来た彼女も今ではすっかり大人のレディーである。

 俺とは違ってしっかり地元の小さな会社の会計事務として二足の草鞋を履いている。


『お兄ちゃん? 聞こえているの!?』


 彼女とのロマンスを考えなかったわけじゃないさ。でも、彼女は俺に興味はなかったらしくコロコロと新しい彼氏を作っては別れるといったリア充な生活を満喫し、ついこの間彼と結婚するの、と誠実そうな男性を紹介された。


「ああ……、分かってるよ」


 一方で俺はと言えば、高校受験に失敗し地区で底辺の学校になんとか滑り込んだものの、そこでは不良たちから三年間パシリとして扱われ、大学に進むことも出来ずに就職も失敗してずっとフリーター。


 学なし、金なし、彼女なし。

 世界をどれだけ救っても、他人に評価されなきゃ何も意味がないってのはまさにこのことだ。


『しっかりしてよ! 地球を守れるのはお兄ちゃんだけなんだよ!』


 じゃあ誰が俺を守ってくれるのか。

 寄りにも寄ってどうして今日なのか。いや、今日であることは良しとしても、どうして今なのか。

 あと十分、いや、一分でも早く現れてくれれば。それか五分でもあとに現れてくれれば良かったのだ。


 どうして。

 どうして寄りもよって、俺がカップラーメンにお湯を注いだまさにその瞬間に敵が現れるんだ……!


 貧乏人にとってカップラーメンがどれだけ贅沢品か分かっているのか?

 名前を聞いても分からない謎のメーカーの品じゃない。カップラーメンと言えば、誰もが思い浮かべるまさにカップラーメンおぶカップラーメン。天下の謎肉たっぷりの憎いあんちくしょう。

 スーパーの見切り品半額セールで購入したとはいえ、俺には月に一度の贅沢だったんだ。

 それを……。どうして、それを……!!


 ヒーローは辞められない。

 そういう契約があるわけじゃない。いま俺がヒーローを辞めてしまえば地球が大変なことになるからでもない。


 もしもいま、ヒーローじゃなくなったとすれば俺に残るのは何なんだ?

 来年で三十歳になる俺が、親にももう何も期待されなくなった俺が、友達だって結婚や子どもが生まれて疎遠になっている俺が。


 誰に何を言われても、バイト先の年下に馬鹿にされていても、俺が俺としてやっていけるのは陰で世界を守っているという自負があるからだ。

 そこに正義も何もありはしない。俺はもう、自己満足でしか戦えない。それが悪いのか? じゃあどうしてこうなるまで誰も俺を助けてくれなかった?


 どうして。


 どうして。


 どうして。


「カップラーメンくらい……、好きに食べさせてくれよ……ッ」


『え? ごめん、何か言った!?』


「別に……、絶対この地球を守ってやるって言っただけだ!!」


『お兄ちゃん……』


「ふん……」


『急にやる気出してどうしたのさ、気持ち悪い』


 いつだって、俺の戦いは孤独なものさ。


 強化された俺の足で現場へは片道三十秒。


 二分間で敵を倒せって?


 やってやろうじゃないか。伊達に十五年以上地球を守っちゃいないんだ。


「俺の戦いはまだまだこれからだ!!」




 敵の能力が攻撃性能が低いくせに五回倒さないと倒しきることが出来ない鬱陶しい能力持ちだと知ったのは、これから十秒後のことであった。

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