5m先にある未来

宮杜 有天

5m先にある未来

 その場所は暗くて、ちょっと蒸し暑くて、そして恐ろしく静かだった。草木も眠る丑三つ時とはよく言ったものだ。

 懐中電灯の明かりの先にあるのは、古い玄関ドア。欄間らんまとポスト付き枠のある、アルミ製のドアだ。

 人が住まなくなって久しい一軒家の玄関周りは雑草まみれになっていた。

 僕は二つ折りの携帯を開いて、写メを撮った。いつも使っているうpろだに画像をあげ、アプリを使って僕の立てたスレへアクセスする。


『例の場所キタ』


 書き込みといっしょにうpろだのリンクを貼った。

 そして僕は恐る恐るドアに近づくと、サムラッチタイプのドアレバーに手をかけ、親指に力を込めた。カチャリとフックが外れる音がする。

 ドアは思いの外、軽い力で開いた。


 最初に感じたのは、かび臭さだった。狭い玄関の先、奥へと廊下が続いており、左右と突き当たりにドアが見える。家の中は想像していたよりも荒れていない。

 写メを撮り、うpろだへ上げ、スレに書き込む。一連の動作は手慣れたもので、なんの問題もなく僕はやり遂げる。

 スレを見るとレスがついていた。


『乙です』

『こいつ、マジ行きやがった』

『トリップついてないし、偽物だろ』


 ああ、いけない。出かけるまではパソコン使ってたから、トリップ入れるのを忘れていた。


『すまない。携帯からだからトリップつけるの忘れてた』


 僕は慌ててトリップ付きでスレに書き込む。

 玄関からの距離は5mくらいだろうか。廊下の突き当たりまで行くとまた写メを撮ってスレに書き込んだ。


『これが例の部屋』


 もちろんここまで土足だ。

 ここは未来へ行けると某掲示板で話題になっている家だった。この家の一階にある突き当たりの部屋。その扉を行きたい日の午前「2:22」ちょうどに開けると未来へ行ける。指定できるのは日にちだけで、どれくらい先へ行けるかは指定できない。

 それは一年後かもしれないし、百年後かもしれない。とにかく行ってみないと分からない……ということだった。


 エレベーターで異世界に行く方法や、「飽きた」と紙に書いて異世界へ行く方法など有名なものがあるが、要するにそれの時間旅行版だ。

 携帯画面で時刻を確認する。画面の表示は「2:15」だった。

 僕はドアノブに手をかけた状態の写メを一枚撮ると、例によってスレに書き込んだ。


『2:22 ちょうどに開ける。もしレスが途絶えたら成功だ』


 写メと同じようにドアノブに右手をかける。正確に時間を計るために、左腕にはデジタル表示の腕時計をしてきている。

 時計は「2:20」ちょうどになったとこだった。あと2分。

 「2:21」に表示が変わる。そこからは右端の秒表示のみを見る。

「57……58……59……よし――!」

 僕はデジタル表示が変わると同時に扉を開けた。


        ☆


「どもー。ヤリキリちゃんねるの槍谷です。そして――」

「今日はカメラマンやってます、霧島でーす」


 背が高く痩せた青年と、デジタルビデオカメラを持った小太りの青年の二人が、廃屋の前に立っていた。時刻は午前二時過ぎ。

 男たちの目の前には欄間とポスト付き枠のある、アルミ製の玄関ドアがあった。欄間のガラスは割れており、玄関周りは背の高い雑草に覆われている。


「都市伝説検証シリーズ、今回は未来に行ける家です」


 痩せた青年――槍谷やりたにがカメラに向かって喋る。カメラマン――霧島きりしまは槍谷と背後にある玄関を同じフレーム内に収める為に、少し下がって距離をとった。


「霧島はこの都市伝説知ってる?」

「この家の奥にある部屋から、未来に行けるってヤツだろ? 昔からある都市伝説」

「そうそう。実は十三年前に、実際にこの家に来て行方不明になった男性がいるんだよね」

「行方不明ってことは、見つかってない?」

「警察がこの家の中を隅々まで調べたけど、誰もいなかったってね」

「実は来てないってオチなんじゃ?」

「いや。某掲示板にスレを立てて、実況しながら潜入したヤツがいたんだけど、そのスレ主が行方不明になった男性って言われてる。当時、新聞でも取り上げられてけっこう話題になったんで、俺もうっすら覚えてる」


 そこで槍谷は一旦、言葉を切る。


「その時の過去ログ画像を編集で入れおいて。あと、当時の新聞の切り抜き画像もな」

「おっけー」


 槍谷と霧島は二人組の YouTuber だった。企画は槍谷。動画の編集は霧島が担当している。


「では早速、入ってみたいと思います」


 カメラ目線でそう言うと、槍谷は玄関ドアに手をかけた。もったいぶった様子でドアを開ける。


「うわつ。固っ」


 ぎいぎいと軋んだ音を立ててドアが開いた。槍谷がマグライトで照らしながら、中に入っていく。

 狭い玄関の先には廊下があった。ホコリがつもり、壁紙が所々剥げている。ゴミも散乱しており、空になったビール缶も転がっていた。


「これは、俺たち以外にも侵入したヤツが結構いるな」


 槍谷がビール缶を蹴飛ばしながら言う。ゴミを避けるように二人は廊下を進んだ。

 五メートルほど進んで、一番奥の扉の前に立つ。


「この扉が例の部屋です。ここを行きたい日の午前二時二十二分に開けると、未来へいけると言われてます」

「どのくらい未来に行けるの?」

「それはランダムなんだってよ。指定できるのは日付だけ。そしてなんと――」ここで槍谷はタメを作る。「今日は十三年前に男性が行方不明になった日と同じ、八月九日なんですね」


 そして槍谷がスマートフォンの画面をカメラに向ける。


「見えるかな? 時刻は今二時十八分。あと四分です。霧島、スマホの画面映ってる?」

「大丈夫」

「このスマホ、二時二十二分にタイマーセットしてます。アラームが鳴ると同時に、開けてみようと思います。ライトは下に置いておきますね」

「うわ。なんかドキドキするな」


 カメラ越しに霧島が言う。槍谷はスマートフォンの画面をみながら、ドアノブに手をかけていた。


 ――ピピピピピ!


 アラームが鳴った。その瞬間、槍谷はドアを開ける。

 ドアの向こうは暗闇だった。


「何も起んな――うわっ」


 槍谷がカメラの方を向いた瞬間だった。扉の向こうから干からびた腕が伸びてきた。それは槍谷の両肩を掴んだかと思うと、室内へ引きずり込んだ。

 霧島が驚きのあまり尻餅をつく。その勢いでカメラを落とした。


「おい! 槍谷!」


 扉の向こうに向かって呼びかけるが返事はない。霧島は床に置いてあるマグライトを手に持つと部屋の中を照らした。入ってすぐのところに、槍谷が俯せで倒れているのが見える。

 霧島はなんとか立ち上がって、槍谷の元へと歩いた。部屋には窓がなく、家具などの調度品もひとつもなかった。


「槍谷、大丈夫か!」


 恐る恐るといった調子で、槍谷の肩を揺する。


「……うぅぅ」


 槍谷がうめき声えを上げた。両手をついて、ゆっくりと起き上がる。


「槍谷!」

「僕はいったい……。ここ、どこですか?」

「未来に行けるって言う例の家だよ。忘れたのかよ。ほら、おまえのスマホ」


 そう言って、霧島は床に落ちたスマートフォンを差し出した。


「スマホ?」


 槍谷は不思議そうにそれを受け取り、眩しさに目を細めながら画面を見る。


「これは……時間? 午前 2:30 ? 8月9日の?」

「そうだよ」

「……すみません。いま何年の8月9日か、教えてくれませんか?」


 霧島を見るその顔には、初対面の人間に向けられるような表情が浮かんでいた。


          <了>

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5m先にある未来 宮杜 有天 @kutou10

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