Root 4-4;涙の意味
まず、手始めに確認したのは以前、少女と一緒に確認したこの町のHPだ。以前と変わらず凝りに凝ったHPには、特段目新しいものは掲載されておらず、トップページのお知らせも以前のままであった。
次に、県や近隣の警察署、保健所、事件が起こった養豚場のHPなどを見て回ったが、特段情報は無い。報道関係も今朝見た地方のローカルニュースで多少取り上げられた程度で、大手のニュースサイトや新聞社のネットニュースにも、追加の情報は無かった。
最後に、SNSを徹底的に見回ったが、やはり今朝少しざわついただけで、興味が薄れてしまったのか、落ち着いたのか、今は特にこの件に関して投稿している人は少なく、こちらでもめぼしい収穫は無かった。
探せるところを探し回ったつもりだが、有力な情報は得られず、Web捜査は早くも暗礁に乗り上げてしまった。
「うーん...どうしたものか...」
ついに、僕の手は止まってしまった。研究室の天井を見上げて、良い情報の入手が無いか思考を巡らてみるが、流石にこれ以上の情報を得るなんて、僕のようになありふれた大学生には難しいと痛感する。少女やアイラの為にも、この件に関してもっと調べたい気持ちは大いにあるが、どうやら僕の中の限界というものにたどり着いてしまったようだ。
「ねえ、貴方何をやっているのかしら?」
「え? 調べれるところはすべて調べてみたんですが、僕の知っている情報の入手法では、今日見た事以上の情報はなさそうで...どうしたものかと考えてました。」
「はあぁぁぁ……まったく、貴方って方は...」
アイラはこれでもかというくらい、大きく深いため息をつきながら、場所を変われと言わんばかりに手をひらひらさせている。あまりにも人を馬鹿にしたような態度を取る彼女に対して、さすがに温厚な僕も苛立つが、言い返すことはせず、おとなしく居場所を彼女へ譲る。
「そういえば、ここの大学のサーバーの一部は、町役場のサーバーとして提供されていますわよね?」
「え? えっと...確かそんなこと以前聞いた気もしますが...」
「何もご存じないようね...まあ、いいですわ、調べてみればわかることですから。」
そういうとアイラは町のHPを開き、慣れた手つきでHPのソースコードを表示させる。何かを確認したようで、次にPCのコマンドプロンプトを開くと、学内のサーバーらしき場所を開いたり、閉じたりしている。それが数回行われた後は、コマンドプロンプトに尋常じゃないスピードで、指令を叩き込んでいく。僕も研究柄キー入力には自信があったが、彼女の尋常じゃないスピードを前にすると、『自信があります』なんて、恥ずかしくて言えないぐらい早かった。何度もウインドウが開いたり、閉じたりしていたが、早すぎて何が何だか全く理解できない。こんなにも高速にタイプもして、画面も見て判断しているなんて、正直彼女がロボットか何かと思うほどだ。
そうこうしていると、彼女が勢いよくエンターキーを叩いた。”タンッ”と心地よい音が研究室に響くと、僕の方へ振り向いた。
「御覧なさい。これが正しい情報の集め方ですわ。」
そういって、アイラは僕に画面を覗くように促すように場所を僕に譲ってくれた。恐る恐るPCの画面を覗くと、そこにはどこかの報告書らしき文章が表示されている。
《極秘_調査案件報告書 第XX-013-003号.doc》
「あの、アイラさん、これってどこから...」
「あら、野暮なことをお聞きになるのね。」
「…ですよね。理解しました。なんでもございません。」
アイラの可愛いドヤ顔が若干ムカつくし、人の研究室からあっさりハッキングしてくれるなと思いつつ、文章を開く。
~~
=極秘=
=本報告は県室長級以上とし、印刷やダウンロード等の部外持ち出しは禁ずる=
調査案件報告書 第XX-013-003号
表題:県北部で発生した動物の変死と新型家畜伝染病(疑い)に関する報告書
引き続き20XX年□□月△日に県北部にて発生した野生動物の不審死(調査案件第XX-013号)に関して、調査を行っていたところ、A町のB養豚場にて家畜の大量不審死が報告された。当初は調査案件第XX-013号と異なる案件と判断し、調査案件第XX-014号にて調査を行っていた。しかし、養豚場で大量死した豚の死亡原因もすべて凍死ということが判明したことから、調査案件第XX-013号との関連性が著しくあると判断し、本調査案件として調査を行った。
1.被害報告
新規報告数(前回差分)
・家畜(豚) 457頭 (暫定値 ※1)
・家畜(馬) 2頭 (確定値)
・家畜(犬) 3匹 (確定値)
・野生動物(狐等の哺乳類) 15匹 (確定値)
・野生動物(鳥類) 13羽 (確定値)
累計報告数
・野生動物 65件 (新規 28件)
・家畜動物 462件(新規 462件 ※1)
※1:最終報告は20XX年□□月○○日に処分担当者より実施予定。
2.死因
・低体温症による凍死(暫定 ※2)
※2 検体数が多いことからサンプリング(抽出数は全体の5%)での結果。
3.解剖医所見 (◇◇◇◇大学獣医学部 ●●教授)
外的被害は見受けられず、すべての家畜の死亡原因が低体温症に伴う凍死である。直近の天候では、これほどまでに大規模かつ同時に発生することはまず考えられない。また、A町近辺で発生している野生動物の大量変死も、今回と同様に低体温症に伴う凍死であったことから、一連の低体温症による家畜等の凍死は新型家畜感染症が原因である可能性がある。
なお、新型家畜感染症であった場合は、稀に人獣共通感染症(Zoonosis)である可能性もある。よって、死体の処理や取り扱いには十分留意することを推奨する。
原因究明にはまだまだ時間がかかることが予想される。引き続き調査の継続を希望する。
4.今後の方針
B養豚場での大量発生に伴い、本調査案件のカテゴリーをレベルB相当へ格上げ。
非常時ガイドライン10号-2項に該当するものと判断し、関連省庁へ報告を実施予定。近隣住民へは各市町村農林課と各保健所より注意喚起を実施し、野生動物の死体に対して引き続き注意喚起を実施し、その他対応はガイドライン10号-2項に定める通り実施とする。
本調査案件は継続と判断し、次回報告予定は20XX年□□月○○日。
~~
「なんだよ。これ。」
文章の最終更新日はつい先ほど。今日のデータとはいえ、自分が把握していた数倍の規模で物事は進んでいた。さらに今回の養豚場での事件も今まで調べてた件と関連しているなんて...
「こんな適当なレポートのせいで...すぐに本格的に調査始められていれば...」
とっさに彼女の方へ顔を向けると、拳を力一杯握って、俯きながらアイラが呟いていた。先ほどまでの穏やかな雰囲気は消え去り、俯いた彼女の表情を見なくとも悲しみと怒りが伝わってくる。
「こんな、こんな物で、
アイラは下を俯いたまま、少し震えているようだった。僕は彼女にかける言葉もなく、ただ彼女が俯いているのを見ているだけだった。
二人だけの研究室は沈黙に包まれ、静けさの中で、風切り音と窓の
~
沈黙が続いて、どれくらいの時間が経ったか分からくなったころ、顔を下へ俯いたままだが、アイラが椅子からゆっくり立ち上がった。
「帰りますわ。」
顔は上げずにそうつぶやくと、彼女は研究室の扉へ進んでゆく。
「アイラ…」
僕は彼女にかける言葉もなく、彼女の名前をただ呟くことしかできない。
そんな僕をアイラは察してくれたのか、顔を上げいつもの声色で言う。
「何が起きても諦めては駄目ですわ。貴方は貴方のできることを行ってくださいね。」
アイラの目元には大粒の涙が今にもこぼれそうになっている。
「あ、アイラ、外は吹雪いているようだし、もう少しここに居なよ。」
「……初めて、普通にお話してくださいましたね。」
アイラは微笑んでいるように見える。目は潤んだままだ。
「
そう言って、アイラは踵を変え研究室の外へ出て行く。慌てて彼女を追いかけ廊下に出たが、いつものようにすでに遅く、そこには真っ暗な廊下が永遠と続いているだけだった。
家畜や野生動物が大量に亡くなったことを悲しんでいるのだろうか?
それとも、彼女はもっと何か別のことを知っていて、それに悲しんでいるのか?
その時の僕は、まだ彼女の涙の訳を知ることはできなかった。
ふと廊下の窓を見上げると、そこには満天の星が澄んだ空気に輝いていた。
繰り返す日々の中に果たして正解はあるのだろうか? 絹ごし豆腐 @kinugoshidohu
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