Root 4-3; 静かな研究室

雪が降り始めても、なおアイラは真剣に場内を観察している。彼女をここまで駆り立てる程、この事件を調べる必要があるのだろうか


「アイラさん、そろそろ雪も降ってきたし、やめませんか?」


「…」


「大体、状況は把握できましたし、眺めていてもこれ以上情報は増えないかと…」


わたくしのことはお構いなく。貴方だけ先にお帰り頂いて結構ですわ。」


アイラは双眼鏡から顔を離さないまま、ムスっとした声で僕に告げる。

折角、人が親切心で丁寧に止めてあげているというのに、なんで怒るのか全く理解できない。そもそも、雪が強くなってるから、風邪ひかないように気を使って、わざわざ声をかけてやったというのに...その返事は無いだろ。

アイラのあまりにもひどい返しに心の中で悪態をつく。


正直、家畜感染症の封じ込め対策をしているようにしか思えないし、特に不思議な点は見当たらないと思う。もちろん、こんな現場は実際に見るのは初めてだが、似たような光景はTVのニュースとかで流れているのを見た光景と何ら変わった様子はない。

次々に運び出される家畜と、忙しそうに人々が右往左往しているのを眺めているだけでは、虚しい気持ちになるだけだ。


天候も粉雪程度だった雪は、次第に大きくなっている。雲も次第に厚みを増し、日差しをどんどん遮り、気温も徐々に下がり始めているようだ。


「アイラさん、もうこれ以上は本当に体に障ります。一旦どこか屋内へ戻りましょう。」


「…」


「アイラさん...」


沈黙を貫く彼女に対して、力なく提案を投げかける。


「ああ、もう!キャンキャン煩い子犬ですこと!!」


「…こ、こいぬって」


「わかりましたわ、現地での観察はここまでにして、続きはweb捜査ですわ。」


「web捜査??」


~~~


続きはweb捜査ってなんだよ。と思いながら、警官に見つからないように彼女と共に丘を下り、大学の近くまで戻ってきた。


「あの、ちなみにどこに向かわれているんでしょうか?」


「そんなの貴方の研究室に決まっているじゃない。」


「えっ?」


「web捜査ですから、ネットが使える場所に向かうのは当たり前でしょう?」


「いや、それなら、別にわざわざ僕の研究室じゃなくてもいいような気がするんですが...」


「貴方が仰ったんでしょう?寒空の下はかわいそうだと。」


「いや、まあ、そうなんですが...」


そうなんだが、わざわざなんで研究室に行かなきゃいけないんだよ。研究室にはきっとカナタ先輩居るから...アイラのこと伝えればいいんだよ...

部外者の女の子を研究室に連れ込む変な奴だと勘違いされたら、研究室での安らぎの日常が崩れそうだし。


「やっぱり、他のところじゃダメですかね?」


「他の所と言っても、どこがあるのかしら?」


「それは…」


「この辺りにネットがつながるような施設も無いようですし、貴方は寮にお住まいですし、研究室が一番適していると思いますわよ。」


「確かに、言われればそうですが...って、あれ、寮に住んでるって言いましたっけ?」


「ええ、貴方から伺いましたわ。」


あれ、そんなこと言ったっけ? 話したと言っても以前レイコさんの店で話したあの時だけだし、寮に住んでるとは言っていないような。

あの時大量の質問攻めを食らってるから、細かい質問を覚えても居ないし。まあ、僕が忘れているだけかも。


そんなことを考えているうちに大学の研究棟まで来てしまった。カナタ先輩に会う前に、部外者を研究棟に居れたらマズイよな。廊下とかで誰とも会いませんように。そして、先輩が奇跡的に不在でありますように...

祈りながら研究室へ向かうが、普段と違い今日はやけに静かで、まるで研究棟に誰も居ないようだ。


「あれ、なんかやけに静かだな。」


「…早く、研究室へ行きましょう。」


「え、ええ。」


結局誰にも会わず、研究室までたどり着いてしまった。こんなの奇跡だろ。そもそも、ここまで通り過ぎた研究室の明かりもすべて消えていた。不夜城とも呼ばれる研究棟なのに? 偶然が過ぎる。

そう思いながら、研究室の扉に手をかけると、扉には鍵がかかっている。


「え、カナタ先輩もいないの?」


不思議に思いながら、研究室の電子錠を解き、研究室の中に足を踏み入れる。もちろん研究室内には誰も居ない。おかしいな、カナタ先輩来週の国内学会で発表の追い込みするって言ってたから、明後日の出発まで研究室に籠るって言ってたはずなのに。

奇跡が重なりすぎている気もするが...


「中に入れて頂けないかしら?」


「あ、ごめんなさい。」


研究室に一歩踏み出して立ち止まったせいで、彼女の進路をふさいでしまっていたようだ。慌てて、扉の前から離れた。アイラは僕がドアから退くと、研究室をよく知っているかのように、入口すぐにある研究室の照明スイッチを押し、研究室のソファーに腰を掛ける。研究室には今日初めて来たはずなのに、まるで何回も来ているかのようだ。


「さあ、そんなところに立てないで早く始めましょう。」


アイラの行動、研究棟の違和感を感じながら、彼女に促されるままソファー近くにある研究室の共用PCを起動させる。


「あら、今日はノートPCはお持ちでないのかしら?」


「ええ、今日は寮に置いて来てて。」


「そう、仕方ないですわね。」


そういうとアイラはソファーから立ち上がり、適当な椅子を持って、僕のすぐそばへ隣へ座った。ここまで近くに来られると少しドキッとしてしまう。

彼女の碧眼の美しさについ、見とれてしまう。先ほどはあまり気づかなかったが、心なしか、彼女も顔つきが大人びたように思える。


1回しか会っていないのだから、気のせいかもしれないが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る