Root 4-2; アイラとの再会
気配の合った場所は丘の中腹にある木々の隙間だった。そこには相変わらず寒そうな無地の淡い青のワンピースとビーチサンダルを身に着け、茂みに隠れるようにしゃがんでいる彼女が居た。しゃがんでいる彼女の近くまで、できるだけ音を立てずに近付く。小声でも声が聞こえる距離になると、彼女は僕の気配に気づいたのか、彼女が綺麗な黒髪をなびかせながらこちらを振り向く。
「ごきげんよう。」
養豚場で作業をしている人々に聞こえないようにか、小声で僕に挨拶をする。澄み切った海のように碧い目と褐色の肌が特徴的な
アイラに倣って、こちらも気を使って小声で返す。
「こ、こんなところで出会うなんて偶然ですね。」
「
なんか聞いたことのあるようなセリフだ。出会う度に不思議なことを言う彼女たちは一体何者なのか、本当に謎だ。
「なんか、お待たせしたようで申し訳ないです。」
「そんなに待ってないですわ。先ほど着いたばかりなので。」
一通りの挨拶を済まし終えたようで、アイラは養豚場の方を向き、いつの間にか取り出した双眼鏡で場内を覗く。
「初動対応は、まずまずというところですわね。」
「防疫体制も問題なさそうですわね。この辺りは流石、日本ですわ。」
まるで芸術を鑑賞している評論家のように双眼鏡をのぞき込んで、アイラはぼそぼそと独り言をつぶやいている。約1週間ぶりに会った彼女は前回会った時と変わらない様子で内心安心した。もう慣れたとえはいえ、急に毎回消える彼女たちを心配し続けている僕の気持ちも少しは理解してほしいものだ。そんな風にアイラを見守っていると、アイラから大きなため息と共に不満が漏れた。
「はあぁ…そんなところに立って
「あ、すみません。」
「こんな状況だというのに...」
少しアイラを怒らせてしまったようだ。確かにここに来たのはこの養豚場で発生した異変を確認しに来たのだ。少女との約束を守るためにも情報をしっかりと集めなくては。早速、アイラの隣にしゃがんでアイラの反対側を目を凝らして観察するが、僕の視力では限界のようで、いろんな人が歩き回っているくらいしかわからない。
「こちらをどうぞ。」
察してくれたのか、アイラと同じ双眼鏡が手渡される。双眼鏡は黒のやや大きめのサイズで、よく映画とかドラマの特殊部隊が使ってそうなゴツイタイプだ。一体2つもどこから出したのか見当もつかないが、ここで質問なんかしたらアイラの親切心を傷つけかねない。ここは黙ってアイラのやさしさを受け入れよう。
~~
アイラから貸してもらった双眼鏡は高倍率タイプのようで、思った以上に広いこの養豚場を隅々まで拡大して見ることができた。
小さな丘に囲まれるように、谷底の中央にあるこの養豚場の総面積はおおよそサッカーコート3面分程度といったところだろう。その広大な敷地の中央には、この地方で一般的な大きさの一軒家が5軒程度はゆっくり収まりそうな大きな厩舎が2つあり、その右側には屋外に放し飼いができるように柵で囲まれた広い広場、反対側に納屋や事務所のような建物がある。
今は広場のそばにある空き地に数台の重機によって大きな穴が掘られ、事務所や納屋の近くには数個のテントが張られている。それぞれの厩舎のそばには、薄いピンク色の大きな袋状の物に飼われていたであろう豚が無造作に詰められている。袋の数から相当数の豚がここで飼われていたことが見受けられる。
入口には数台の濃い緑色のトラックが数台と軽トラが止まっており、どこかからまとまった人員と機材が送り込まれたようだ。
人の動きに注目すると、この広大な養豚場の中では100人ほどの人が忙しそうに右往左往していた。彼らを見ていて分かったことは「複数の組織で対応している」という点だ。彼らは大まかに、防護服を着ている人、白衣に防護マスクと手袋をしている人、スーツ姿で防護マスクと手袋をしている人の三種類に分けることができた。周辺は警察官も数名見えるが、養豚場の内部には警察は居ないようだ。
白の防護服に身を包んだ人たちは実作業を行う役割のようで、養豚場の広大な敷地内の一角に大きな穴を掘ったり、掘った穴にブルーシートを敷き詰めて薬剤らしき白い粉を撒いたり、死んだ豚を運んだりしている。大部分を占めているのはこの人たちのようだ。
一方で厩舎と事務所の中間あたりには、数名の白衣を来た人たちが白い簡易テントの中で何かを行っているようで、テントの中を行ったり来たりしている。時折、豚の死体を運び入れていることから、ひょっとするとあそこは解剖を行っているのかもしれない。
最後に、スーツ姿の人たちが10人程度見られ、彼らは本部と書かれたテントで何かを話し合っているか養豚場の事務所と納屋へ出入りしていた。
養豚場の内部をあらかた見終え、スマホで時間を確認すると、小一時間が立っていた。どおりで手も
アイラは相変わらずぶつぶつ独り言を言いながら、双眼鏡にかじりついている。
彼女の集中っぷりに驚きながら、ふと空を見上げると曇天の空から粉雪が落ち始めていた。
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