目が覚めたら森の中だったわけで・・・・・・

 夕暮れ方の太陽の光のみが、薄暗い廊下に歩く失意の3人を僅かに照らしている。校庭から微かに聞こえる生徒の声。そしてそれを掻き消す大声で、目の前に立つやつれた男が怒声を放つ。


「お前が……お前さえいなけりゃ、ヒロは死ぬことがなかっただろ!なんでお前が生きてて!ーーヒロが……!」


 夢の終わりを告げる合図である。あの日から毎日、毎晩欠かさずに見続けてきた夢。

 10年以上付き合いのあった、親友の父親から初めて向けられた悪意ある言葉で締め括られる。例外はない。

 これは夢であり、儀式なのだ。一ノ瀬奏多という愚かな人間が、己の無価値さを再認識するためのーー。


                ******


「んん・・・・・・」


 儀式が終わり、夢から目覚める。

 肌に柔らかくも少しチクチクとしたこそばゆい感触を覚えつつ、強い光にまぶたを刺激される。部屋のベットとは違う感触や、やけに明るい光に違和感を覚えながらも、腕で目を隠しながらゆっくりと目を開けていく。

 すると……目に入ったのは、かくも見事な雲一つない青空と、痛いくらいに輝く太陽であった。

 奏多の部屋の天井が、近未来的な技術を用いて青空を投影している……などということは断じてない。

 

 嫌な予感を覚えた奏多は、後ろ手で上体を起こし腰を左右に捻り辺りを見渡す。


 --そこで目にしたのは……地面一帯に生えている雑草や色とりどりの花々と、陽光に葉を照らされた木々であった。

 要するに、森の中の野原にいたのである。


「・・・・・・」


 自分の置かれている状況に理解が追いつかず愕然とする。

 部屋のベットで寝ていたはずが、起きたら身の覚えのない森の中にいるなんていう状況、誰が想定できるであろうか。


 --夢・・・・・・じゃないよな・・・・・・。



 日の眩しさや温かさ、手のひらに感じる土の硬さや草の柔らかな感触。どれも夢などでは感じられないであろうリアルさがあった。

 そもそも、奏多はあの夢以外見ることがないはずである。1年以上、毎日同じ夢を見続けてきたのだから。

それでも、絶対ないともまた言い切れないため、物は試しとテンプレ的方法を試みることにする。

胡座あぐらを組み、土と草の付いた手を両手で払い落とす。

 そして--


 頬を摘み強く捻った。


「痛い……」


 自分は何を馬鹿なことをしているのだろうと思うも、とりあえず万に一の確率であった、夢であるという線を潰すことが出来たので良しとしておく。


「すうーー・・・・・・はあーーー・・・・・・」


 大きく鼻から息を吸い鼻腔を抜ける深緑の香りを感じつつ、微かな焦りと羞恥を息とともに吐き出す。そうして、頭の中の熱や余計な思考の一切を取り払うことで普段の冷め切った自分を取り戻す。

現状を把握するために必要な記憶を頭の中で確認していく。


 本名:一ノ瀬奏多、年齢:今年で18、身長:170cm、兄弟はおらず一人っ子で親と3人で暮らしている、高校には去年から通っておらず家から出ることもない引きこもり


 --そして、生きる価値のないクズ野郎


 最後にそう吐き捨てるように付け加えて、個人情報の確認を終える。あの夏の日の記憶を思い出すだけで、自分へのやり場のない怒りと後悔がこみ上げ胸を激しく締めつける。

 奏多は先程より大きく深呼吸をして心を落ち着け、昨日の記憶を確認しようとした瞬間……


「――っツ……!」


 頭に電流が流れたかのような鋭い痛みが生じ、思わず顔をしかめてしまう。

 何度思い出そうとしても、それを邪魔するかのように鋭い痛みが脳内を駆け巡るだけで何も思い出すことが出来ない。

 念のため2日前、3日前のことを思い出そうとすると、さっきまでの痛みが嘘であったかのように消え去り、何の問題もなく思い出すことが出来た。


「昨日の俺は、いったい何をしてたんだよ……」


 昨日以前のことはしっかりと覚えており思い出せるにも関わらず、昨日の事だけ全く思い出すことが出来ない……というより思い出させないようにしていると言った方が正しいだろう。記憶が抜け落ちてしまったのではなく、脳が思い出すのを拒んでいるというような感覚である。


ーー記憶力の問題じゃないなら、いくら思い出そうとしても時間の無駄だな


 奏多はそう結論づけると、昨日の記憶を思い出すことは諦め、この後自分はどうするべきか考える。

 まずは、この場から移動するか否かである。もし救助のアテがあるなら無闇に動くのは得策ではないだろう。しかし、今ここに至るまでの経緯もわからず、救助のための探索隊が動く予定があるかもわからないため、自分で何とかしなくてはならなそうだ。それに……。

 改めて自分の格好を見てみると、黒のデニムを履き白Tの上から黒のパーカーを羽織って靴もしっかり履いている。だが、それ以外は飲み水や食料はおろか、スマホや財布さえも所持していないのである。こんな状態で数日間も森の中で救助を待てるわけもないだろう。 

そもそも、手ぶらの状態で森の中に入ったことにも疑問を覚える。

森の中で孤独死しようとした……というのは考えにくい。 

というのも、あの事件を知った両親から、自殺をするのだけは絶対にやめてくれと涙ながらに言われてしまったからである。それが無ければ自分の命なんて捨てて親友の元へと行こうとしていたかもしれない。

だから、森の中で人知れず自殺することも、このまま何もせず死を迎えることも奏多には許されないのである。

 そういう訳で手ぶらで森の中に入るなんていう自殺行為はしないと思われたが、昨日の出来事がわからないのではその理由も知ることが出来ないだろう。


「ここでいくら考えても状況は好転しないし、とりあえずここがどこかだけでも把握しないとな」


 そう呟くと、奏多は森の中に歩みを進めるのであった。

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