発見、出会い、遭遇

 森の中を歩き始めて十数分。目を覚ますと森の中にいたというとんでも現象を体験し、これ以上驚くことは何もないだろうと思っていた奏多の思考はあっさりと砕かれることになった。

 その要因となったものを見つけたことは、ある意味良いニュースであり悪いニュースであったわけであるが……。

 いきなり悪いニュースの方から話しても信じられないような内容なので、順序立てて良いニュースの方から話すことにする。



 奏多は森の中に入ると、落ちていた石で木に傷を付けながら進んでいった。よく漫画やアニメなどで目にした、元来た道を見失わないための対策である。

森は人の手が加わっていなく、悪戦苦闘しながら歩いていると……見知ったあるものを見つけた。

 子供から老人まで誰もが知っているであろうそれは、木漏れ日を受け肌を艶々と赤く輝かせていた。――そう、リンゴである。

 こんな人気のない森の中にリンゴの木が成っているのもおかしな話だが、野生種のリンゴの樹がたまたま成っていたのかもしれないと考え、枝もたわわに実ったリンゴを一つもぎ取る。

手ぶらの奏多にとっては貴重な食料である。例え酸っぱすぎたり、渋みが強く食べれたものじゃないとしても文句は言えないだろうと思いながら、リンゴにかぶりつく。


 ――……う、うまい!?

 

 なんと、美味しいのである。しかも、今まで食べてきたリンゴの中で断トツの美味しいさだ。

 栽培種ではなく野生種なため酷い味を想像していたが、予想を大きく裏切られることとなった。

 これが、良いニュースである。

 そして、悪いニュースが何なのかというと……。

 奏多は見つけてしまったのである。

リンゴの樹の更に奥に、色とりどりの果実を宿す樹々を。

 

「桃にぶどう、梨にみかんに挙げ句の果てはバナナかよ……」


 1本の樹に何種類もの果実が成っているのである。それが何本も。

こんなことがあり得て良いのは小さな子供が描く落書きくらいだろう。それほどまでに現実味を脱した光景である。

 記憶の次は目までおかしくなったのかと思い、目を擦り見直すが何も変わることはなかった。

 以上が、悪いニュースである。

 そんな回想を終え、奏多は1つの結論を出す。


「日本……というか地球じゃないだろ」

 

 もしかしたら、奏多が引きこもっている間に何種類もの果実を宿す樹というものが人工的に創られたのかもしれないが、もしそんな物が出来ていたなら一大ニュースになっていただろう。引きこもり生活によって時間を持て余し、毎朝欠かさずニュースやネット情報をチェックしていた奏多が見たことも聞いたこともないなら、そういうことなのだろう。

 もしくは、誰かが秘密裏に作っているという線も考えたが、明らかに人の手が加わっていない森の中に隠しもせずに放置されているなんてことはないだろう。

 

もしここが地球ではないとするならば、異世界……ということになる。

自分でもなんて馬鹿なことを言っているんだという自覚はあるが、立て続けに非現実的なことが起こっているのだから、あり得なくもないと思えてしまう。

それに、昨日なんらかの出来事がありこの見知らぬ地に転移してしまった影響で昨日の記憶を思い出せなくなっているとすれば、無茶苦茶ではあるが説明がつかなくもない。


 もしもこの推測が当たっているなら、もともと当てにはしていなかったが救助が来る可能性は0%になっただろう。

 

 奏多がそんなことを考えていたその時


「―――――――――――――――――」 


葉や草花を揺らしながら吹き抜ける風に乗り、微かに声が聞こえた気がした。

 空耳でないかと疑い、耳に意識を傾けてみると確かに聞こえる。

 近くに人がいるかもしれないと思い、奏多は耳に全神経を集中させ声の方向を探っていく。


「―――〜――――――〜――〜〜〜〜」


 ――これは……歌声?


 僅かに聞き取れる声にはメロディーが含まれていた。

 奏多は微細な歌声を頼りに、導かれるように森の奥へ奥へと歩みを進める。

その様は枯れ果てた砂漠の中でオアシスを見つけた者のようであった。



 歌声が明瞭になっいくにつれ、これを歌っているのが女性だということに気づく。

 しかし、何故だろうか……。不思議とどこか懐かしい感じがする。

 奏多の歩は早まり、一心不乱に歌声を求め草木を掻き分けながら駆け進んでいく。

 木の枝が擦れ、僅かに痛みを感じるがお構いなしに走る。

 鼓動が早まり、息が切れ、久しぶりに走ったことにより腹部が痛む。


 そして、

 前方より光が差し込む木々を抜け視界が開けたその先にあったのは--



 --大輪の花々が咲き誇る自然が創り出したコンサート会場の中央で歌う、一人の美少女の姿だった。


 煩わしく鳴っていた鼓動も、腹部の痛みも、切れた呼吸も、全て忘れ去り目の前の光景に意識を呑まれた。

 歳は16、17くらいだろうか。現実離れした美しさと幼さゆえの可憐さが絶妙にマッチした奇跡的な顔立ちに、その目に携える碧眼は澄み切った夏の青空を思わせた。陽光が彼女の肩までかかった絹のような金色の髪を輝かせる。

 身長は160cmもないだろう。白と青を基調としたドレスを身にまとい、胸には剣をモチーフにしたブローチのようなものをつけている。

 その歌姫の前では無数に咲き誇る色とりどりの花々さえも、彼女を引き立て飾るための一部になっていた。

 どんな画家でさえ、目の前に広がる光景より美しいものを描くのは不可能であろう。そう思えるほど圧倒的な光景だった。


 そんな光景を目の前に、奏多は自身の肌が粟立っているのすら気づかず、木陰で息を押し殺し彼女の桜色の唇から紡がれる歌に聴き入る。

すると……あることに気がつく。


――日本語……?


聴いたことのない曲ではあるが、ゆったりとしたバラードであり、歌詞が日本語なのである。

彼女の容姿からして、異国風……というより異世界風な雰囲気を感じ取っていたため、まさかである。


 鼓膜を揺らし、脳天を突き抜ける玲瓏れいろうたる歌声は、音楽の知識がない奏多にもはっきり上手いとわかる。100人中100人が上手いと答え、もしカラオケ採点などがあれば100点を取るであろう。

 

けれど……

その歌には、言葉で言い表すのは難しい何か大切な物が欠けているような、そんな感じがしてならなかった。



 時間にして1、2分ほどだっただろう。曲がフィナーレを迎え、目の前の少女の歌が終わる。

 少女は、ふうっと息を吐き出した後、可愛らしく小首を傾げ考え事をし始める。

 奏多はそんな様子を見ながら、いつ声をかけるべきだろうと考えていたが、それ以前に考えなければならないことに気づく。


 ――なんて声をかけるのが正解だ……?

 

 日本語の歌詞だったのだから、言葉はなんとか通じるだろう。

 しかし、引きこもってから1年間、会話を交わしたのは家族のみ。赤の他人とのファーストコンタクトの取り方などとうに忘れてしまった。

 元々奏多はコミュニケーション能力の高い方ではなく、むしろ低い側の人間であった。

 学校生活においても、自分から積極的に話しかけることが可能な相手など片手で収まる程度の人数だろう。

 その程度のコミュ力の人間が会話デッキなど所持しているはずもあるまい。

 

 

 こうして、花々に囲まれ考え事をする少女と、木陰にてどう話しかけるか考る少年が同居する、なんとも穏やかな空間が生まれていた……はずだった。

 その異物がなければ。

 

 先にに気がついたのは奏多であったか少女か、あるいは同時か。


 いつからだろう、人形が立っていたのだ。奏多から見て斜向かい、少女から見て正面の木々の手前に。

 1mないくらいの大きさだろう。3頭身の頭にリボンの飾りをつけ、耳と思えるものは長くだらんと垂れ下がっていた。何かのキャラクターの人形なのか、それは分からない。

 なぜなら、顔の部分が描かれていないのだから

 


 その存在を認識した瞬間、奏多は感じた。顔なしの人形が、確かに笑ったのを。

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