第3話 能力(イデア)【前編】
顔無しの
その異様さを少女も感じ取っているのだろう。緊張した面持ちで人形を見つめている。
すると突然、人形が少女の方に向かって歩き始めたのである。今日何度目か分からない驚くべき光景。
それは、海外で耳にするポルターガイスト現象や、誰かに操られているのとは違うように思える。人形自体が自律的に動いているようにしか見えない。
その様は可愛い顔さえあればファンシーな世界観になったかも知れないが、顔がない人形が歩くなどどう見てもホラーである。
人形がテクテクと歩き、少女との距離を着実に詰めていく。残る距離は20m程だろう。
少女は詰められた距離を空けるように、ジリジリと後ろに下がっていく。少し下がったところで、ふと何かを思い出したように足元からそれを拾い上げ、引き抜く。同時に、鉄が擦れあった音がし、鈍く光る物体が露わとなる。
少女が手にしたそれは……一振りの剣であった。
人形を見据え、剣を正眼に構える。その姿は剣術の知識がない奏多から見てもサマになっているように見えた。
「と、止まりなさい!」
少女は剣の柄を強く握り、発した声は僅かに震えていた。
言葉を理解したのかは定かではないが、人形が小首を傾げ立ち止まる。そして、少女の方を指差し腹を抱えて笑い出すポーズを取る。「怯えているお前に何ができるんだ」と馬鹿にするように。
人形はひとしきり笑い終わると右腕を突き出し、左手で突き出した腕を掴む。そしてーー右腕を引きちぎった。
引きちぎられた右腕からあらわになったのは鋭利な刃を持った剣であった。柄はなく、腕の断面から刀身のみ伸びている。
人形は左手に持っているちぎれた腕を後ろに放り投げると、身をかがめ少女に飛びかかる。
「ーーっきゃ!?」
先ほどまでの、のんびりとした様子からは想像できないスピードで一気に間合いをつめ、斬りかかる。
意表を突かれた少女は、
「っ……!」
少女は横へ転がって回避し、立ち上がる。だが、完全には避け切れてなかったようでドレスの左腕の部分が赤く血に染まっていた。痛みに顔を歪めながらも、剣は手放さず人形を見据える。
その様子を見て、人形がニタっと笑ったように見えたのは勘違いではあるまい。
ーーどうする!どうする!?
奏多は木陰から動けずに戦況を見ていた。こうしている間も少女は人形の攻撃をなんとか剣で防いでいるが、誰が見ても劣勢である。このままいけば少女が人形の手にかかるのも時間の問題だろう。
ーー助けないと!誰が?俺が……?どうやって!?
ーー自分が助けなければ、彼女が死ぬ。そんなの分かってるさ。だけど、俺なんかが助けに入って何が出来るんだよ!
『そうやってまた、抗いもせず適当な理由をつけて諦めるのか?』
ーー仕方ないだろ!力がない。策もない。何もない無価値な俺に何が出来るんだよ
『詭弁だな。最初から諦めて理解しようとしてないだけさ。力はあるんだよ。それがこの世界の理だから』
ーーふざけんな!お前に何が分かるんだよ!俺のどこに力なんてあるんだよ!
『分かるさ、俺はお前自身だから。親友を死なせたお前がやらなければいけないことはなんだ?天に赦しを乞うことか?無価値を、無力を嘆き諦めることか?自ら命を断って終わりにすることか?いいや、違うだろ。お前がやらなければいけないことはーー』
ーー……。
奏多は理解する。自分の本質を、
甲高い剣と剣が撃ち合わさった音が響く。少女の剣が回転しながら宙を舞い、奏多と少女の直線上に突き刺さる。人形が、少女の命を刈り取るべく剣を振り上げる。
瞬間ーー初めて奏多と少女の目が合う。
少女は何を思っただろうか。焦り、驚き、困惑。とにかく、それが彼らのファーストコンタクトだった。
そして、少年は吠える。
ーー『身を賭して、罪を贖え!!』
人形が剣を振り下ろすと同時に、奏多は地を蹴る。彼我の差は40m。本来なら届き得ない距離。しかし、奏多は理解していたーー今の自分なら届くと。数瞬前まで奏多がいた場所は炸裂した地面と巻き上げられた土埃が残るのみだった。
目前の少女は間もなく訪れる自らの死を予感し、硬く目を瞑る。
だが、訪れたのは……激突音と激しく散る火花であった。
「「!?」」
少女と人形は予想外の出来事に驚く。奏多は40mの距離を一瞬で詰め、地面に突き刺さっていた剣を拾い人形の一撃を弾いたのだ。
驚きに目を開く少女の瞳に映るのは、剣を振り抜いた奏多の姿と攻撃を弾かれ距離をとった人形の姿であった。
「あ、ありがとうございます」
「礼はいいから、早く逃げろ!」
後ろにいる少女に言葉を返し、剣を下段に構える。剣術の知識も剣道の経験すらない。完全に見様見真似である。それでも、やらねばならない。
人形が左腕を突き出し、右の剣で斬り落とす。あらわになる2本目の剣。
奏多と二本の剣を携えた人形が相対する。空気が張り詰めていく。
そして次の瞬間、人形が一気に飛び出す。凄まじい速さで突っ込んでくる人形を前に、奏多は
だが実際は、人形が遅くなったのではなく、
目の前に迫った人形は左の剣を振り上げ、斬りかからんとする。だが、奏多にとってはあまりにも遅い動きであった。
「っ!!」
一閃。
世界が等速で動き出す。
顔なしの首が地面に転がり、剣を振りかざしたまま人形が停止する。圧倒的な速度で放たれた一撃が、人形の首を斬ったのである。
辺りに静寂が広がる。
「終わったか?」
人形はピタリとその動きを止めていた。それを見た奏多は振り抜いた剣を地面に刺し、
ーーっつ……⁉︎
途端、全身に激しい痛みが襲う。頭もガンガンと鳴り響き、奏多は立っていられなくなってしまう。
これは代償である。本来、なんの力も持たない奏多が力を得るための。
奏多が地面に座り込むと、背後から駆けてくる音が聞こえる。
「あのっ!大丈夫ですか!?」
慌てて少女が駆け寄ってくる。どうやら逃げずにこの場に残っていたようである。
「なんで逃げてないんだよ」
「1人で逃げるなんて出来ません!それよりも、そのままじっとしていてください!」
少女はそういうと奏多の背中に手を当て「ヒール」と唱える。緑色の光が奏多を優しく包み込み、体の痛みを和らげる。ゲームや漫画で聴き馴染みの深い単語を耳にし、思わず呟く。
「これは……魔法……?」
「はい、回復魔法です。専門じゃないので効果が薄いかも知れませんが」
どうやら本当に魔法らしい。確かに痛みが完全に引いたとは言えないが、動けるまでは回復することが出来た。
「楽になった、ありがとう」
「こちらこそ、危ないところを助けてくださり本当にありがとうございます。」
奏多が短く礼を言うと、少女は笑みを浮かべながら丁寧にお礼を返してくる。
「それにしても……」と少女が何かを言おうとしたその瞬間……前方から激しい悪寒を感じ取る。
少女から目を離し、振り返った先に見えたのは黒い霧の渦であった。黒い霧の渦は首を落とされた胴体と、顔なしの首を包み込み回転し続けている。
時間にして10秒程であっただろう。黒い霧の渦が霧散し顕になった先にいたのはーー
ーー不気味に微笑む女性の顔を持つ
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