第4話 能力(イデア)【後編】

 先ほどまでそこにあった顔なしの人形ぬいぐるみが黒い霧に包まれ、女性の顔を持ったより人間の形に近い人形ドールへと変化したのである。それと同時に直感的に理解する。先ほどの形態よりも圧倒的にと。

 人形ドールは、小さくなった顔なしの人形ぬいぐるみを腕に抱えながら微笑んでいる。人形ドールの大人びた顔の造りと、子供のようにぬいぐるみを抱えるというアンバランスさがより不気味さを感じさせている。 


 「変身するタイプの魔物ってか……?初めての戦闘でそれは無しだろ……!」


 ゲームや漫画なら、初めての戦闘はスライムだとかゴブリンのような低級の魔物というのがお決まりだが、現実はそんな甘くないようであった。変身するタイプなんて物語の後半かボスの特権だというのに、初っ端から大盤振る舞いである。

 

 「魔物……ではないと思います。勇者様が全ての魔物を討ち滅ぼしてくださいましたので。それに、魔物とは違って感情の残滓が視えます」


 魔物でなかったなら何なのかとか、勇者やら感情がどうとかいう気になることが山積みだったが、今はそんなことを聞いている余裕はなさそうであった。

 人形ドールが空いている方の腕を中空で振るうと、目の前の空間から3体の顔なしの人形ぬいぐるみが突如現れる。3体とも最初の形態と同じように両腕が剣の刃となっていた。

 

 ――こいつら無限に増えるとかないよな……?


 もしも、人形ドールが無限に人形ぬいぐるみを生み出せるのなら、考える得る限り一番最悪なパターンである。少女を守りながら戦うにしても限界がある。人形ドールの能力が未知数な以上、安易に背を向けて逃走するのも危険だろう。そして、奏多の能力イデアは持久戦が圧倒的に不向きであった。

 奏多の能力イデアは、五感・身体能力を強制的に高めることが出来るが、高めた分だけ代償として己の身を傷つける事となる諸刃の剣のようなものであると認識している。先ほど人形ぬいぐるみを斬った時に向上させた、人体の限界値に近い身体能力ではほんの数秒使用しただけで立っていられなくなってしまった。もし無理やり限界以上に使用すれば肉体の内側から壊れていってしまう予感がある。

 つまるところ、奏多が取れる戦法は最速で人形ぬいぐるみどもを正面突破し、親玉である人形ドールが新たに人形ぬいぐるみを生み出す前に討ち取ってしまうことしかない。

 

 「正面突破して奥にいるアイツを倒す。俺が戦っている間に逃げ――」


 「逃げません!命の恩人を置いて逃げるなんて恥知らずな真似は致しません。微力ですが、魔法で支援します。それに、もし私が足手まといになったら見捨ててしまって構いません」


 言い切る前に、強い意志を持って断ってくる。その姿にどこか親友の姿を連想してしまう。

 どこまでも真っ直で自分を貫き通すぶれない意志を持っていた親友。もし彼がこの場にいたら同じことを言っていたと思うと自然と笑みがこぼれる。


 「ああ、分かった。見捨てるつもりはないが、庇う余裕もない。なるべく後方に位置してくれ」

 「はい!あなたも気をつけてください、アレからはどこか人間に近いものを感じます。油断しないでください」


 少女は満足したかのように笑みを浮かべた後、神妙な面持ちで注意を促してくる。

 人形だから人間に近い……ということではないだろう。真意はわからないが、油断するつもりもない。


 奏多は剣を地面から引き抜き右下段に構え、少女は後方へ下がっていく。

 後方の足音が止まるのを確認した次の瞬間、能力イデアを発動させる。


 加速された感覚の中、奏多は間髪入れずに前に飛び出し3体の人形ぬいぐるみに肉薄する。

 人形ぬいぐるみ咄嗟とっさに反応するが、遅い。

 奏多は中央にいる1体の胴に目がけ剣を振り上げ、斬り裂く。続け様、左側の人形ぬいぐるみの首を上段から叩き斬る。直後、背後から振り下ろされる右の刃を左足を軸に回転し、剣で弾く。

 響く剣戟音に続き、撃ち込まれる左の刃が届く刹那――能力イデアによるブーストを更に引き上げる。

 引き伸ばされた時間の中、撃ち込まれた刃を半身はんみになりかわし――一閃。

 上段から放たれた袈裟斬りは最後の1体の人形ぬいぐるみを胴体から断ち斬る。

 引き上げたブーストを戻した瞬間、身体の内側に走る激しい痛みを精神力によりなんとか無視し、本命の人形ドールを見据える。

 一拍の間。奏多の頬から汗が垂れ落ちる。同時、奏多は見た。人形ドールがニヤリと笑ったのを。

 その瞬間、目の前に倒れた人形ぬいぐるみが白く発光する。


 「なッ……!」


 強烈な悪寒が走り、心臓が跳ねる。すぐさまバックステップで後退しようとする。瞬間、目の前のエネルギーが膨れ上がる。

 爆音。衝撃が体を叩きつけ、宙を舞う。吹き飛ばされた勢いのまま地面に叩きつけられ、しばらくの間地を転がる。吹き飛んでいる最中さなか、少女の小さな悲鳴が聞こえ言われたことを思い出す。「アレからはどこか人間に近いものを感じます」。それはこういうことなのだったのだとようやく理解する。

 

 辛うじて意識はあった。だが、全身が酷く痛み立つこともままならない。視界も半分が赤くボヤけており、頭部から出血しているかもしれない。

 バックステップがギリギリ間に合い、爆発の直撃は避けることができたが、衝撃はもろに受けてしまった。加え、能力イデアの使用による代償が取り立てられる。

 ボヤけた視界で元いた場所を見ると、地面がえぐれ焦げついていた。人形ぬいぐるみは跡形もなく消え去り、その奥で人形ドールが楽しそうに笑う。

 そして、人形ドールが腕を振るい、また目の前の空間に3体の人形ぬいぐるみが出現する。現れた3体の人形ぬいぐるみは即座にこちらへ向かい突撃してくる。

 迎え撃とうにも、身体がいうことを聞かず立つことが出来ない。


 「ファイアーボール!」


 後方から凛とした声が聞こえると同時、迫り来る人形ぬいぐるみの目の前に火球が放たれる。放たれた火球は1体の人形ぬいぐるみに直撃し、人形ぬいぐるみは地面に転がり火に包まれる。残りの2体は動きを止め、魔法の発生源の方を見やる。


 「私が相手をします!来なさい!」


 2体の人形ぬいぐるみは少女の言葉を完全に無視し、奏多の方へ再び突撃しようとする。


 「なっ……!ファイアーボール!」


 少女は無視する人形ぬいぐるみに対し何度か火球の魔法を放つが、人形ぬいぐるみは機敏な動きで左右に避け、奏多の元へ迫る。

 

 「ウィンドブレス!」


 倒れている奏多の頭上を突風が吹き抜ける。目に見えない風は流石に避けれなかったようで、人形ぬいぐるみが2体とも後方へ吹き飛ばされる。

 駆け寄ってきた少女は人形ぬいぐるみから奏多を庇うように立ち、宣言する。


 「ロレンツ王国第二王女、アリア・ミューゼス・フォン・ロレンツがお相手致します。かかってきなさい」


 ――ロレンツ王国……第二王女⁈


 痛みを忘れ、目の前の少女を凝視してしまう。どうやらこのアリアという少女は、どこかの国の王女様らしい。言われてみれば、その雰囲気はどことなく高貴さを感じさせる。

 そんなことを思っていると、何処かから声が響いてくる。

 

 「かかってきなさい、じゃないですよアリア様。戦闘苦手なのに無茶しないでください」


 声と同時に左手の森の中から、騎士服を纏った1人の女性が現れる。

 腰まで伸びた銀色の髪。儚さを感じさせる大人びた容貌にその格好が相まり、その姿はある種幻想的であった。

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