第5話 銀閃の一撃
銀色の髪に灰色の瞳。儚さと美しさを併せ持った容貌は誰もが我を忘れて凝視してしまいそうであった。身長は奏多よりもわずかに低いくらいだろう。紅白の騎士服を身にまとい、腰には剣が差してあった。
森の中から広場に向かい歩いてくる女性を見たアリアは、張り詰めていた表情が解け、安堵を浮かべていた。
「エレナ……!よかった……あなたもやっぱり来ていたのね!」
「遅くなってしまい申し訳ございませんアリア様。爆発音が聞こえたので急いで来たのですが。その血は……」
エレナと呼ばれた女性はアリアの血濡れのドレスを見た途端、無表情だった顔に僅かながら怒りの色を見せる。凛とした声のトーンも下がっていた。傷自体は彼女の回復魔法で治したのだろうが、ドレスの腕の部分が裂け周りが赤く染まっていれば何が起きたのかは想像がつくだろう。
「私は大丈夫だから気にしないで。それより、ハイポーションを持ってない?彼の傷を治したいのだけれど、もう魔力がほとんど残っていなくて」
「ありますが、よろしいのですか?見ず知らずの者にこのような貴重なものを……なんて、聞くまでもありませんでしたね。あなたはそういう方です」
エレナはウエストポーチから赤色の液体が入った小瓶を取り出すとアリアに手渡す。
「これを飲んでください。すぐに傷が良くなるはずです」
「貴重なものなんだろ……?そんなもの俺なんかに使わな――むぐっ⁉︎」
「いいから!飲んでくださいっ!」
断ろうとする俺に対しアリアはムッとした表情をしたかと思うと地面に倒れている俺の口に無理やり小瓶を突っ込み液体を流し込む。口の中に広がる強烈な苦味に思わず吐き出すそうになるも、流れ込んでくる液体を無理やり飲み干す。
「急に何するん……だ?傷が……」
彼女の暴挙に抗議しようと起き上がり、気づく。全身から痛みが無くなっただけでなく爆風による傷跡も綺麗さっぱり消えている。その効果を実感していると、彼女はこちらに手を伸ばす。
「ポーション全部飲めて偉いですね」
「……」
ポーションを無理やり飲まされたかと思うと、今度は頭を撫でられ呆気に取られてしまう。18歳にもなって「お薬飲めて偉いね」みたいに言われる日が来るとは思うまい。にこやかにこちらを撫でてくる様子からは、馬鹿にしているような雰囲気も感じ取れない。
「アリア様……それは子供に対してやることであって、このような青年にやるべきことではありません。やられた側は不快に感じてしまいますよ」
「そんな……嘘でしょ⁉︎お母様がこうすればみんな喜ぶって……ご、ごめんなさい!」
「あ、ああ……そんなことより」
彼女の純粋さに当てられ文句を言う気もなくなってしまう。
だが、今はこんな緊張感のないやりとりをしている場合ではないだろう。目下戦闘中である。会話が終わるまで律儀に待ってくれているのか、余裕の表れか。こちらのやりとりを静観している
「そうですね、今は早く目の前の敵を片付けてしまいましょう。アリア様たちは下がっていてください」
「それじゃあお願いね。
アリアは今分かっている情報をエレナに伝えると、役目は終わったと言わんばかりに下がろうとする。
「一人で大丈夫なのか?」
「エレナなら大丈夫です。だって、王国一の騎士ですもの」
王国一というのがどれ位の強さなのかわからないが、あれ程一緒に戦おうとしていた彼女が素直に下がるのなら相当なのだろう。連携がとれず邪魔になってしまう可能性があるため、大人しく下がっておくことにする。万が一の場合、対処出来るように落としていた剣を持って。
「お待たせしました、異形の者。我が
エレナはそう言うと、腰に差している鞘から剣を引き抜いた。
いや、それは正しい表現ではない。何故なら、手にしているのは肝心の刃が無い柄だけの代物だったのだから。
「なんだ……あれは?」
「
エレナは手にした柄に手を当て、魔法を唱える。
「リアリゼーション」
すると、柄の先から白い冷気が溢れ出ると同時に刃が具現化していき、一振りの剣が出来上がる。
それは持ち主を模倣したかのように美しく人を魅了する薄刃の氷剣であった。
「
アリアが自慢げに解説してくる。その説明から察するに、持ち主の魔力性質によって属性を変えるタイプの魔法剣ということなのだろう。ということは、エレナの魔力性質は氷ということらしい。
そんな考察をしている間にエレナが動き出す。剣を右手に持ち、
エレナは襲いかかる1体目の剣撃を躱し、斬る。2体目の剣撃を己の剣でいなし、斬る。3体目の剣撃を弾き、斬る。
「
斬られた
息ひとつ乱さず、瞬く間に
「遅い!」
エレナは崩れ去った
確かに、素人の奏多から見ても王国一と呼ぶに足る圧倒的な実力だったように思える。
だが……これで本当に終わったのだろうか?
崩れ去った
直後――血相を変えアリアが叫ぶ。
「エレナ!待って!まだ終わってない‼︎」
アリアがエレナに向かって叫んだと同時に、転がっていた
「エレナぁぁぁあああ‼︎」
危機を察知したエレナは、回避を試みるが反応が遅れ間に合わない。
アリアの悲鳴が聞こえるより早く
「届けぇぇぇえええ!!!」
槍投げの要領で投擲された剣は、打ち出された圧倒的な出力によりブレることなく鋭い銀閃を描き空を駆ける。
銀閃はエレナに喰らいつこうとする
そして、喰らいつかんとする刹那――
銀閃の一撃が、目標である小さな顔なしの
『アアアァァァ!!カオガアアァァァ!!!モット!!!カオオオォォォ!!ホシイホシイホシィ!!!カオ!ウツクシイ!カオ!キレイカオオオォォォ!ホシイイイィィィ!!!」
呪詛の如き断末魔が聞こえると、
彼方の幻想曲 万年青 遼 @omoto71
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