第5話(完結)
頼子は時間の事は気にしていなかった。
「要するに後半のボスを倒すには、向こうが攻撃した後の隙に
晴くんが意気揚々と七ステージめのボス攻略に挑む。気合いもたっぷり、両足を開き気味に踏ん張っている。
その横で頼子もまた、熱気がこみ上げていた。
「――そうよ、一瞬の隙も見逃しちゃダメ」
あくまで画面を見ながら、彼女はさり気なく彼のふとももに手を乗せる。
「?」
「よそ見しないの」
「う、うん」
頼子の指の細さをチノパン越しに感じながら、しかしそれについて発言するのは許して貰えない晴くん。
――うわ、なんだろこの優しい感触。女の子から足に手を置かれたの、僕初めてだよぉ。
仄かに緊張し始める。
「晴くん、気を引き締めて」
「――! わ、分かった!」
頼子の言葉に彼は思った。――そうか! 頼子ちゃんはこのバトルで僕の気が抜けないようにサポートしてくれてるんだ!――と。
実際はそんなことは無く……。
――や、やばいわ……ちょっと悪戯心に触ってみたら、この小さいのにそれでもうっすら筋肉が付いた張りのある感触。オトコのコって感じがして、イイ……。
頼子は晴くんのオトコの足から得られる快感を、コップにゆっくりと水を注ぐかのように、静かに堪能しているだけだったのだ。
「よ、頼子ちゃん? そこはちょっとくすぐったいかなぁ」
彼女の手は彼の
とても自然な流れで。そう、例えるなら敵の攻撃を
「晴くん、そのキャラ好き?」
「え? うん、好きだよ」
「他にもカッコイイ男キャラが二人居たのに女キャラを選ぶなんて、なんだかんだお年頃よね」
「そ、それは、その……」
言葉に詰まる晴くん。それはなんだかんだ図星であったからだ。
――あれえ? やっぱりなんか変だぞ? 最初に僕がこのキャラを選んだ時には、頼子ちゃん呆れ顔で『晴くんそこ躊躇せずに選ぶのね。まあ良いけど』って言ってたのに。
「い、いや、けどちゃんと性能でも選んでるよっ。こういう一撃は軽くても連続で攻撃を入れられるタイプって、使ってて爽快だからね」
それは決して言い訳では無かった。だから頼子もふと微笑む。
「そっか。じゃあさっさと爽快に倒しちゃおっ」
語尾だけやたらと弾ませて、頼子は晴くんの肩へと寄りかかる。
「あっぱ!?」
思わず奇声を上げながら、彼は頼子の髪の甘い匂いを嗅いだ。
別に『甘い』と言いたかった訳でも無いが。それでも今なら『甘い』と言えただろうが。……晴くんは最早、ただ黙って髪の匂いを嗅ぐだけである。
――も、もんにょりする。めちゃくちゃもんにょりするよぉ!
十三歳の頭と心が、その処理能力の限界を超えようとしていた。
ボスの猛攻が来る。晴くんにとってそれは、あまりにも不意を突かれた形であった。
しかし、それでも。
『
その時何よりも強く浮かんだのは、毎週欠かさず見ているヒーロー番組の、主人公の決めゼリフだった。
二度の被弾で
「晴くん来たわ、トドメ演出よ!」
「うん! いっけえええ!!」
ド派手なムービーを挟み、女魔法使いがボスを超爽快に叩きのめす。それを二人共食い入るように見つめた。
「よし、やったよ頼子ちゃんっ」
晴くんは喜びの顔で振り向いて、彼女の悦びの顔を見てまた瞬時に緊張に襲われる。
「そうね。……ご褒美あげるね?」
「あ――」
「晴くんは女の子が好きだから」
頼子はそう囁いて薄く眼を開けた状態で、彼の唇に自分のそれを重ねた……。
※
午後六時前。
「じゃあね頼子ちゃん。また来るから」
「うん、またね」
別れの挨拶。晴くんは割とあっけらかんとしていた。未成熟な彼は順応性もまた高いのかもしれない。
もしくは、ああいった事を普通にある事と思ってしまっているかだ。
まあそれもまた良いだろう。
問題なのは……。
「……あああああ! 私、なんてことしちゃったのぉーーー!!」
一人玄関で悶える頼子。冷静になってから、怒濤の後悔が押し寄せている真っ最中なのであった。
「ほんの出来心で、ついぃぃぃ……」
大人は大抵そう言うのである。
さっきまでとは打って変わり、なんとも情けない表情で自分の手を見る頼子。
「うっ、ダメだわ。あの晴くんの足の感触が消えない、消えないよぉーー」
それは彼女が背徳を背徳として知るからだ。今晩はその感触と共に過ごすしかないのだ。
しかし、それでもまあなんとかなってしまうのだろう。
「……晩ご飯作ろ」
それごと受け止めても、例えこれからどんな方向に転がったとしても、自分がちゃんと彼の手を引いてあげるんだ――そんな想いが確かに有るから。
おねえさんは強いのだ。
――おしまい――
頼子と晴くん 神代零児 @reizi735
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