長嶺誠治の分岐点
「綾女、アンタ何してんの?」
一眼見ただけでわかるほどに、花蓮は激昂している様子だった。
それは俺と吉崎さんが二人でいるからだろう。
しかし、こちらとしても言い分がある。
お前だって、男と二人で歩いていただろう?
それも、俺の知らない間に、楽しく出かけていたじゃないか。
映画館だったり、カラオケだったり、お前の方がよっぽど『彼女』として相応しくない行動をしていたじゃないか。
「あれ! 花蓮じゃーん! そんな怖い顔してどうしたの〜?」
対する吉崎さんは、先ほどまでとは打って変わって、いつもの仮面を被った吉崎綾女へと戻っていた。
「どうしたの? じゃないわよ。そんなところで二人で、何してんの?」
花蓮は依然として、高圧的な態度を続ける。その表情からは、誰から見ても感じ取れるほどに、怒りが伝わってくる。
しかし、そんな花蓮に気圧されることなく、吉崎さんは
「いやいや、別に私の勝手じゃない? だって、長嶺くんって彼女がいるわけじゃないよね?」
「……ッ!」
「もしかして、長嶺くんのこと気になってたりする? それは伊月が悲しむよ〜? さっきだって伊月がラインで……」
「う る さ い ッ !」
「ちょっとどうしたのそんなに声荒げて。怖いよ〜?」
「うるさいうるさいうるさいうるさい! 大体元はと言えば、アンタのせいじゃない!頼んでもないのに紹介してきて!断れなくするために外堀埋めたりさぁ!!迷惑なのよ!!!」
「……そんなこと言われてもなぁ〜」
修羅場というか地獄絵図というか……せっかく風呂で汗流してきたのにもう汗びっしょりかいてるまである。
それにしても、花蓮がこの前一緒に歩いてた男、伊月とかいうのか……。
話を聞いている限り、吉崎さんの紹介だったのか。
まあそりゃ……俺と花蓮は付き合ってると公表してなかったからな。
女子特有のそういうイベントに付き合わされるのもわからなくはない。
しかし、紹介されるまではいい。仕方がないとは思う。
だが、俺に内緒で二人で出かけているのはアウトだ。立派な浮気だ。
俺に言えない秘密を異性と共有している時点で、それは浮気なんだよ。
「まあまあ花蓮も落ち着いてよ……って、長嶺くんどこ行くの?」
「いや、そろそろ自分たちの部屋に戻るわ」
「ええ?この状況で離脱しますか普通〜?」
「俺には関係ないからね」
正直、俺は花蓮ともう一度やり直せるのではないか?という淡い期待を抱いてしまった瞬間がないかと聞かれれば嘘になる。
しかし、冷静に考えてみれば、どんな事情はあれど花蓮は浮気をしていることに違いはない。自覚はないのかもしれないがな。
それを俺が許せるほどの度量があればいいのだが……残念だが許せそうにない。
だからやはり俺の中で、花蓮との関係は終わったのだ。
「待ってよ誠治!!! なんで……なんで無視するのよ!?」
無視する……? その原因すらわからないのか?
「花蓮」
「……! 誠治……やっと……!」
「これだけは言っておく……お前からしたら自覚はないのかもしれないが、お前が浮気をしていたのをこの目で見ていた。それも二回もな。そんな浮気女が急に話しかけてきて、急に束縛してくるって……どんな地獄だよ? どれだけ俺の心かき乱せば気が済むんだよ。俺が……俺がどれだけお前のことで苦しんだかわかってるのかよ!?わかるはずないよな!?だって自分のことしか考えてないんだもんな。俺はもうこれ以上、お前のことで苦しむのはもううんざりだ。金輪際、頼むから俺に関わってこないでほしい。今回だけでいいから、俺の気持ちを汲んでほしい……もう、もうこれ以上悩み続けたくないんだよ……前に、進みたいんだよ」
今まで溜まっていた鬱憤。それが止まることなく吐き出される。
ここまで感情を曝け出したのは生まれて初めてだ。
吉崎が横で見ている。俺と花蓮の関係性を知らない吉崎の前で、俺は花蓮との痴情のもつれを哀れに曝け出す。
ただーーそんなことはこの際どうだっていい。
浮気された俺は幼稚ながらにも、どこか一矢報いたいという気持ちがあった。
そんな気持ちからか、俺はこんなにも声を荒げて、かつて好きだった子に罵声を浴びせた。
「せい、じ……」
花蓮の目からは大粒の涙が頬を伝っている。
声が震え、開いた口が塞がらないのか手で口元を覆う。
俺はこれ以上何も言わず、黙ってこの場から逃げるように歩き出す。
花蓮の泣く姿を見てしまったら、先程の言葉を撤回して謝ってしまいそうだから。
出来れば好きだった子を泣かせたくなかった。
本当に好きだったのだから。
ドライな彼女を無視しすぎたら、ヤンデレになっちゃいました。 ノロップ/銀のカメレオン @tokinotabito
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