長嶺誠治の選択 その3
「ぬぅ〜……しかし誠治どの……」
「……なんだ」
「Night殿が言っていた、大冒険とはどのような意味なのだろうか……」
「あー……確かに言ってたな。大冒険って言っても、まじな冒険ってわけじゃないだろ。なんかしらの出来事の意訳じゃないのか?」
「確かに……そう捉えることも出来るでござるな……」
「……そろそろ上がった方がいいんじゃないか」
「いや、まだまだでござるよ誠治どの。これは……鍛錬……で、ござ……」
「お、おい半蔵!?」
夕食が終わった後、風呂の時間になったので俺と半蔵はサウナで汗を流していた。
半蔵はどうやらサウナが苦手らしく、一応ベテランサウナーである俺に克服させてほしいと頼み込んできた。
しかしこの様である。
「おい今大きい音しなかったか!?」
浴場からサウナ室に入ってきたのは萩谷君たちだった。
無論、全員フル◯ンである。
「しかし、半蔵のでけえな……」
「まさか半蔵がエリュシ◯ータを持ち合わせていたとは……」
「いや、そこはエクス◯リバーじゃないか?」
「……いいから運べ」
萩谷くんと飯島くんが下品ですまない……。
***
半蔵を脱衣所まで運び、扇風機を隣に据えて涼ませた。
途中で気がついた半蔵は、「拙者はもう少しここで涼んでいくでござるよ。迷惑をかけて面目ない」と言ったので、俺は先に着替えて館内を散歩することにした。
喉が渇いたので、自販機のある休憩所へと向かう。
休憩所にはソファーや漫画、卓球台などがあり、その名の通り寛げる場所となっている。
喫煙所などもあるが、もしここで喫煙しようものならどえらいことになるだろう。
お家に強制送還されちゃうまである。
「長嶺く〜ん!」
「ん?」
休憩所に着くなり、背後から声がかかった。
吉崎さんだ。
いつも吉崎さんは俺の背後から現れる気がするな……。
「ああ、吉崎さんか」
「む! 何その薄い反応! もっとこう、ときめいたりしないのかなぁ〜?」
「なんでときめくんだよ……」
「はぁ、全く長嶺くんはわかってないなぁ〜……。まあいいや、せっかくだしなんか話そうよ」
「え、まあいいけど」
「というわけで、自販機でジュース奢って♪」
「どういう訳だよ……」
***
俺はコーヒー牛乳を買い、吉崎さんにはオレンジジュースを買った。
二人でソファーに座りながらジュースを飲む。
ふと、吉崎さんに目をやると、やはり吉崎さんもかなりのハイスペック女子だなと思う。
うちのクラスはカーストとかいうものに縛られておらず、イジメなども発生していないような穏やかなクラスだが、おそらくクラスカーストで言えば吉崎さんはトップに君臨しているだろう。
誰とでも仲良くできて、男女ともに人気が熱く、人望のある人間。
聞くところによると、吉崎さんは三大携帯会社の一つであるハナサカの御令嬢らしい。
そんでもって美少女。
なんなら、女優にいたっておかしくないかもしれない。
だけど、なんだろうか。
先ほど吉崎さんが俺に「ときめいたりしないのか?」という言葉について、確かになぜか俺は吉崎さんにときめかない。
可愛いとは思ったりもするが、それは恋心などの下心ではなく、客観的に見て思う感想だ。
俺が吉崎さんにときめかない理由ーーそれは、吉崎さんが仮面を被っているようにしか見えないからだ。
吉崎さんが俺や周囲の人間に見せる笑顔や立ち振る舞いなどが、全て計算された紛い物なのではないか、という憶測が脳裏に飛び交ってならない。
だがそれ以上に、直感的に吉崎さんからは危険な香りを感じることがちょくちょくある。
俺の思い過ごしかもしれないが……ね。
「さっきから私の顔見てどうしたのかな?」
「……え? あ、すまん!」
気づけば俺はずっと吉崎さんの横顔を見てしまっていた。
やばいやばい、勘違いされたらどうしよう!
吉崎さんが気味悪がって、明日の朝クラスメイトみんなから「あいつ吉崎さんに惚れてるらしいぜw」「ま?w身分考えろよw」というバッドイベントが待ち受けているかもしれない……まぁ、うちのクラスに限ってそんな陰湿なことはないか……多分。
「ふふ、いいよ〜長嶺くんだから許してあげる!」
「俺だから許してくれるのはよくわからないが、ありがとう?」
ひとまずセーフなようだ。
ふう、やれやれだぜ……危うくザ・ワールドして逃げ出してしまうところだった。使えないけどね。
「ねえ長嶺くんはさ」
「ん?」
「例えばなんだけどさ」
吉崎さんはいつものようなおちゃらけた感じではなく、どこかしんみりとした雰囲気で言葉を続けた。
「付き合っている恋人がいたとして、もしもその人の知らない一面が自分の価値観じゃ理解できないものだったとしたらどうする?」
「知らない一面が理解できないものだったとしたら……か」
即座に思い浮かべたのは花蓮だ。
吉崎さんの言う、恋人が理解できないことをしていたらどうするか? という公式に、俺と花蓮で当てはめてみると、それはやはり浮気だろう。
今の時代、割と浮気は当たり前と言う風潮になってきているのかもしれない。
ネットなどを見るとそれは明らかだ。
しかし、俺は花蓮なら浮気なんてしないものだと思っていた。
そう思っていただけに、男と二人で楽しげに歩いているところを見て、言い知れないほどの焦りと悲しみ、そして憎悪が湧き上がってきたのを今でも鮮明に覚えている。
そして、今では花蓮を遠ざけている。
だが、嫌いなのか? と聞かれると、即答はできない。
それほどまでに俺の花蓮に対する気持ちは曖昧になってしまっているのだ。
それに、先ほどまでの花蓮の異常な行動……それも今のところ理解できない。
そう考えると、一番良い選択肢はーーーー
「ひとまず距離を置いて、自分の気持ちを確かめる、かな」
「……別れようとはしないんだ?」
「相手にもよるだろうけど、本気で好きになって付き合った相手だとしたらもう少し考えるかな……」
「甘くない?」
「え?」
ふと、吉崎さんの声色が変わる。
吉崎さんの顔を伺ってみると、そこには目を細め、憤りを感じる表情を浮かべていた。
いつもの仮面を被った吉崎さんではなく、感情を露わにした顔をしていた。
「だってさ、理解できないってことは、許せないことを相手はしてるんだよ? それをどうしてすぐ切り捨てないの?」
「いや……」
「もっと自分の気持ちに素直になった方がいいよ。後々後悔することになるよ? 距離を置いて自分の気持ちを確かめるなんて、私には綺麗事としか思えないな。きっともっと良い人が近くにいるはずだよ?」
「何言って……!?」
吉崎さんに狂気を感じ、思わずのけ反る。
しかし、更なる追い討ちがあった。
「綾女、アンタ何してんの?」
見たこともないような蔑んだ表情に佇む花蓮の姿が、そこにあった。
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