長嶺誠治の選択 その2

 宿舎に戻り、小一時間ほど休憩の後、お待ちかね(?)の夕飯の時間になった。

 集合時間になったので、半蔵たちと共に食堂に向かう。


「今日はビュッフェらしいでござるよ。拙者何を食べるか迷うでござる……」


「安心しろ。全部食えばいいんだ」


「適当でござるな!?」


 これは個人的な意見なのだが、ビュッフェの時に限って胃袋ちっちゃくなったりしない?

 気持ち的には『元取るぐらいたらふく食ってやるぜ!』くらい息巻いているのだが、いざ並べられた料理の数々を目前にすると途端に胃袋が萎縮してしまう。

 なんなんだろうね? この現象。

 長嶺家のビュッフェあるあるである。


「あ、悪い。ちょいとトイレ行ってくるから先行ってていいよ」


「ぬ、そうでござるか。承知でござる」


「おう」


 考えてみたら朝家を出た時からしてなかったからな。

 人間う○こは我慢しない方がいいらしい。寿命が縮むんだと。

 そういえば最近見たYouTubeの動画で知ったのだが、我慢し過ぎて亡くなった人もいるとか。

 だから俺はなるべく出せる時に出す。


 ……うん、多分俺疲れてるな。


 ***


「ふぃ〜……スッキリ」


 事も済ましたとこだし、早く食堂に向かおう。

 もしかしたら班ごとに点呼されて、揃ってなかったら飯にありつけないっていうパターンもあり得るしな。

 その結果、ビュッフェの目玉であるおかずが他の班に刈り尽くされてしまうかもしれない。

 そして長嶺誠治は班のみんなから疎まれ、忌み嫌われ、やがて林間学校ぼっちへと……なんていうシナリオもあったりするかもしれない。


 そんなバカなことを考えていると、ふと、背後から人気を感じだ。


「誠 治」


「!?」


 背筋が凍る、とはこのことだろう。

 俺はこの声の人物を知っている。しかし、背後から聞こえたその声は、今まで聞いた声とは打って変わって、どこかおかしい。


「なんで、振り向いてくれないの?」


 花蓮だ。


 しかしここで振り返ってしまったら、おそらく花蓮と話をしなくてはならないだろう。

 しかし俺は決めたのだ。

 もう花蓮とは関わらないと。

 今更話しかけてきてなんなんだ、あの男に捨てられたのか?

 俺に泣き寝入りしようとしてるのか? 冗談じゃない。

 俺の気持ちも考えず、連絡もよこさず、そんな相手にこれ以上苦しめられてたまるか。


「え、ちょっ、誠治……!」


「……」


 俺は振り返らず、そのまま歩き出す。


 俺だって、本当は花蓮と付き合っていたかった。

 出来ることならば、今までのように仲良く笑い合っていたかった。

 でも、今の俺ではこれまでの花蓮の行動を許せそうにない。

 きっと話そうとすれば口論になってしまう。

 そんなことになるくらいならば、話さない方がきっと良い。

 もっと自分の気持ちが落ち着いた時に、改めて話せればそれで……いつになるかわからないが。


 幸い、花蓮は追ってきてないようだ。

 花蓮の気配が遠ざかるのを感じるーーしかし


「誠治」



「絶対、逃がさないからね?」



「……ッ!?」


 思わぬ言葉に、つい振り返ってしまった。

 そこに映る花蓮の姿、久々にしっかりと見た花蓮の姿は、どこか目が虚ろで、歪な雰囲気が漂っていた。


「やっと振り向いてくれた♪」


「……!」


 俺は逃げるようにして、咄嗟に早歩きでその場を去る。

 このままその場に留まってしまうのはまずいと、本能的に悟った。

 おかしい、どう考えても今の花蓮はおかしい。

 それこそ恐怖すら感じてしまうほどに。


 果たしてこの『選択』が正しいのかはわからないが、今の俺では目を背けることしかできなかった。


 ***


 急いで食堂に戻ると、大体の生徒はすでに集まっていた。

 班ごとにテーブルが決まっており、わいわいと賑やかな雰囲気が漂っている。

 半蔵たちはどこかと眺めていると、半蔵や萩谷くんたちがこちらに手を振っているのが見えた。


「すまん遅れた」


 テーブルには、半蔵、萩谷くん、飯島くん、田所さん、吉崎さんがすでに着席していた。

 座る列は男女で綺麗に分かれており、男子と女子が向かい合う形になっていた。

 言うなれば合コンスタイルである。

 ……どうせ男性教員が女性教員の人と林間学校を通して仲良くなるために、不自然に思われないようにこんな形にしたんだろうな。

 大人の事情ってやつか。


「遅いぞ長嶺〜! もしかしてキ○トみたいに主人公は遅れてやってくるもんだっていう思考か〜?」


「夕飯に遅れてくる主人公ってどんなラノベだよ……」


「誠治殿、汗をかいているてござるが、何かあったでござるか?」


「……いや、なんもないよ。早いとこ戻らんとな〜ってな」


「そうでござるか」


 なんか、半蔵って妙に鋭いよなぁ。

 おそらく恋人が出来たら気配りが出来るめちゃめちゃ良い彼氏になるであろう。

 ……そのござる口調が抜けない限り厳しそうだが。


「……」


「ん?」


 斜め前の席に座る吉崎さんが、俺の顔をじーっと見ていた。


「吉崎さん、なんか俺の顔についてる?」


「……! んーん! なんでもない!」


「……? ならいいけど」


 先程の花蓮の様子が気がかりだが、ひとまず気持ちを切り替えようと思う。


 ……いつかは決着をつけなくてはならないだろうけどな。


 ***


 あやめ:『伊月、花蓮とはうまくやってる?』


 伊月:『いつもなら遅くても1時間くらいで返事が来るんだけど、今日は既読もつかない』


 あやめ:『うそ? なんかやらかしたの?』


 伊月:『いや、いつも通り普通にメッセージを送っただけなんだけど……』


 あやめ:『少し気がかりね……こっちでも少し探ってみる』


 伊月:『頼むよ。そうそう、そっちはどうだい? あの男とは』


 あやめ:『ぼちぼちアタックしてるんだけど、微妙かな〜。鈍感なんだか慎重なんだかよくわからないけど、良い加減私の気持ちに気づいて欲しいよね』


 伊月:『カリカリしてるね笑』


 あやめ:『まあちょっとね?笑 でも長嶺くんのそういうところも良いんだけどさ!』


 伊月:『はいはい、惚気は勘弁してくれよ。じゃあ、また花蓮ちゃんから返事が来たら連絡するよ』


 あやめ:『はーい。そっちも頑張ってね〜』













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