第3話 俺の部屋で暴れるな!

 神はおらず、部屋の戸が開かれて勇者がぬうと現れた。

 屈まなければ天井に頭が付くほど背が高い、3メートルはありそうで汗と血の匂いをまとっていた。明らかにダンジョンとは違う部屋の内装や茂の存在にも驚かず、その獣のような眼はモンニを捉えて離さない。

「『ニーダンニイの忘れ形見』だな……これで4人目の魔王の首だあ。また妙な最奥と手下を連れてるな」

 茂はモンニを自身の背中に隠れさせ、懸命に口を動かす。

「ゆ、勇者さん……ど、どうしてこんな‥・…こいつが何かをしたんですか?」

 風が舞った。

 それが勇者が剣を振るったのを彼が捉えられなかっただけとわかったのは、祖母の壁時計が落ちて砕け、茂の胸から脇腹にかけて鋭い痛みと傷が走った。

 勇者は黄色い垢だらけの歯で笑い壁時計を踏みつけた。

「魔王を狩るのに理由はいらねえ。俺の箔にはなるから安心して死ねえ……痛くはするけどなあ」

 風。

 いたぶるために振るった剣はまたも見えず彼のわき腹に新たな傷を刻んでいた。

「すっかりでなあ、楽しませてもらうぜ」

 モンニの震えが強まるのを背で感じた時、茂の中の恐怖が消えた。

 祖母の時計を壊された怒り、傷つけられた痛み、何より勇者の正義でない暴力に対して、それまで考えたこともなかった正義が湧き上がっていたのだ。


 茂は勇者に何かを突き付けてから、テレビのリモコンを操作して電源を入れた。お笑い番組が流れて、その音量を際限なくあげていく。

 勇者は一瞬それに気を取られ顔を向けてから、ゆっくりと茂へ戻した。

 粗野な笑みが消えて呆けた表情を張り付けたまま膝をつく。その喉にはこぶし大の穴が開いていたのだ。

「何を…‥?」

 それだけをひねり出して勇者はこと切れた。

 茂は緊張の糸が切れたのと傷の痛みでほとんど倒れこむように横になった。勇者に向けて握りこんでいたもの、白い銃から手を離して反動が残らなかった手をぼうと見やる。

「『蜂に刺された痛みはみな同じ』……素晴らしい威力を持つが弾速が遅く1発しか弾もない……」

『ねばねばっち』と同時に出したもうひとつの武器だ。ほとんど直感で選んだそれでによって、茂は命を長らえた。


 勇者の死体はそのまま光の粒と化して、剣だけを残してモンニへと向かって降り注いで彼女の肉体へしみこんでいく。

 それまで茂の後ろで縮こまっていたモンニは立ち上がり滑稽なほど強気で胸を張った。

「あなた様! 勇者を倒してモンニの格があがったようですよお! すごいですお! はじめて勇者を倒したんですよお!」

「おめでとう……」

 茂はどうにかそれだけを絞り出してへたり込み、部屋の掃除と壁時計の修理に小遣いをしばらく我慢せねばとぼんやり考えた。


 史上最難関のダンジョン。ついにどの勇者もその牙城を崩せなかったそれは、誰もが見下す弱小魔王と異世界の子供が作り出したものだった。

 その伝説はまだ始まったばかりであり、当事者たちも未来のことなど全く考えられもしていないのだった。

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ダンジョン心臓部(俺の部屋)を死守せよ! ……するんだ! あいうえお @114514

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