第2話 勇者ってのは怖い
モンニは悲痛にモニターにすがりついた。
「ああ! モンニの最強の部下の『バサラリザード』ちゃんが!」
先ほど広げた板の巨大トカゲらしき絵が光りそれを失った。注意深く見ると他の絵にも光っているものがあり、茂はこれを洞窟内の生き物の命の輝きと判断した。
そして、モンニの言葉が正しいとするとあの勇者は彼女を追っている。恐らく友好的でない理由から。自分と彼女のいるこの部屋を目掛けて。
「おい! ここから出てって洞窟にいけ! このままじゃ来るぞあいつ!」
「だってここがダンジョンの最奥ですものお! 魔王は最奥にいるものなんですう! モンニを助けにあなた様は現れたのでしょう?」
「絶対に違う! ここはおばあちゃ―俺の部屋でダンジョンじゃないの!」
「ダンジョンですよお! モンニが助けてって神様に祈ったらここにこれたんですからあ! ダンジョンの救世主様と最奥ですう!」
「やっぱお前がなんかしたんじゃないかあ! それと神様に祈るなよ魔王なのに!」
言い争いはモニターからの勇者の叫びで中断された。小さなゲル状の物体やら、子犬やら、剣をもった骸骨やらは勇者が来ると逃げ散ってしまう。悠々進んでいく勇者はそう遠くないうちにこの部屋までたどり着いてしまいそうだった。
茂は狂ったように出入り口の戸を開け閉めし、見慣れた家の廊下が出てくることを願ったが、常に広がるのはダンジョンの内部だった。
「ど、どうなってるんだ⁉ なんで外に出れないんだ?」
「ダンジョンの危機に逃げるなんてとんでもないですう! 勇者をたおしてくださいあなた様あ!」
「お前は……まて、倒す? たおせるのか?」
「は、はい」
モンニは板をすすめた。
「これで部下を出したりい、ダンジョンを改造したりい、武器を出したりできるんですう」
「それを早く言え! 全部だすぞ!」
板の絵を茂は全て叩いてみたが少しも反応がなかった。
「あ、あれ? なんで?」
「あうう、モンニの魔力と引き換えだからそんなにいっぱいは無理ですよお」
「制限あんのかよ⁉ じゃ、じゃあどれなら出せるんだ?」
モンニが手をかざすと生存を示しているものとは別色の光が浮く絵が出て来た。ところがそれは情けないほど少なく、いかにも強そうな龍や巨人、罠や武器は一つも反応しない。
「なあああああああ⁉ このへっぽこお!」
「ひ、ひどいですう! だからお祈りしてあなた様を頼ったのにい!」
茂はモニターを確認しすでに勇者が奥といえる区画へと足を踏み入れているのに震えあがった。
「なにが書いてあるか読めない! なんとかならないか⁉」
「え? ……あ、あなた様って字も読めないんですか? ……うわあ」
「言ってる場合かあああ! なんとかしろおお!」
「ひううううううう!」
激しく茂に振り回されてモンニはたまらず彼に呪文を唱えた。
すると茂の目に、板やモニターに出ている文字と数字が慣れ親しんだもののように飛び込んで理解ができるようになっていた。理屈は抜きに死に物狂いでモンニの魔力でも発動できるものを探して戦略を練る。こんなゲームをしたことがあったが、今かかっているのは自分と下手をすれば両親の命。かつてないほど茂は頭を回転させた。
「これとこれを発動!」
「はい、『クサクサ草』と『どろんこ足元』ですねえ」
板から罠らしい絵を選択すると勇者のいる洞窟に変化が現れた。
毒々しい色の草が急に生えて煙を吐き出し、足元がひどいぬかるみになったのだった。勇者は鼻をつまんで突破しようとしたが明らかに進行速度は鈍っている。
茂はその隙に部下とモンニが言ったモンスターを召喚しようとしたが、彼女が言うように最強があの大トカゲでは足止めにならないと判断した。他の魔物は勇者から逃げ出していたことから、ぶつけても無駄になってしまうだろう。
「くう……! これだ! 『ねばねばっち』を10匹! ……それとこれだ!」
「はいい」
板の絵を押すと勇者の足元にゲル状の物体が湧いて出た。
勇者は鬱陶しそうに剣でそれを薙ぎ払ったが、物体は切られずに剣にくっついて離れない。振り回されても壁に叩きつけても、くさい煙を浴びせてもぬかるみに沈めても離れず、勇者を足止めさせた。
『ねばねばっち』の説明文には、頭も良くなく脅威はほとんどないものの魔法でないと退治できないとあった。剣を振り回す勇者の姿から茂はこれなら逃げずに壁になってくれると踏んだのだった。
「よっしゃ! ここで『ダンジョンシャッフル』発動!」
「はい、あなた様!」
足止めに成功したのに気をよくして大声でモンニは返事をして絵を発動した。
ダンジョン全体がまるでパズルのように組み変わり新たな構造へと変化し、奥まで足を踏み入れていた勇者は中ごろまで戻されてしまっている。
茂とモンニは手を叩きあって、ひとまずの安堵を共有した。
「さすがあなた様!」
「勝てないなら追い出せばいい、さて次は……ほあ⁉」
板を見た茂は驚愕した。それまでも使用可能な絵は少なかったのに、今や片手で足りる数ほどのものしか残存していないのだ。
「ななな、なんで⁉」
「い、今の『ダンジョンシャッフル』で使っちゃんじゃないですかあ?」
「嘘だろ⁉ 残りの魔力の表示とかないのかよ!」
モニターから悲鳴があがった。
勇者が剣についていた『ねばねばっち』へ何かの液をかけて溶かしているのだ。板の彼らの生存を示す光が消失し、モンニが頭を抱えて嘆いた。
「『ねばねばっち』ちゃんたちい! あれは『星の液』ですう! 魔法を液体にして素質が無くても使えるようにしたものですう! 毒の魔法の液みたいですう!」
勇者は匂いとぬかるみに足を取られながらも歩き出して、ついにその地帯を抜け出して最奥へと進んでいってしまう。
茂は板を叩いて歯を食いしばる。
「く、くそ!」
「あ、あなた様あ‼」
勇者は罠もモンスターもなく妨害されない道のりを悠々と進んでついにこのまま進めば最奥、すなわちこの部屋まで間もなくたどり着くところまで来てしまった。発動できるのは最弱モンスター数体のみ、差し向けても逃げるのは目に見えていた。
茂は必死に考える、どうにか勇者から逃れる術はないものか。心臓があり得ないほど早打ちして口がからからに乾いていく。寒気を感じるのに汗が止まらず背中のシャツがぐっしょりと吸い付いてきた。
「一応聞くけど戦ってお前は勝てないか?」
「無理ですよお!」
「だよなあ、だったら俺をあてにしないよなあ」
ついに勇者は最奥までたどり着いた。映像からでは厳めしい装飾のされた扉が確認でき、その先にはこの部屋が繋がっているはずだった。
茂とモンニは抱き合い、震えながらどうか繋がりがこの瞬間だけなくなってくれと神に祈った。
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