4、資質

「わたくし、デレック様の側妃になるつもりはありません。そもそもデレック様にそこまで執着しておりません。むしろ、婚約を破棄されてありがたく思っております」

「な……?」


デレック様は信じられないような顔でわたくしを見つめています。

断られると思っていなかったのでしょうか。


「追放されてもいいのか?」

「してもいいですけど、できないでしょう」

「なぜだ!」

「わたくし、12のときから、血反吐を吐くような王妃教育に耐えてきました。毎日毎日、楽しむことを忘れて、ひたすら知識を詰め込み、振る舞いを覚え、ダンスを練習しました」

「まあ、当然だろ」

「それも、王家からわたくしの家に、直々に、婚約の申し入れがあったからです」

「ん?」

「この国を救うのはわたくしだと神殿に神託があったと、12のときに告げられました。ですから、王家に嫁いで、その力を十分に使うのだ、と父にも母にも言われてきました。つまりデレック様」


わたくしは、扇をパチンと閉じた。


「わたくしこそが大聖女なのです」


わたくしは、扇でフローラ様を指して言いました。


「てますから、その女は嘘をついております」


こんな重大な事実を知らされていないのにこんな茶番を許すとは、陛下がデレック様を最終的に見限ったということではないでしょうか。

フローラ様は大声をあげました。はしたない。


「嘘よ! そっちが嘘をついているんだわ! デレック様、信じて!」


わたくしはそれを鼻で笑いました。下品かしら。今だけは許していただける?


「とにかくわたくしは側妃にはなりませんから」

「へ、陛下の命令だぞ!」


そこへ入ってきたのがエドゼル様です。


「それですが、兄上。陛下から、言付けを預かっております」

「なんだと?」


エドゼル様は書面をデレック様に差し出しました。


「陛下は兄上の言動をしっかり観察して、場合によってはこれを見せろと仰いました」

「寄越せ!」


デレック様の顔が真っ青になります。


「そこに書いております通り、本気でフローラ様と婚約し、ヴェロニカ様を側妃にするなどという馬鹿げた案を実行する場合には、兄上を廃嫡し、わたくしを王太子にすると」

「嘘だ!」

「嘘ではありません。そして」


エドゼル様は、スッとわたくしの前で跪いて言いました。


「ヴェロニカ様とわたくしの婚約を、改めて公爵家にお願いすると仰ってました。これは公爵様もご承知のことです」


わたくしは小さなため息を漏らしました。


「陛下の考えは途中から予想しましたが、やめていただきたいわ」


嘘よー! とフローラ様の叫び声がします。


「そこのフローラという娘、大聖女というのは虚偽だというのもわかっております。この場で拘束せよ! また平民の女の策略に乗って廃嫡になったデレックも、捉えよ、との仰せだ」

「はっ!」


警備兵がデレック様とフローラ様を拘束しました。

二人は大騒ぎしながら、連れ去れて行きました。

まわりのざわめきも止まりません。

仕方ありませんわね。

目の前でこんなことが繰り広げられるなんて。

わたくしはため息をつきました。


「陛下は最初からデレック様を廃嫡したかったのですね」


エドゼル様は頷きます。


「あなたを利用するようで申し訳ないと言ってました。ただ、最後のチャンスを与えてやりたかったと」

「エドゼル様は腹が立ちませんの? 利用されて」

「わたくしは」


エドゼル様はわたくしの手をとって、その甲に口づけして言いました。

まわりがどよめきましたが、わたしも赤面しました。


「幼い頃より、憧れておりました。あなたと婚約できる機会があるなら、ぜひものにしたいと思ってました。婚約を了承してくれますか?」

「少し、考えさせて下さい」


とはいえ、答えは決まっております。

わたくしも、つらい王妃教育の合間で、エドゼル様と知的なやりとりをするのが、唯一の楽しみでした。

ただ、素直にそれを口にまだ出せません。


「ひとつ伺ってもよろしいですか?」

「なんでも」

「フローラ様があんなに簡単に、大聖女を詐称できるのはおかしいと思うのですが」


誰かが裏で糸を引いているのだと思いました。

エドゼル様は小声で言います。


「わたくしではありませんよ。ただ、公爵様も、兄上の資質には不安を抱いておりました。ついでに神殿の膿を一掃したいと言ってました」

「みんながいろんなところの資質を試しておられたのですね」

「ヴェロニカ様」


エドゼル様は甘くささやきます。


「政略結婚とはいえ、わたくしはあなたと、結婚してからも恋愛するつもりですので、覚えておいてくださいね」


まさか、12のときから王妃教育と大聖女としての修行に明け暮れ、デレック様の後始末に駆け回っていたわたくしが、人並みに恋愛できるなんて。

まさか、自分が。

そう思っていたわたくしは、甘かったのかもしれません。

わたくしは真っ赤になって、なにも答えられませんでした。

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大聖女候補に婚約者を取られましたが、願ったり叶ったりです。 糸加 @mimasaka

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