3、ここまで来たら

フローラ様は親愛の情を込めた表情でわたくしを見つめる。

傍目には、人懐っこい、無邪気な笑顔に見えるでしょうが、長年王妃教育を受けて来たわたくしにはわかります。

フローラ様の笑顔も、表情筋を駆使して作られたものだと。

あら、見た目通りの子じゃないのね?

わたくしは初めて、フローラ様を自分の視界に入れました。

フローラ様は嬉しそうに、私に言います。


「私がデレック様と結婚しても、ヴェロニカ様の場所はちゃんと作っておきますから、安心してください!」

「……は?」


思わず扇を寄せた。


「それはどういう意味ですの?」

「私から説明しよう」

「やーん、デレック様、かっこいいですぅ」

「はっはっは。よく聞け、ヴェロニカ、お前という性悪女を次期王妃にすることはできない。よってお前との婚約を破棄し、フローラと結婚することは言った通りだ」

「はい」


何回、おんなじ話するんですか、とは言いたいけど黙っていた。デレック様は、気持ちよさそうに続ける。


「だが、ここにいるフローラの温情で、お前を追放したりはしない」

「いや、当然ですけど」


思わず言葉にしてしまいました。

なんで何もしていないわたくしが追放されなくてはいけないんでしょうか。デレック様はわたくしの抗議を無視して続けました。


「それどころか、フローラを正妃にしたのちは、お前を側妃として迎えることにした」

「は?」


聞き間違いでしょうか。


「デレック様、もう一度伺っても?」

「おお、嬉しさのあまり、聞き間違えたかと思ったな? よい、何度でも言ってやる。フローラを正妃にしたのち、お前を側妃の一人として迎える」

「……どうしてわたくしが側妃に?」

「フローラは大聖女としての役割があるゆえ、正妃の仕事までこなせないとなってな。そこでお前なら今まで正妃教育も受けているから、適任だろう。表に立つ仕事はフローラがするから心配するな」


さすがに、これはくらっとしました。

つまり、正妃の仕事のめんどくさいところだけ、わたくしに押し付けて、美味しいところだけフローラ様に回すと言うことですのね?

人間、怒りすぎると言葉が出ませんのね。

わたくしが沈黙していますと、それをどう捉えたのか、フローラ様が言いました。


「ヴェロニカ様の資質が試されるときですよ? しっかり頑張って下さいね」


は?

資質が試される?

わたくしの?


「ここでしっかり成果を出せば、フローラに対する陰湿な嫌がらせも反省したと思い、許してやる。日頃からの、偉そうな言動を改めるがいい」


偉そうな態度?

わたくしが?

自分の言いたいこともやりたいことも我慢して、デレック様にしたがって来た、このわたくしを、まだ指導すると?

すうっと何かが冷めて行きました。どの口がそんなことをおっしゃっているんでしょうか。


「これは我が父である国王陛下からの提案でもある」

「陛下の?」

「ああ、お前と婚約破棄してフローラと婚約したいと申し上げたら、お前が側妃になるなら認めるとーー」


なるほど。

そういうことか。

わたくしは陛下の考えを予想して、腹が立ちました。

冗談じゃありません。


「デレック様。申し上げてよろしいでしょうか」

「ん? なんだ?」


ここまで来たら、我慢する必要ありませんわね。


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