2、むしろ望むところ
しかし、フローラ様は、潤んだ瞳でデレック様を見上げて、訴えるのです。
「いいえ、殿下、わたくし、確かにヴェロニカ様に殿下から離れるように言われました。そして言うことを聞かないならひどい目に合わせる、覚悟しろ、と恐ろしい脅しを受けたり、実際に教科書を捨てられたり、一度は階段から突き落とされそうになりました……その度、殿下が慰めてくださって、本当に嬉しかったです」
「ほら、フローラもこのように言っている」
「いえ、あの、本当にそれはありません」
「まだ言い逃れるのか?」
「言い逃れるも、何も、わたくしはフローラ様のお名前は伺っておりましたけど、お顔を拝見するのは今日が初めてですし……」
「ヴェロニカともあろうものが苦しい言い訳だな。さすがに焦っているのか?」
気持ちよさそうにわたくしを見下すのはやめていただきたいわ。
「焦っていません。なぜなら、わたくし、フローラ様がデレック様とくっついていても全然平気だからです。だから、離れるように言う必要ないのです。それに、デレック様がフローラ様を好ましく思ったのなら、わざわざ婚約を結び直さなくても、側妃にすれば良いと考えますから、嫌がらせをする意味がありません」
フローラ様は確か平民出身。
王妃候補には、ちょっと厳しいのではないでしょうか。ですが、側妃ならむしろ適任だと思います。
そういえばそうだな、という雰囲気が周りに漂いました。デレック様は顔を真っ赤にして怒っておられる様子。
「ぐぬ、お前はまたそういうことを言う」
「失礼しました。ですが、事実ですので」
「兄上、その辺で切り上げてはいかがでしょうか、生徒たちもパーティの続行を望んでおりますゆえ」
エドゼル様がサッと進言し、周りの生徒たちからも、そうだよね、そんな話は後で当人同士でしてほしいわ、という呟きが漏れ聞こえました。みんなにとっても一度きりのパーティです。
さすが、エドゼル様です。
わたくしが目で感謝の意を伝えると、エドゼル様も目礼でそれに応えました。
「エドゼル様の仰る通りです、デレック様、これ以上は別室でお話いたしませんかーー」
「お前たちの思う通りにはさせん!」
デレック様がいつもの癇癪を起こした。
ああ、もう、めんどくさいなあ。
わたくしは、最後の仕事と思い、頭を下げるふりをする。
「失礼しました。それではデレック様はどのようになさりたいのでしょうか?」
わたくしはフローラ様をチラッと見ました。
常に機嫌を取らなければならないこの男のどこがいいのかわからないけれど、やっぱり王子という地位かしら。
フローラ様は、ふわんとした表情で、デレック様を見上げています。
わたくしに虚偽の罪をなすりつけようとしたことは許し難いですけども、それも含めてフローラ様のシナリオに乗ってもいいでしょう。
そこまで考えていましたら。
「改めて、ここに、デレック・ハルトヴィッヒとヴェロニカ・ハーニッシュの婚約破棄を宣言する! 理由は次期大聖女であるフローラ・ハスへの陰湿な嫌がらせ。本来大聖女と協力し合わなくてはいけない次期王妃たる者が、次期大聖女をいじめるなど、その資質に問題ありと判断してのことだ」
「まあ、随分、勝手なことを……」
わたくしの友人であるパトリツィアが呟いたのが聞こえました。
わたくしは、それも目で、まあまあ最後まで聞きましょう、と制しました。
婚約破棄できるのなら、こんな僥倖はありませんもの。
でも、慎重に。
いつ気が変わるかわからない人ですから。
「デレック様、お聞きしてよろしいでしょうか。このこと、陛下や父は周知のことなのでしょうか」
国王陛下や公爵である父の意向を確かめておきたい。
まだなら、ここで言質を取っておきたい。
そう思ってお聞きすると、デレック様は少しだけ難しい顔になりました。
「父である国王陛下にはすでに許しをもらっている」
国王陛下が?
意外に思ったのはわたくしだけではなく、周りもざわついた。
「ハーニッシュ公爵には、このパーティが終了後、速やかに伝える。それでよかろう」
「陛下のお心をお聞きしても?」
「陛下は、わたくしをデレック様の婚約者にしていいと言いましたぁ」
フローラ様が割って入る。
その不躾な態度に、皆、眉をしかめたが、デレック様はニヤニヤしてフローラ様の腰に手を回す始末。
ああ、もう、人前でやめていただきたいわ。
あ、そうか。もうわたくしの婚約者じゃないから、わたくしには関係ないのね。
「承知しました。事実関係に齟齬はございますが、わたくしとデレック様の婚約が破棄されることについては異存ありません」
おお、と周りが騒ぎ、エドゼル様が心配そうにわたくしを見ているのを感じました。
「それでは、今後のことは家を通して話し合うということでよろしいでしょうかーー」
ほっとしたわたくしが、事務的に事を進めようとすると、なぜかフローラ様が勝ち誇ったようにわたくしに告げた。
「それなんですけど、ヴェロニカ様、安心して下さい!」
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