大聖女候補に婚約者を取られましたが、願ったり叶ったりです。
糸加
1、婚約破棄
まさか自分が。
そう思っていたわたくしは、甘かったのかもしれません。
「ヴェロニカ・ハーニッシュ! 君との婚約を破棄する! さらに、フローラ・ハスと私、デレック・ハルトヴィッヒの新たな婚約を、ここに宣言する」
目の前でそう告げるのは、このアントヴォルテン王国の第一王子、デレック・ハルトヴィッヒ様。12のときからのわたくしの婚約者……でした。それもさっきまでのようですが。
デレック様は、王立学園主催の、ご自身が卒業されるパーティの真っ最中に、そんなことを高々と仰いました。
周りは凍りついたように、静まり返っております。
次期国王と言われているデレック様と、12のときから1日も休まず、王妃教育に明け暮れていたわたくしの婚約がまさか破棄されるとは、誰も予想してなかったでしょう。
それはわたくしも同様です。
今日のパーティはエスコートできないと告げられていたときから、何かするなと予想はしていましたが、まさか婚約破棄とは。
よりによって、なぜこんなときにそんなことを言い出すのでしょうか。
卒業パーティはデレック様だけのものではないのに。
どうせ、みんなの前で言いにくいことをいう俺、かっこいいとか思っているんじゃないでしょうか。
しかも。
しかもですよ?
デレック様は、とんでもないことを言い出した割に、そのさきを続けようとしません。
周りもどうしたものか、固まったままです。
わたくしがあえて何も言わずにいますと、デレック様は、チラチラとわたくしに視線を送って来ます。
やれやれ、こんなときまで、わたくしのアシストを待っているのですか?
昔から思いつきで行動して、周りを振り回す方でしたけど、まさかここまでとは。
いつもと変わらないデレック様の様子に、やや冷静になったわたくしは、仕方なく、言葉を投げかけました。
「デレック様、なぜそのようなことを仰いますの?」
わたくしがそう申し上げると、周りにほっとした空気が漂いました。皆、この場をどうしていいかわからなかったのでしょうね。
申し訳ございません……と思いかけて、ああ、そうだ、婚約破棄されるなら、もうこうしたデレック様の後始末に駆け回ることもないかもしれないと、少しワクワクした気持ちになりました。もちろん、顔には出しません。それくらいの表情筋は、王妃教育で鍛えております。
「ふっ、愚かな……言わねばわからないのだな?」
今までなら、ここで、申し訳ありません、愚かなわたくしに、デレック様のお考えをぜひお聞かせください、と下手に出たところですが、婚約が破棄されるなら、もうそんなことしなくていいですよね。
「言いたくないなら、仰らなくて結構です」
「待て! ちゃんと聞け!」
あら、説明するんですの? 別にいいのに。でもまあ、せっかくですから。
「じゃあ、お聞きしましょうか?」
「ぐ……なんだ、君は。今日はやけに偉そうだな」
「そうでしょうか?」
もうあなたに従う必要もなさそうだからとは、申し上げませんでした。面倒臭かったので。
「それよりも、理由があるなら早くおっしゃって下さい。皆様をお待たせしては申し訳ありませんわ」
「ふん……こんなときまで世間体か。情のない女だな」
「はあ」
思わず気の抜けた声を出してしまいました。いけませんわね。わたくしは扇で口元をそっと隠します。
「大丈夫ですか?」
第二王子であるエドゼル様がわたくしのそばで、そっと囁いてくれました。
エドゼル様はひとつ年下なのですが、在校生代表として、このパーティに出席されております。優秀なのですわ。
エドゼル様に大丈夫だと言う代わりに、わたくしは小さく頷いて見せます。
「いいか、よく聞け!」
気分が乗って来たのでしょう。デレック様は通る声で仰いました。
「フローラ! フローラをここに!」
「はあい」
ここに、と言う前から、かなり近くにいた、ピンクブロンドの髪の女性がデレック様の横に立ちます。
ええっと、あの方は確か……。
「フローラ・ハス様ですね。確か卒業したら聖女として活躍される予定とか」
この国には、聖女と呼ばれる女性が何人かおります。
彼女らは神託を受けて、神殿に認められて聖女になります。
国の平穏のために祈りを捧げるのが主な役割ですが、割と人数がいるので、それほど特別な存在ではありません。
その上の大聖女と呼ばれる者は数十年に一人しか出ず、そちらは貴重な存在とされております。
デレック様は、嬉しそうに反応しました。
「そうだ! 君が言った通り、フローラは先日、神殿にその力を認められて、次期大聖女の筆頭候補となっている」
あら、そうでしたの?
初耳ですけど……。
思うところはありますが、婚約破棄したいわたくしは、先を促しました。
「そのフローラ様と新たに婚約なさるのですね?」
話を総合するとそうなります。早くこの茶番を終わらせて、パーティを続行せねばという思いから、わたくしは先を促しました。
しかし、デレック様は、まだ話を終わらせませんでした。
「たわけ!」
「……たわけ」
古風な罵りの言葉に、思わず復唱してしまいました。
「次期大聖女であるフローラに、陰湿な嫌がらせをしていた証拠、数多く上がっているぞ」
「は? どなたが、誰を?」
「ヴェロニカが、フローラを、だ」
「あの、デレック様、お言葉ですが、わたくし、フローラ様に嫌がらせしたことはございませんが」
今この瞬間まで、接点もありませんでした。
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