ランチどきのデュエット

宇佐美真里

ランチどきのデュエット

「ねぇ?ランチ、何にする?」カノジョが訊いた。

リビングの時計は十二時過ぎを示している。


作業中のノートパソコンから顔を上げ、大きく伸びをするカレ。

「う~ん…。どうしようか…」

ほぼ毎回繰り広げられる会話…。毎回なかなか決まらない…。

「『和』・『洋』・『中』…さて、どれにしよう?」

和食か洋食か中華か…はたまたそれ以外か…繰り返されるやりとり。

「…。昨日、一昨日と中華が続いているからなぁ~。その前は何だっけ?」

「『和』だったかな…確か。ごはんとみそ汁と…しゃけ?」

「じゃあ、『洋』にしよう。パスタとか?」

「何のパスタにする?ナポリタン?カルボナーラ?ミートソース?」

範囲は狭まったものの、やりとりは続く。


「ねぇ?ミートソースとボロネーゼの違いって、何だったか覚えてる?」

突然の脱線。カノジョは前にカレがしたのと同じ質問をした。

「何それ?試してンの?ちゃんと覚えてるヨ…」

「あ、覚えてるンだ?じゃあ言ってみて?」

パンケーキとホットケーキ、ドライカレーとカレーピラフ…。

幾つかの似たような料理の違いについて以前、カノジョが教えてあげたコトをすっかり忘れ…最近カレが同じ質問を繰り返したからだろう…。


「ボロネーゼって云うのはさ………」

カレは『おさらい会』を始めた。


ボロネーゼと云うのは、そもそも"ボローニャ風"という意味で、イタリアの都市"ボローニャ地方の…"というコト。『ラグー・アッラ・ボロネーゼ』がボロネーゼの正式名称。"ラグー"とは肉や野菜などの具材を刻んでじっくり煮込んだモノ。つまり"ボローニャ風の煮込み料理"という意味。

対して、ミートソースは日本オリジナルの料理。アメリカに渡ったイタリア系移民の故郷の味を懐かしんで作り始めた料理が、戦後アメリカから持ち込まれ、日本人の舌に合いやすいように改良されたモノ。

ボロネーゼは赤ワイン主体で煮込まれるが、ミートソースは甘味を強調してケチャップがメイン。

使用する麺にも違いがあり、ミートソースは"スパゲティ"を使うが、本来の"ボロネーゼ"は"タリアテッレ"という平たくて太めの麺を使うのが正しいとされる。


「…だよネ?」

と説明を終えるカレ。

「よく出来ました!」

パチパチと手を叩きながらカノジョは言った。


ボロネーゼはカレの得意料理だった。

…とは云っても、いつもは"タリアテッレ"など使わずに"スパゲティ"で済ませているけれど…。


「あぁ!何だか”本格的”なヤツが食べたくなってきちゃったなぁ~説明聞いてたら…」

「でも、"本格的"にするって言っても、ウチには"タリアテッレ"なンてない…。煮込むのに時間掛かるし…」

「じゃあ、"今晩"ボロネーゼ食べようヨ!?夕飯は準備してヨ?ソース作ってる合間にワタシ…パスタ買ってくるからっ!」

「了解。それなら腕に縒りを掛けちゃうヨ!楽しみにしていてネ!」

"ボロネーゼ"を頬張って喜ぶカノジョを頭に浮かべながら、カレはシャツの袖ボタンを外し、腕まくりをしてみせた。



「ところで………ランチは何にする?」

「あ、そう云えば…」

ハハハハハ…と、二人は目を丸くして笑った。


「夜はパスタで『洋』だからなぁ………。どうしようか…」

またしても、繰り返されるやりとり…。

先の予定は決まっても、目の前のコトがなかなか決められない。


「「ぐきゅ~~~っ」」

なかなか決められない二人に、それぞれのお腹が同時に悲鳴を喚げた…。



-了-

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