松崎家の呪い

雲の叢雨

黒童様

「君、自分がなにしたか分かってるのかい?」


 皆様は村八分という言葉をご存じだろうか、


「こんなの近所の子供でも守れるよ?」


 村特有のルールであり、それを破ると制裁を加えるというのだ。

 かなり過激なように感じるが、基本よそ者にしか適用されない。


「聞いてる?」


 少なくともこの村では、


「すみませんケツが痛くて」


「馬鹿にしてるよね君?」


「ははっ、まさか。いまにも縦に張り裂けそうですよ」


「本庁に行こうか」


「すみません」


「分かればいいんだよ、分かればね」


 ちなみに俺は切れ痔を患っており、今も激痛の中この面倒な駐在二人に絡まれている。なんでも神聖なほとりを歩道代わりに利用したことに大変お怒りのようだ。神聖な畔とは?


「ここに越してきたときに教えたよね、松崎さんとこのあぜ道だけはダメだって」


「すみません、急いでて近道とばかりに」


 そうやってあぜ道の方を指さす。この村には川が一本流れており、それが原因で空から見上げるとまるで二分割されたかのような地形になっている。


 そのため橋を通してでないとバス停にたどり着けないし唯一の学校にも迎えない、何なら買い物目的のためにバス停まで橋を利用して向かい、家まで帰るのにまた、橋を通るのだが、それがえらく大回りをする形になるのだ。要するにこのあぜ道は橋代わりになる家までの直通ルート


「そうやって利用してきたやつらはみんな痛い目見てんだぞ」


「そうそう、あんたも黒童こくどう様にだいじなもん、もってかれるぞ」


「あはは」


 黒童様、いわゆる妖怪で昔から松崎さんとこの田んぼに居座っているらしく、昔は河童がしりこだまを抜いてくるだの大きな黒い影を見ただの噂が肥大化して、いつしか黒童様と呼ばれるようになったとか。

 はっきり言ってくだらん、と一蹴してやりたい。そんなことのためにこれからずっと無駄なウォーキングを重ねるのか?冗談じゃない、両親きっての希望で自然豊かな土地に移住したらこのざまだ。

 巨大生物だか妖怪大王だか知らんがこちとら都会暮らし17年のエリート。松崎さん家の黒童様がなんだ。

 近所じゃ略して松崎しげるて呼ばれてるぞ、しげってるぞ、こら


 おっさん共の説教を耳から入れて耳から出す作業を始めておよそ20分。相手側も自分の言い分を聞いて欲しいわけで無く、自己主張を前面に押し出していただけなのだが、遂にこちらの関心のなさに気づき攻撃態勢に入る。


「それじゃあ、荷物検査しようか」


「は?」


「は?じゃないよ」


 は?じゃないよじゃないよ、そこまでするか普通。それでも若者の反応が油に火を注ぐ形になったのか、相手の行動は過激になっていく。


「急ぐほどの物持ってんでしょう。確認しないとねぇ」


「そうですねぇ」


「いやいやいや、困りますよ、プライベートまで押し入ってくる権利があなたたちにあるんですか」


「じゃかあしいっッ!!ええからはよみせぇや!」


「納得のいくもんやないといてまうぞごらぁ!?」


 族じゃん、もう。なんだあれか?昔、盗んだバイクで走り出してたタイプの方々か?

 しげるもびっくりだよ……もう、


「わかりましたよ……」


「わかればええねん」


「ほなひとつづつはいけんしよか」


 これ以上刺激をすると村での暮らしも窮屈になるため、意を決して買い物袋から購入品を一点、取り出す。


「これは……」


「……シャーペン?」


「はい、見ての通りシャープペンシルです」


 思ったよりかはまともな物が出てきて落ち着きを取り戻す二人。このまま善良っぽさを前面に出す作戦だ。


「学校だけが勉学の場ではありませんからね、家で早く明日のテスト範囲の予習をしたいのですが……」


「テストの予習とな」


「都会育ちなのになかなか……熱心じゃあないか」


「ありがとうございます」


 ここは素直に礼をする、向上したポイントを維持したまま場を乗り切るのだ。


「でも袋の大きさからしてまだ入ってるね」


「確認、いいかな」


「ええ」


「なっ」


「これは」


 二人が声を合わせて驚愕する。それもそのはずだ、こんな物、いち男子高校生が買うような物じゃない。駐在はまたも合わせて発生する。


「「アロマオイルのローズマリィィィィィィイイイ!!?」


「ふふふふ」


 あまりの効果に思わず笑みがこぼれる。そうだろう、そうだろう。と


「 『何かに集中したいあなたに』 なんて書かれてますよ」


「君まさか」


「そのまさかです」


 待ちわびたとばかりに胸高らかに告げる。


「勉学用です!」


「おお!」


「真面目だ!最近稀に見る真面目な子だぞ、この子は!!」


 持ち物一つで簡単に人の見方は変わるのだ!


 ちなみにローズマリーの花言葉は誠実。もう俺のためにある言葉だね!


「ん?まだ袋の中に膨らみが見られるね」


「失礼だが、拝見いいかな?」


「ああ、これはですね」


 一番面積を取るを前面に差し出して答える。


「便座カバーです」


「馬鹿にしてるでしょ君」


「時刻は19時54分38秒」


「ていていてい」


 持ち物一つで簡単に人の見方は変わるのだ!出すな、手錠を、こらこら

「残念だが、君には失望したよ」


「黒童さまもお怒りだ」


 詰めが甘かった。こいつらのしげるに対する愛は異常だ。


「ほんとすみません。次からは気をつけるので……それではっ!」


「あ――


「待ちなさい、君!」


 あまりにも面倒なので俺はそのまま松崎しげるロードを突っ切り家に向かった。

 掟を破ると大切な物を奪われる?知るか、切れ痔の俺は颯爽と茂みのなかをしげしげとかいくぐり、無事、何事もなく帰路についた。


「ふぅ、最高に疲れたぜ」


 すっかり外は暗闇に溶け込み静寂をもたらす。体の方は自室のベッドを求めるが、まだやるべきことが残されている。


「確か、明日の課題はP39からだったな」


 そう……勉学だ。


 言い逃れるための言い訳でもあったが、受験生であり危機感を持っていることについては偽りはない。俺は早速、遠出して仕入れたアロマを炊いてペンシルを握る。


「う~ん」


 ……が、一向に進まない。行き詰まっているわけではないが、大事な何かを思い出せないやるせなさか、焦燥感と言うべきか、一向にノートが先に進むことはない。

 ペンシルは新調したしアロマも奮発して良い物を……ん?


「まさか――


 咄嗟に自室へ無作法に投げ捨てた袋を漁る、レシートに空容器にアロマの入っていた箱。あるはずの物がここにはあるはず。それなのに


「嘘…だろ……」


 人間とは目の前で不可解な現象を体験することで初めて認めなかった事柄に、真実をかぶせてしまう物である。


 俺は脳をフルに動かしこれまでの出来事を推理する。


 俺 アロマ 二人の駐在 しげるロード あぜ道 神聖な畔

 シャープペンシル 松崎家 村八分 切れ痔 ローズマリー

 黒童様 巨大生物 花言葉 投げ捨てた袋 奪われた大切な物

 17年のエリート 時刻19時54分38秒 荷物検査



大 事 な も の を 奪 う 黒 童 様 の 呪 い



 ――全てが繋がった。


 恐る恐るに、俺は口を開く。

「俺の便座カバー……どこいった?」







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松崎家の呪い 雲の叢雨 @Usiiii

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