事例D: 男子高校生グループのケース
「あー、あった。これだ、これこれ」
「遠いわ、かったりぃなぁ」
「いちいちこんなんで撮る必要ねえだろ。フツーにスマホで撮れば良くね?」
「ばーか、ここまで来といて文句言うなや。余計めんどいっつーの」
ギャーギャーと騒ぎながらやってきたのは、男子高校生四人組。
バイトか何かのために使うのだろう。
彼らは証明写真を撮る機械――それにしてはやたらと派手な色合いをした大型の機械の前に集まった。
「何かこれ、ヤバい派手じゃねえ?」
「たしかに」
「まあ、撮れりゃ何でもイイだろ」
何でもいいと言った少年が率先してブースの中に入っていった。
「……
「イイだろ別に。……何なら実験台にでもなってもらおうぜ」
「何の実験だよ」
「聞こえてんだよ!」
「聞こえるように言ってんだ、ばーか」
勢いよく顔を出してきた悠翔と呼ばれた少年の怒声に、ゲラゲラと笑う声が重なって辺りに響いていく。
買い物を終えて通りすがっていく人たちが、自分たちを見ながら眉根を顰めていることに、彼らは気が付くはずもない。
何だこの設定は、とか、どれで撮りゃいいんだよ、とか。
悠翔が文句なのか愚痴なのかよくわからない独り言を喧しく続けているのを三人がスマホをいじりながら機械にもたれかかりつつ聞いていると。
「おい、ちょっと! これ見てこれ見て!」
「あぁん?」
殊更にテンションの上がった悠翔の声が響いた。
三人は面倒くさそうな態度を隠す気もなく、仕切りのカーテンを開けて手招きをする友人に近寄った。
「何だ?」
「これこれ」
指で示されたところには、『若々しく or 大人っぽく』の文字。
「何コレ。そんなのできんの、コレ」
「らしいぞ?」
「マジか」
「なんかよくわかんねえけど、やべえな」
「で?」
外で待っていた悠翔の友人たち三人の内のひとり――
「使うの?」
「そりゃそうだろ」
ほぼノータイムで答えが返された。
「お前、ホントそういうの好きだよな」
「まぁな」
「そんなに褒めてねえよ」
何故か得意げに自分の胸をドラミングした悠翔に、颯汰は苦笑いを浮かべつつも残りのふたりといっしょにブースの外へ出る。
この三人の中でなら、悠翔との付き合いはいちばん長い。
何せ小学校入ったあたりからの付き合いだった。
――『若々しく』と、『大人っぽく』というふたつの設定。
経験則から言って何となく想像は付いたが、颯汰は念のため悠翔に訊くことにした。
「どっちにした?」
「『大人っぽく』に決まってるだろ」
明らかにその選択を反射的にしてしまうあたり、明らかにコドモっぽい悠翔なわけだが。
颯汰は、まぁアイツならそうするだろうな、と内心彼の決定には納得していた。
「結果は見せろよ?」
「当たり前だろ? あ、もちろん、お前らもだからな?」
「はぁ?」
苛立ちを隠そうともしなかったいちばん乗り気ではない颯汰の反応は、ブース内を満たすフラッシュでかき消された。
○
「お、出てきたぞ」
「見ようぜ」
ぐだぐだとしゃべっている間に現像が完了する。そこそこ時間が掛かったようだが、
「どれどれ……ぶはっ!」
先ほどまで被写体になっていた悠翔が、さながらマンガの擬音のように噴き出した。
「はぁ!? ……ちょ、おまえ、……はぁ!?」
「何だよ、いきなり……何だコレ!?」
他のふたりも同じような反応を見せ、そのまま腹を抱えて大笑いを始めた。
「お前ら、笑うとかさ……ひどくね……?」
「そういうお前が笑ってたら、意味ねえだろーが」
「いや、これは笑うわ! 『絶対に笑ってはいけない』のヤツに出したら全員アウト確定だぞ、こんなん」
「だったら俺らにキレんなよっ」
ふたりの言うとおりだった。
被写体だった悠翔までも笑い転げていたらお話にならない。
何が面白いのかと思いつつ颯汰もその写真を見れば、たしかに腹筋が引きつりそうにはなった。
何が写っていたかと思えば、哀しいほどに顔の皺が目立った、それでも雰囲気だけは若々しい雰囲気のある笑顔をこちらに振りまく、少なくとも十代のそれとは見えない男性だった。
それ以外にも何となく頬の肉がほんの少し重力に負け気味だったり目尻の
「マジでさ、コレ何。何したのお前」
「いや、さっきの『大人っぽく』の設定を『25』くらいにしたらこうなった」
「マジか」
――『大人っぽい』とか言う次元の括りでおさまっているものでは無いような気がするが。
「っていうか、こんな写真使えねえだろ。撮り直しだろ」
あまりにも現在の彼とは違いすぎる写真の中の男と見比べて、颯汰は指摘せずにはいられなかった。
それもそうだ。本来の目的は履歴書に使う写真を撮りに来たわけであって、オモシロ写真を撮ろうとしたわけではない。
「まぁ、待て待て」
「ぁん?」
笑いながら撮り直しを薦める少年に対して、悠翔は手の平を向け制止する。
「言ったじゃん、俺」
「何を」
「『お前らもやれ』って」
「マジか」
あれはやっぱり本気で言っていたのか、と颯汰は思う。
一応、ほんのちょっとだけ冗談だと思っていたけれど。友人たちはそこまで信じていなかったようだが、早々に確信していた颯汰は然程驚かなかった。
「俺はやるぞ?」
「せっかくだから俺もやるかな」
「ふーん……」
友人たちの反応を見て満足そうに頷いた悠翔は、キラリとした暑苦しさを漂わせつつ颯汰を見て笑った。
「ほら、これで四人中三人だぞ?」
「……わぁったよ、俺もやるってば」
「そー来なくっちゃな。……あ、『大人っぽく』の方に、『25』だからな」
「わかってるっつーの」
何かと引っ張っている感を出したがることがある悠翔を軽く手であしらえば、それに挫ける素振りもない。
人好きのしそうな笑顔にサムズアップを添えられた。
○
「……で、だ」
「うん……」
「……ああ」
悠翔が、ふたりの少年を前にして問いかけるように言う。
問われたふたりは瓜二つとも言えるような浮かない顔をしている。
「何でお前らふたりのは真っ白になってんだろうな」
「さあ……」
「知らね」
たしかに間違いなく悠翔と同じ設定にした上で彼の直後に撮ったふたりの写真は、なぜだか真っ白になっていた。
人の陰などどこにもありやしない。
完全なる真っ白な写真。唯一白くないのは縁取り線だけだ。
これが白黒反対であれば、さながらカメラレンズのキャップを付けたままで撮影をしてしまったような状態になっていた。
「颯汰のは颯汰ので、とくにクッソも面白くねえし」
「いや、それ、ただの八つ当たりじゃねえか」
「知るかよ」
「そうだぞ? ふつうに撮れちゃってくれやがって」
知ったことかと思いながらも、三方向から悪態をつかれる。
結局「本当に設定変えたのかよ」と全員から突っ込まれることになった颯汰は、オレらを納得させろという彼らのために不本意ながら全員の監視の下で設定を行った上でもう一度撮影――当然撮影費用は自分持ち――をした。
それでも結果は変わらず、今の自分がほぼそのまま写っているようなモノが現像されて出てきた。
「……壊れてんじゃねえの? これ」
「まぁ、いいよ。こんなんじゃ颯汰の以外ほとんど使いモンにならねえし、今度はふつうに撮り直そうぜ」
「……仕方ねえか」
「だな」
口々に、二度とこんなのやらねえ、と言いながら、全員がもう一度順番にブースに入っていった。
証命写真 御子柴 流歌 @ruka_mikoshiba
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