証命写真 〜ネガフィルム〜

事例C: 女子専門学校生のケース


 専門学校に通っている梅林うめばやし美織みおりは、バイトの履歴書に使うための証明写真を撮ろうとふらりとひとりで家を出たものの、そのための機械がどこにあるかを調べ損なっていた。

 以前使った記憶のある家から最も近いところにあるドラッグストアの入り口前には、もう写真を撮るための大きな機械はそこになく、少しばかり美織は途方に暮れていた。


 ――こんなことなら、お母さんに車出してもらえばよかった。


 免許は持っているものの完全なるペーパードライバーであった美織は、近場であっても自分では運転しないことでペーパードライバーとしての務めを果たしていた。

 その都度母親にはため息をつかれているのだが、美織はそれを受け流すことに完全に慣れきっていた。


 美織がようやくその撮影機を見つけられたのは、家を出てから十五分後。

 ここにならあるだろう、と自宅からは少し遠いところにある大型スーパーの、その南側の入り口付近だった。


「……はぁ」


 周囲に誰もいないことを確認するよりもやや早く、疲労感と安堵感から美織はため息をつく。そして、


「……あれ? こういう機械って、こういう色だっけ?」


 そう言いながら首をかしげる。


 美織がこんなにも警戒した動きで機械を見ているのも無理はない。

 それは見るからに『警戒色』。

 自然界で言えば、毒を持ったカエルあたりがこんな色をしているだろう。


 機械の表面をしばらく眺めていた美織は次に、小さく書かれていた文字に目を引かれた。


 ――曰く、『新開発のAIを搭載した、新感覚証明写真撮影』。


「新感覚、って」


 公的な資料にも貼ったりするようなモノに対して、新感覚という表現は当てはまらないような気がした美織だった。

 が、そんなことを気にしている場合ではない。

 履歴書が必要なのは明後日だ。

 明日は別の用事があり、下手を打つと丸々一日を費やす可能性もある。

 ようやく見つけた写真機。

 この機会をみすみす逃すわけにはいかなかった。


「なんでもいいや」


 とにかく、写真が撮れればそれでいいのだ。

 美織は撮影ブース内に飛び込んだ。


 正面タッチパネルを操作し、サイズや枚数などを設定していく。

 インターフェイスは比較的洗練されているようで、途中操作に迷うような事はなかった。


 特殊エフェクトを設定する画面になって、美織は少しだけ悩む。

 美白効果をわずかにかける処理にして、目を大きくする効果は少し迷ったがオフにする。

 まぁ、軽く盛るくらいでああだこうだと文句を言われることはないだろう。

 これくらいでいいだろうか、と思ったところで――。


「んん?」


 ひとつ、最後に設定項目が残っていたのだが。


 ――機械曰く、『若々しく or 大人っぽく』。


「どゆこと?」


 今までとは明らかにタイプの違う設定項目に、思わず美織の手が止まった。

 言葉通りに受け取るのならば、そういう効果のかかった写真が撮れるということなのだろうけど。


「サンプル、無いの……?」


 美白効果などの設定の時には処理のかかり方を、サンプル画像を使って画面に出してくれていたのに、この設定に関してはそれが出てこなかった。

 これでは、少し使いづらいような気はする。


「でもなぁ……」


 独り言とともに美織は悩む。

『若々しく』の単語に、どうしても惹かれてしまった。

 普段から周囲の人にオトナっぽいなどと言われていることを、実は気にしていた。

 原因は、彼女の脳内変換で『オトナっぽい=老けている』と、ややネガティブな方向に捉え直しているせいだった。


「ま、いいか。変だったら撮り直しすればいいし」


 言いながら美織は少し前の設定に戻って撮影枚数を最小にしてから、もう一度その項目の設定フェーズに戻る。

 そして『若々しく』の側に『15』ほど設定値をずらし、最終決定のボタンを押した。


 フラッシュが数度焚かれる。

 数枚撮ってその中でいちばんイイと思ったものを顧客が選択できるシステムになっているらしい。

 機械の指示に従って自分が気に入った1枚を選び、もう一度確定ボタン。

 現像完了までの時間が表示されると同時に――。


「え?」


 画面に現れる、『ご協力ありがとうございました』の文字。


 何かに協力した覚えは特に無いような気がする――いや、違う。


 もしかして、と美織は思う。

 新開発のAIを使用した技術を使うことが、もしかすると『協力』なのかもしれない。


 それならそれで、別にいいけれど。


 そんなことを思っている間に気付けば現像が終わって、写真の取り出し口には小さな台紙。

 枚数を少なくしたおかげか、待ったような感覚がほとんど無かった。


「……え?」


 取り出した写真を見て、美織は絶句した。

 危うく写真を取り落としそうになるくらいだった。


 そこに写っていたのは――。


「なんで?」


 ――小学生、しかも二年生か、三年生か。

 それくらいの年の頃であろう女の子が、笑顔で写っていた。


「いやいやいや。……は?」


 間違って出てきたわけではない。

 写真の取り出し口を探ってみたが、別な写真がまた置かれていると言うことは無かった。


 そして、この少女には、ある意味当たり前だが見覚えがあった。


「これ……、私?」


 どう見ても、自分だった。


 何度か見た自分の幼少期のアルバムに、そういえばこんな雰囲気の少女の姿があったはずだ。


「『若々しく』とかいうレベルじゃないじゃん……」


 むしろ『若い』という表現もおかしいくらいだった。

 恐らく正しい表現は『幼い』だろう。


 やはり警戒して現像枚数を減らしたのは正解だったらしい。今度からこういう機能を使うときはしっかりとサンプルが見えるモノだけにしよう。そう思いながら美織は再び撮影ブースの中に入った。





          ○





「ただいまぁ」


「おかえり。結構時間かかったわね」


「向こうのスーパーの方まで行ってきた」


「……だから車使えばいいのに、って言ってるのに」


 梅林純子すみこはキッチンでの作業中らしく、声だけが返ってきた。

 しかも、やっぱりクルマ関連の話だ。

 ――また始まったよ。

 そう思いつつ、美織は母親の言葉をいつも通りに受け流す。


「あ、そうそう」


「ん?」


「何かそこの機械に変な機能付いててさ」


 靴を脱ぎつつリビングに入ったタイミングで、純子もちょうど仕事が終わったらしい。


「どんな?」


「なんか、『若々しく』撮れたり、『大人っぽく』撮れたりする機能」


「なにそれ面白そうじゃないの。私も今度撮ってこようかしら」


「ママは別にそういうの今必要無いでしょ」


 口をへの字にする純子。

 たしかにそうだけど、という気持ちにはなっているらしい。

 それを敢えて言わないあたり、娘の言葉にある程度納得をしてもいるらしかった。


「で? それ使ったの?」


「うん……」


「何よ。全然だったの?」


「そうじゃなくてさぁ」


 言いながら美織は、小学生が写っている写真を母に見せる。


「こんなのが出てきたのよ、『若々しく』で設定したら」


 苦笑いを浮かべる美織。


 ――だったのだが。


「…………」


「ママ?」


 純子は写真を見つめたまま険しい顔をしている。


 差し当たって、何か、悪いモノでも見たような――。


「ちょっと。どうしたの」


「待って」


 一言だけ零すように言うと、母親はすぐさま階段を上がって行く。

 何やらドタバタと騒がしい物音を響かせたと思ったら、わりとすぐに帰ってきた。


 ――小脇には、表紙が少し色あせたアルバムを抱えて。


「何よぉ、そんなのわざわざ持ってきて……?」


「ほら」


 母はアルバムの真ん中あたりのページを開くと、娘に押しつけるようにそのページを見せる。


「あっ」


 たしかに、今自分の手元にある証明写真に写っている少女と、同じ顔をした少女がそこには居た。




 ――全く同じ服装に身を包んで。






「しかもこの服って、私が作ったヤツよ?」






 はらり、と。


 美織の手から写真がこぼれ落ちた。

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