NOW AND THEN~Summoner's Journey~

NOW AND THEN



 NOW AND THEN~Summoner’s Journey~



 また少し年月が経った。


 ダイナ大陸中央には、今も1軒の宿屋が開業している。


 時の流れに伴い機械駆動車の普及も進み、その速度も上がった。20年前には鉱石を効率よく運ぶため、ムディンスクとベージバルデを結ぶ鉄道も開通した。


 荒野の街道を進む者など、物好きな一部の旅人くらいで、キリムの宿の需要も大きく下がった。それでもキリムは時々しか訪れない客に嘆くことなく、のんびりとした経営を続けている。なんともキリムらしい生き方だ。


 キリムだけでなくエンキ、エバノワ、デュー、クラム達まで揃えば、キリムの宿だけでは収まらない。それぞれの家を建て始めたところ、引退した旅人も集まって小さな集落になってしまった。


「僕の手を放しちゃ駄目だよ」


 晴れ渡った空の下、ジュディの孫とバベルが仲良く手をつなぎ、赤茶色の荒野を散歩している。


「こえ、ばえう!」


「ん? 僕?」


「こえ、みーたん!」


 ジュディの孫のミリスが石を摘まみ上げ、満面の笑みでバベルに手渡す。茶色いくせ毛がぴょんぴょん跳ね、赤いリボンより目立っている。おてんば娘の手にかかれば、せっかくの新しい服も真っ黒だ。


 ミリスの母はおとなしい遊びをさせたがっているが、本人にその気はないらしい。


「君にはこれが僕に見えているんだね。人の子の世界には、何が見えているんだろう」


「ばえう!」


「ん?」


「だっこ!」


「あ、うん」


 バベルはみんなの弟のような存在だったが、今や立派な「お兄さん」だ。子供達はバベルの事が大好きで、集落ではいつも周りに子供がいる。


 クラムは基本的に呑気で、特にバベルの見た目は親近感がある。クラムも人の事が好きだからと、概ね人に優しい。


「そろそろお昼ご飯の時間かな」


「みーたん、おえしゅがいい」


「え? ははは、何だかさっぱり分からないけど、そうだといいね」


「ばえうも、たべう?」


「僕も? アスラの回復薬じゃないなら、何だって食べるよ」


 ガーゴイルとの戦いが終わって以降、人とクラムの距離が縮まった。集落の端ではオーディンが柵を直している。池はウンディーネとノームが用意した。


 今は、クラムが世界を自由に歩き回っている。町で旅のクラムと出くわす事も少なくない。大昔の人とクラムの関係に戻りつつあるのだ。


 クラムの性質や性格を利用しようという者がいない訳ではない。困っていると言ってタダ働きを強いたり、他人を攻撃するため、クラムに嘘を吹き込む事もある。


 それを知っているからか、歴史が繰り返されないよう、カーズとなったキリムやエンキ達が睨みを利かせている。


 慎ましい生活で満足するキリムやエバノワ。そもそも旅をするのに忙しく、勢力争いなどしている暇がないデュー。そして鍛冶以外に興味がないエンキ。彼らは過剰な欲もなく、派閥もない。召喚士ギルドの顧問として、これ以上ない人材だ。


 キリム達に敵うはずもなく、面倒を起こす者もめっきり減った。


「おいバベル! 新しい盾が出来たぞ、戻ってこい!」


 エンキとワーフが大声で呼びかけ、バベルとミリスが仲良く手をつないだまま宿に戻る。今日は待ちに待った「最高の盾」とのご対面だ。


 もっとも、数十年おきに最高が更新されるため、最高の盾との出会いは今回で3度目となる。


「今度の盾は君の瞳のように青くて、これ以上ないってくらい模様を彫り込んだよ!」


「アダマンタイトの高温熱処理を2晩続けると、赤から青に変わるんだ。300年鍛冶やってきて初めて分かったんだぜ?」


 エンキとワーフは相変わらず研究熱心で、昨日も徹夜で作業をしていた。いつも2,3日くらい日付の感覚がズレている。


「あっ! ばーば!」


「まあみーちゃん! バベルに遊んでもらったのねえ」


「やあジュディ。ミリスは君に似て元気いっぱいだ」


「ふふっ、じゃあ手のかかる子に育っちゃうわねえ。困った困った~」


 ジュディは年老いてもジュディのままだ。


 陽気で破天荒で、3年前にはとうとう独学で飛行術を会得した。世界中を探しても、飛行術を使える者など数十人もいない。キリムも先日ようやく地面から10セルテ浮いた程度だ。


 杖にまたがり低空を飛ぶ老婆に、集落の皆は気が気でない。


「じゃあ、またね!」


「ばえう……っね!」


 バベルは笑顔のまま工房へ向かい、扉をノックした。誰かさんとは違い、誕生時からキリムに学んだ彼はノックが出来る。


「おう! 入れ!」


「あ、戻って来た」


 工房にはキリムとステアもいた。キリムが着ているのは、300年以上前に初めて買った装備の復刻版だ。もちろん製作者はエンキで、見た目は同じだが性能は桁違いだという。


「見てよ、俺が旅人になって初めて買った装備と同じデザインなんだ」


「お前らに、キリムがミスティを発った時の酷い皮鎧を見せてやりたかった」


「今となっては……ほんと酷かったよね、あれ」


 懐かしいものがあれば、皆の昔話にも花が咲く。


「リビィも飛行術を覚えたよな」


「うん。80歳になった時、ちょっとムディンスクまで飛んでみるとか言い出して、全力で止めたよな」


「挙句、奴の低速飛行に付き合う羽目になったのは俺とバベルだ」


「今はジュディが言い出しかねないぞ」


 キリムは笑いながらも肩から大きなかばんを下げる。ステアも背中にバックパックを背負っていて、これからしばらく出かけるつもりだ。


「じゃあ、そろそろ行くね。後は頼んだよ」


「宿の事は任せとけ。エバノワとオーディンもいるからな」


「オーディンに料理だけはさせないで」


「ああ、分かってる。あいつとアスラの味覚は信用してねえ」


 キリムとステアは、元々危険な街道を行く旅人達のために宿を始めた。今はエンキに鍛冶を教わる者や、装備を頼みに来る者、観光がてら寄る旅人が時々泊るだけだ。


 そのため、キリムはエバノワ達に宿を託し、旅に出る事に決めた。まだ行った事のない場所は幾らでもあるのだ。


「たまには戻って来いよ、装備の状態を確認させてくれ」


「デューとブレイバに出会ったら、装備が出来上がってると伝えてくれないかい」


「え、まだ取りに来てないの?」


 ちょっと行ってくると言って旅に出たデューとブレイバは、もう1年帰って来ていない。2人は日付どころか、年月の感覚さえも怪しい。


「じゃあ、行こう」


「飛行術は使わんのか」


「まだちょっと浮くだけだし、歩くより疲れる。それに……」


「何だ」


「旅立ちは自分の足で。初めて旅立った時の決意は、今も変わってないよ」


「フン。だから汽車に乗らないんだなどと、言い訳をしなければ立派なんだがな」


「え、キリム……お前、まだ汽車酔いすんのか」


「……するよ、ああするとも! 汽車にも船にも酔うさ! 仕方ないじゃん……双剣振り回しても酔わないのになあ」


 ダイナ大陸から出るには、船に乗るしかない。キリムが船旅を楽しめる日は訪れるのだろうか。旅人として致命的な弱点に、エンキは思わず吹き出してしまう。


「……よし、行こう。船の事は今は考えない。考えるだけで気分が悪くなりそう」


「バベル、どうするか決めたのか」


「うん、僕も行きたい。ワーフ、何かあったら必ず僕を呼んで」


「ああ、おいらに任せておくれ!」


 集落の者に見送られながら、キリム、ステア、バベルは再びあてのない旅を始める。


 3人の姿が村の門から次第に小さく見えなくなり、地平線の先に溶けていく。今度は境遇や運命に左右される事のない、自由な旅になるだろう。



 時々、もしも可能なら。


 召喚士の少年とその仲間達が歩んだ旅の話を、思い出してもらえると嬉しい。


 そしてその行く先を共に想像してもらえたら、もっと有難い。


 その想像の中で、キリム達はどこまでも旅を続ける事が出来るのだから。




【召喚士の旅】~Summoner's Journey~ end.

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「暇なら物理攻撃しろ」と、双剣を渡されて旅立つ召喚士の少年の物語~【召喚士の旅】Summoner's Journey 桜良 壽ノ丞 @VALON

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