One last fight-12



 ステア、ブレイバ、オーディン、バベル、そしてキリム達召喚士。彼らとガーゴイルの因縁の対決は終わった。


 アスラとノームを召喚してくれたレイナスやジョーアも、もしかしたら何かガーゴイルとの因果があったのかもしれない。


 ステアやブレイバは500年程存在し続けており、オーディンは更に長い時を過ごしてきた。一体、ガーゴイルとの戦いはいつから始まっていたのか。これからはそれを探る日々が始まるのだろう。


「妾はそろそろ戻るとしよう。人の子よ、また会おう」


「おいらの事も、いつでも呼んでくれ!」


 皆でひとしきり喜び合った後、アスラとノームは召喚士の血とささやかな贈り物を受け取って帰っていく。


「よーし、とりあえずはズシに戻ろうぜ! 嬢ちゃん、ガーゴイルは倒しちまったけど、これからもよろしくな」


「うん! 私、やっと誇りに思える事が出来た。みんなも有難う!」


「俺ら何もしてねえ、ジョエルさんの背中支えただけ」


「何もしてないとか、そんな事言わないで、もう!」


 デューが笑顔で仲間と称え合う。パーティーは解散せず、デューはこれからも旅を続けるつもりでいる。


「オーディン、ゴースタを救ってくれて有難う。スレイプニルも、よくみんなを守ってくれたわ」


「特に何をした訳でもない。ただ、俺には間違いなくあるべき主が必要だった。決断を嬉しく思う」


「あら、あなたまで何もしていないと言うのね。フフフッ、私は心強かったの」


 エバノワがオーディンを労い、スレイプニルを撫でながら、ゴースタに自分の状況を説明する。ゴースタはカーズと聞いて驚いてはいたものの、覚悟を知って皆に深々と頭を下げた。


「皆さん、本当に有難うございました! 体を乗っ取られていたとはいえ、自分がどこまで何をやったのか、まだ分かっておりません。処罰は覚悟しておりますが……」


「まあ、お咎めなしになるかは分からないけど、証人がこれだけいるから分かって貰えるんじゃないかな」


「あんたを止めずに加担した奴らは、どうなるか分かんねえけどな」


「あ、私が写真撮ってますよ」


「俺も撮った! 憑依するところも」


 数名がその場で写真を見せる。そこにはガーゴイルの姿や禍々しい翼と牙、変形を始めゴースタに乗り移る様子などが収められていた。パバスで目撃した旅人や野次馬も多いため、ガーゴイルの姿は協会本部も把握しているはずだ。


「裁くのは俺達の仕事じゃねえもんな。なんか、すげえよな、ご先祖の戦いのケリをオレ達が付けたなんて」


「ああ。そういうのもクラム達と同じで因果って奴だったのかも」


 皆が感想を述べ合う中、キリムはステアと並んで歩きながら、頭をわしわしと撫でられているバベルを見つめていた。


「どうした、キリム」


「俺は、バベルくんがガーゴイルと自分を一緒に封印しようとした時、ガーゴイル討伐を……数百年後に持ち越してもいいと思ってしまった」


「そうか。お前らしい」


 キリムは特に驚く様子もないステアを見上げ、むしろ自分の方が驚きを見せる。


「怒らないのか」


「何年一緒にいると思っている。言われなくとも分かっている事だ」


「分かっていても、良い考えじゃない! って怒るところじゃん」


 自身を戒める発言を続けるキリムに、ステアはまったくもって共感していなかった。怒りなど感じておらず、何が悪いのかと首を傾げる。


「バベルを助けようとした、という事だろう」


「そうだけど、将来また苦しむ人が出るかもしれない。今度こそ倒せなかったかも……」


「キリム」


 ステアはクラムであり、今でも人の感情や行動の全ては把握できていない。それは時に残酷で、時に温かい。ただキリムに対しては後者の方が圧倒的で、この会話もそうだ。


「二度と来ない将来を悔やむのか」


「えっ」


「ガーゴイルの結晶はバベルが持っている。あの結晶が負の力を取り込むことはもうない。奴が復活する未来はない」


「でも」


「俺は、嬉しいんだ」


 ステアは視線をバベルへと移し、優しい表情を見せる。冷たくも爽やかな風が通り抜け、皆の笑い声が運ばれていく。


 一瞬だけ静かになった時、ステアの顔は確かに笑っていた。


「俺達はクラムだ。人々の願いが生んだ存在だ。だがお前はそんな俺達を想い、人々の願いよりも俺達を救おうとしてくれた」


「……当たり前だよ、俺は……召喚士はクラムを見捨てない。守れるのなら、守りたい。バベルくんを犠牲にして成り立つ幸せが欲しい訳じゃないんだ」


「そうか、それがお前の願いだったか」


「うん」


 キリムとステアは少し遅れて歩きつつ、元気の良い仲間を見守る。その表情は共に子供の遊びを見守る親のようだ。


 視界の中で、スレイプニルがオーディンとエバノワを得意気に背中に乗せ、対抗意識を燃やしたブレイバがデューを肩車して走り出す。


「お前がそう願ってくれるなら、俺達は叶えなければならん。あの場でバベルが結界の中に封印されなかった事は、必然なのだろう」


「どういうこと?」


「キリムが俺を召喚士し、俺がバベルを召喚した。あいつは俺やオーディンやアスラ、それに召喚士達の願いを受けて戦った」


「うん。……続けて」


「あいつは守りたいと言った。それが皆の願いでもあった。だが、あいつはその中に自分が含まれている事に気が付いていなかった」


 人よりも人らしい考察を見せながら、ステアがキリムの少し前を歩く。


「そっか……そうだね。ねえ、全部済んだらミスティに寄ってもいいかな」


「何かあるのか」


「うん。もう流石に個別のお墓は残ってないけど、共同墓地でみんなに報告をと思って」


「当時の彼らを知る者は、もうお前しかいない。それもカーズとなったお前の役割なのだろう」


 250年前を生きたミスティの者達の墓は、もう殆ど残っていない。墓はなくなったが、キリムは今でも墓地へ向かい、故人へ悩みや出来事を報告している。


 ガーゴイルを倒し、復活の可能性を摘んだ。ようやく皆の魂も解放される。その報告もやはり皆が眠る地で行いたかった。


「マルス達の墓前でも報告しないとね」


「時間は幾らでもある、好きなだけ付き合うさ」


 そう言うと、ステアがキリムの横で少しだけ屈んだ。


「ん? 何をしようと……わっ、ちょっと!」


 ステアはキリムを軽々と持ち上げ、強引に背中へとしがみ付かせる。そのまま速足で前方の集団に追いつき、涼しい顔で並ぶ。


「あーっ! あ、どうしよう、僕だけ誰も負ぶってない!」


 バベルはクラムが全員主を歩かせていない事に気が付き、途端に慌て始める。


「誰か、誰か僕を召喚して!」


 バベルが悲しそうな目で懇願し、見かねたレイナスとジョーアが2人で同時にバベルの固有術を唱える。するとバベルはニヤリと笑みを浮かべ、レイナスを右手に、ジョーアを左手に抱え、軽々と両肩に乗せて走り出した。


「見てーっ! 僕は2人!」


「あっ! 俺様は肩車だぞ! お嬢の視線の方が高い!」


「……俺もスレイプニルに乗っている場合ではない。主を肩に乗せるべきか」


 くるりと振り返り、勝ち誇ったような笑みを浮かべるバベルに、その場の皆が笑い出す。心なしかスレイプニルの歩調も速くなった。自分も2人乗せていると主張したいのだ。


「どんな対抗意識だよ……はははっ!」


「やっぱり、戦いの終わりはこうでなくちゃね! みんな笑顔で終われる方が気分もいいわ!」


「何勝手にまとめようとしてんだ。ジュディって、まるでキリムさん……キリムが話してくれたジュディのご先祖と一緒だな」


「まあね! 写真はあたしくらい可愛かった!」


「いや見た目じゃねえよ、性格! ったく、幸せな奴」


 再び笑い声が響き渡り、キリムの「そろそろ背中から下ろして」という声が掻き消される。


「こんな……光景を見る事が出来て、やっぱりカーズを選んで良かったよ」


「何だ」


「ううん、何でもない。そろそろ下ろし……ちょっと、走るなってば!」


 ステアが急に走り出し、グウェインが慌てて「鎮まれクラム共!」と叫ぶ。誰にも見えていないステアの表情は、珍しく楽しそうでもある。


 キリムの呟きは聞こえていたようだ。

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