第十四節 凶報

 楽しかったシュヴァリエ家での日々も終わり、私たちは王都へ帰ろうと決めた。

 でも、まだ問題があった。


「ああん、もう! なんで動いてくれないのよ! ココのケーブルがこう繋がって、回路も……って、ああ! また勝手に思いっきり焦げ付いてるじゃない! しかも希少なアダマンタイトの部分が……もう! 素材が足りないわぁああああ!」


 小型飛空艇の修理に付きっきりだったロクサーヌが天に向かって吠えた。

 なかなか上手く修理ができず、ついに部品が足りなくなってしまったみたい。

 それで私たちは、シュヴァリエ領で足止めになっている。


 そして今、ソフィーたちの結婚式が終わった翌日、シュヴァリエ領にある聖教会の大聖堂前にやってきた。

 アルセーヌの兄オリヴィエの見送りのためで、ここから聖教会の総本山を経由して暗黒大陸に戻るらしい。

 忙しいのに妹のために時間を無理矢理作ってきた素敵なお兄さんで羨ましいなあ。


「そういや、ジークフリートのやつ、どうしてんだ?」

「ああ、今は教皇についてフランボワーズ王国の王都にいるはずだ。アルカディア独立戦争の後始末、だな」

「ふぅん? つうかアイツにそんな外交的な仕事できんのかよ?」

「いや、無理だろうな」

「ハッハッハ! 即答かよ」

「フ、仕方あるまい。ジークは聖教会で誰よりも強い。私の見立てではおそらく父上と同格ではあるが、他の実務能力は皆無だ。だが、精神的にまだ幼い部分もあるからな。だからこそ、私が側にいてあげたかったが、暗黒大陸も指令官不在では世界情勢に影響を与えかねん」

「クックック。どこに行っても兄貴してんな? ま、そんだけ聖教会の内部も大変だってことだな」

「そういうことだ。……では、またな」

「ああ、またな」


 オリヴィエは、シュヴァリエ家の人達と私たちに見送られて大聖堂の中に入っていった。

 

「……さて、一旦家に帰……」

「お、お待ち下さい閣下! た、大変なことが!」


 ルノーの合図で私たちが踵を返そうとしたところだった。

 オリヴィエと入れ違いで大聖堂の中から、金色に輝く甲冑を着た騎士が大慌てでやってきた。

 

「おめえは確か王都の……『三勇士』の一人だったか?」

「ハ! 『水煙剣』ルネ・ダラミツと申します」

「で、その王都のお偉い騎士様が何の用だ?」

「じ、実は……」


 ダラミツが語る話を聞く内に、私の目の前が暗くなり出してきた。

 寒いわけじゃないのに、体の震えが止まらない。


「そ、そんな、は、母上が……処刑?」

「え? えっと、貴女は?」

「アンタが話していたメアリー王妃様の娘ヴィクトリア王女さんだよ」

「こ、これは、ご無礼を!」

「い、いえ、良いのです」


 なんで、こんなことに?

 今の今まで楽しかったのに、こんなのって……


「……んで、この話をオレ様に聞かせてどうしようってんだ?」

「王の暴挙を止めていただきたいのです! 我らが国家は現在非常に危険な状態にあります。財政不安、治安悪化、各領地に紛争の火種が燻っております。あまつさえ、アルカディア独立戦争では聖教会を敵に回し、聖教会圏各国からも冷ややかな目で見られています。このような状態で犬猿の仲であるブリタニカ王国を刺激しようものならば……」

「この国もお終めえってこったな?」

「……はい。王家に比肩するシュヴァリエ家ならば、当代一の大英雄『聖帝』ルノー・ド・シュヴァリエ様ならば!」

「王に逆らうってことは、話を持ってきたおめえもタダじゃすまねえぞ?」

「覚悟の上です! 我が生命はすでに王国に捧げております!」

「ふん、王都の生ぬりい騎士共にも大した野郎がいるじゃねえか。……良いだろう。この話、乗ってやる」

「こ、この御恩は必ずや!」


 ルノーが穏やかな父親の顔から当代一の大英雄として眼光が鋭くなり顔つきが引き締まった。

 ダラミツが涙を流し、頭を垂れる。


「へ! オレ様はよ、あのブタ野郎が何をしようが知ったこっちゃなかったが、今回の件は見ねえフリはできねえな。何せ、将来の義理の娘になるかもしれねえお姫様の母親のためだ」

「ありがとうございます、ルノー様! わ、わたくしも行き……はれ?」


「「ヴィ、ヴィクトリア様!!」」


 私はにじむ視界でルノーの元に駆け寄ろうとしたら、急に足に力が入らなくなって目の前に地面が迫ってきた。


☆☆☆


 ふと、目の前が明るくなると天井が見える。

 でもグルグルと世界が回っているように何かがおかしい。

 頭が熱いのに、身体が寒くて震えが止まらない。


「ヴィクトリア様!」

「あら? ヴィクトリアちゃん、目が覚めたのね」

「アウグスタと……ジャンヌ、様? わたくしは一体……」


 ベッドから起き上がろうとしたが、身体が動いてくれない。


「ダメよ、無理したら。……初めはお母様のことでショックが大きかったから思ったけど、原因が違ったわ。魂が不安定になっているわ」

「魂が?」

「ええ、旅の疲れもあるけど『蝕』の影響ね」

「『蝕』?」

「そう、16年に一度だけ昇る黒い太陽のことよ。天の光が闇に喰われるように見える自然現象なのだけど、特に今回は13度目の周期に当たるわ。208年に一度の強烈な闇の刻、何か大きな凶事が起こるの。前回はシーナ帝国の前王朝が滅び百年に及ぶ大乱、その前の416年前には、あの聖魔大戦が起こっているの。今回は何が起こるのかは分からないけど、ヴィクトリアちゃんは光の属性が強すぎるから『蝕』の影響を受けてしまっているのかしら?」

「そんな……こんな、大事な時に……」


 私は母の一大事に役に立てないなんて、悔しくて涙が止まらない。

 そんな私を慰めるように、ジャンヌが私の頭に手を置く。


「大丈夫よ。お父さんが行ってくれたもの、誰よりも頼りになるわ。でも、王都行きの転移魔法陣が急に使えなくなったから、ロックに乗っていったけど、大丈夫、間に合うわよ」

「はい……」


「あ、ヴィクトリア様、お目覚めで?」

 

 アルセーヌたちが心配そうにやってきてくれた。

 でも、大きな荷物を持っている。


「アル、セーヌ、様、どちらへ?」

「ああ、コレですね? 大丈夫ですよ、2日ほどで戻ってきます。俺たちもメアリー様にはお世話になりましたので、力になりたいんです。オヤジには足手まといだから来るなって言われて置いていかれたんですけど、このままじっとしていられません。ロクサーヌさんのシャトルポッドを直す部品の調達に行ってきます」


 アルセーヌはニコリと微笑むが、どこかこのまま消えてしまいそうにぼやけてしまっている。

 なぜだろう、とても嫌な予感がする。


 私は、行かないで、と口を開こうとしたが声が出なかった。


 この時に引き止めることができなかったこと、私はずっと後悔することになる。

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