第十三節 愛こそすべて

「きゃあ! ソフィー様、いつもお綺麗なのに今日は一段と素晴らしいわぁ!」

「ねえねえ! 新郎のパスカル様も素敵! 寡黙な騎士様は何を着ても絵になるわね!」


 青く澄み渡る空、穏やかな風が吹き抜ける天に祝福されたかのような日である。

 厳かだった婚礼の儀は終わり、祭りのような大披露宴が始まっていた。

 参列者たちは美男美女の新郎新婦の立ち並ぶ姿に、絵画を見るかのように感嘆の声を漏らす。


 ソフィーのウェディングドレスは、シルクよりもなめらかで艶があり、品よく穏やかに輝くような金羊毛で縫われている。

 エンパイアラインという伝統的なデザインで、聖教会以前から信仰されてきた土着の女神の衣装らしい。

 

「おお! ソフィっちが天上界の女神みたいなのだ! あたちとオソロで嬉しいのだ!」


 駄女神イシスは俺の頭の上ではしゃいでいる。

 確かに、イシスの本体は美の女神では良いからな。

 今日のソフィーはそのイシスと引けは取らない綺麗さだと思う。


「むおお! 相手の男もヤバいっすね! ちょっとゴツいけど男として憧れちまうイケメンっすね!」


 俺の隣に立つフィリップは、新郎であるパスカルを褒める。

 俺にとっては兄貴分の幼馴染で、シュヴァリエ領軍のトップ、大将軍の息子らしい。

 領主であるオヤジの右腕の息子であるが、それ以上の実力ですでに軍幹部の出来る男だそうだ。


 俺も前夜にパスカルと話をしたが、少し口下手だが豪快でスッキリとした気持ちの良い男だった。

 男が憧れる男って感じだ。

 弟を死なせてしまった俺のことも赦してくれた。


 ソフィーもロザリーが話をして渋々、俺のことも赦してくれたらしい。

 だから俺は今、二人の披露宴に参加させてもらっている。


「……だが、まだ緊張しているな、あいつ。目を閉じて達観しているように見えるが、頭の中は真っ白だろう。子供の頃から何も変わっていないな」


 俺たちの背後から可笑しそうに笑いを噛み殺している声が聞こえた。

 振り返るとすでに懐かしく、頼りになる男の姿があった。


「あ、オリ……」

「オリ兄ちゃん!」

「オリ兄だぁ!」

 

 俺が声をかけようとしたら、弟のマルクと妹のクロエが長兄オリヴィエに飛びつく。

 クロエはともかく、どこか達観して大人びているマルクですら無邪気に甘えるように抱きついている。

 この慕われっぷり、俺とは正反対だな。

 まあ、オリヴィエなら仕方ねえか。


「ハハハ、元気そうだな二人共。それに、お前も戻ってきたか、アルセーヌ」

「ああ、色々とあってよ」


 と、俺がアルカディアを出てからの話をオリヴィエに語った。

 オリヴィエは俺の話を聞くと楽しそうに笑った。


「ハッハッハ。相変わらず面白いことをしているな。まさかロックに捕まるとは、クックック……さて、我々だけで話していても楽しいが、主役たちに会いに行こうじゃないか」


 オリヴィエは一通り笑った後、俺たちを引き連れて参列者たちに囲まれるソフィーたちの元へと歩いていった。

 さすがはオリヴィエの存在感、海が割れるかのように参列者たちが道を開けてくれた。


「あ、お兄ちゃん、来てくれたんだ!」

「ハハハ、当然だろう? 妹と親友の結婚式だぞ。仕事が忙しくても無理にでも時間を作るさ」

「オリヴィエ様、貴方という御方は」


 オリヴィエの言葉にソフィーは嬉し涙を流す。

 緊張で固まっていたパスカルも、解きほぐれるかのように笑う。

 

「おい、遅えぞ、オリヴィエ! 聖騎士の仕事なんぞ、定時だけ適当にやれば良いんだよ!」

「いやいや、父上みたいに定時ですら自由にやっていたら、部下たちの負担が大きすぎますよ」

「かぁああ! 顔は母さん似なのに、誰に似たんだろうな、このクソ真面目!」

「あらあら? 父さんみたいに頼りになるところもそっくりよ。でも、真面目すぎる性格は誰に似たのかしらねぇ?」

「……あなた方がいい加減すぎるからでしょうが」


 マイペースな両親たちに、オリヴィエは大きなため息とともにツッコむ。

 親子というものは、色々な意味で帳尻がつくようにできているようだ。


「でもよ、出世したばっかでマジで忙しいんじゃねえの?」

「ああ、よく私が七聖剣になったことを知っているなって、父上たちに聞いたか。確かに忙しいことは間違いない。暗黒大陸のマルザワードという街は世界一危険で、最前線だからな。常に厳戒態勢でいる」


 オリヴィエが俺の質問に厳粛に答えている。

 これが、オヤジたちにクソ真面目と言われるのだろうが、誰にも知られてはいけない事情を持つ俺は声をひそめる。


「でも、魔王のカーミラと俺たちって関係は悪くないだろ? それにジークフリートのやつだって」

「ああ、魔族の勢力については心配はしていない。だが、暗黒大陸には他の勢力もある。竜族は以前の侵攻を失敗したからか今はおとなしいが、獣人族が攻勢をかけてきている。先代獣王が父上に敗れたから、息子である現獣王がマルザワードを落とすことに対して躍起になっているという事情もある」

「あれ? オヤジと獣王がやり合ったって話は聞いたことあったけど、決着については有耶無耶になってんじゃなかったっけ?」

「いや、三大勢力の一角を倒したとなれば人族側から大攻勢をかけて大戦争になるかもしれないから、父上はその事実を隠したのだ」

「へええ、そんな事情があったんだな。いや、英断だと思うけど、なんでオリヴィエ兄貴はその話を知ってんだ?」

「うぐ、そ、それは……」


 オリヴィエが言い淀むと、後ろからオヤジが現れてオリヴィエの肩に腕を伸ばす。

 そして、酔っているのか楽しそうに笑った。


「ガッハッハ! そいつは、オレと母さんがオリヴィエのヤツに語ってきたからよ!」

「そうそう、あの当時聖女だった私は獣王に拐われてしまったのよ。その時に父さんが救けに来てくれたのよ」

「おう! あのタテガミ野郎が母さんに一目惚れしやがってよ。オレもあの頃から母さんに惚れてたからブチギレちまって、一人で野郎の城に乗り込んだんだ」

「本当にあの時の父さんはカッコよかったわぁ。うふふ、その前から私も気があったけど、あの日で本当に心を奪われちゃったわぁ。聖女の義務も真実の愛の前には無力だったわぁ」

「そうそう、オリヴィエのやつがデキちまったって知って、聖騎士辞めて実家に戻ったんだよな。あの当時の聖騎士のテッペンだったジジイ……誰だったっけ? をぶっ飛ばして最強の称号を手に入れようとしたけど、一気に冷めちまったんだよな。最強よりも最愛が大事だって、よ」


 オヤジは妻ジャンヌの肩を抱き、高らかと笑った。


「よっく、覚えておけガキども! シュヴァリエ家家訓は『愛こそすべて』だ!」


 参列者たちもオヤジのバカ大声に注目が集まった。

 そして、オヤジは続けた。


「ソフィー、幸せになれよ!」

「うん!」

「パスカル、てめえ、ソフィーを泣かせることをしやがったら、ぶっ殺して生き返らせてからまたぶっ殺すからな!」

「は、はい! 肝に銘じます!」


 オヤジの独特の祝福の言葉にソフィーは満面の笑みで答える。

 パスカルもまた、世界最強の義理の父に直立不動で返事を返す。


「ひょっひょっひょ! 流石はワシの息子じゃ、愛こそすべて、よくわかっておるわい。のう、アウグスタよ?」

「ヒャッ?! で、出たな、妖怪ジジイ! 今日こそ貴様を屠り、祖母の墓前に供えてくれるわ!」

「むひょひょひょ! 形の良い尻じゃな? 婆さんの若い頃によう似とるわい」

「クッ! おのれ、ちょこまかと!」


 アウグスタの怒涛の拳を軽々とかわしていく小柄な老人、あれが俺たちの祖父か。

 噂に聞く伝説のエロジジイっぷりだな。

 つうか、生きてたのかよ。


「あはは! シュヴァリエ家の方々って、面白い方ばかりですね!」


 俺の隣りにやってきたヴィクトリアが目に涙がにじむほど大笑いをしていた。


「良かったです、今日のヴィクトリア様は朝から元気がなかったので気になっていました」

「え? お分かりでしたか。えへへ、でも、大丈夫です。愛こそすべて、良い言葉です。うん、わたくし、負けませんから!」

「? よくわかりませんが、応援しますよ」

「むう! やっぱり分かっていません!」

「ええ? なんでですかあ?」


 俺はなぜか元気になったり怒ったり、忙しいヴィクトリアに困りながらも考える。


 愛こそすべて、か。


 俺にとっての愛って、一体……


「今日はみんな、来てくれてありがとう! あたし、幸せだよ! だから、みんなも幸せに!」


 と、ソフィーは手に持っていたブーケを空高く舞い上げた。

 ブーケは風に乗り、まるで始めから行き先が決まっていたかのように、一人の手の中に自然と収まった。


 ああ、そうか。

 俺って本当にバカ、なんだな。

 今やっと、気がついた。


 ブーケを手にはにかんで笑うロザリーを見て、やっと分かった。

 

 俺、ロザリーのこと、好きなんだ。

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