第十二節 深夜のお茶会

 アルセーヌの母上ジャンヌのお手伝いが終わり、親友のレアと一緒にアウグスタと剣の稽古をしていたところだった。

 

「……王家のお姫様だからお遊び程度しかできねえと思っていたが、案外筋は悪くなさそうだな?」

「へ? あ! ルノー様!」


 声をかけてきたのはアルセーヌの父、今お世話になっているシュヴァリエ家の当主だった。

 私は素振りを中断し、動きやすいようにズボンを履いているがカーテシーのように軽く膝を曲げて挨拶をした。

 レアもペコリと挨拶をする。


「……何か御用ですか、ルノー様?」

「そう邪険にすんな、アウグスタ。稽古の邪魔をするつもりはねえよ。ただ、ちっとお姫様に話があってな」

「ほえ? わたくし、ですか?」


 私は何を聞かれるのかと姿勢を正した。

 そんな私を見て、ルノーはおかしそうに笑った。


「クックック。そんな畏まることじゃねえよ。……剣を始めてどれくらいだ?」

「剣、ですか? うーん、アルセーヌ様とお会いしてからなので、1年足らず、です」

「……そうか、だったらまだ遅くねえかもな」

「何が、ですか?」

「ああ、剣の型がまだ固まってねえだろうからな。こいつに切り替えてもいいだろう」


 ルノーが片手に持っていた細身の剣を私に差し出してきた。

 あれ、少し反っている?


「ひゃっ?! い、意外と重いですね」

「クックック。ああ、極東の島国『修羅の国』で使われている刀ってやつだ。見かけによらず重いが、よく切れるし折れにくい。練習用のナマクラだが、使うといい」

「あ、ありがとうございます! で、でも、こんな珍しいもの、よろしいのですか?」

「ああ、武器庫でホコリを被ってるだけだったからな。こいつも使ってもらった方が嬉しいだろうよ」


 ルノーは喜ぶ私を見て、嬉しそうに笑う。

 しかし、隣りのアウグスタは疑わしそうにルノーを睨みつける。


「……どういうつもりです? ヴィクトリア様にそのような特殊な武器をお渡しになって何を企んでいるのです?」

「別に企んじゃいねえよ。ただな、お姫様の剣筋を見てたら、刀の方が向いてると思っただけだ。初代女王様の魂を色濃く受け継いでるのかもしれねえな」

「ほええ! さすが天下一の武人ですね! それだけで分かってしまうのですか!」

「……ヴィクトリア様、少しは疑うことを覚えた方が良いですよ? アルセーヌみたいな悪い男に騙されます」

「クックック、ちげえねえ」

「ムニャ! ご主人たまは悪い男じゃないですニャ!」


 アウグスタの冗談に本気で怒るレアに私たちは楽しく笑った。


 刀の使い方の稽古を終え、私とレアはシュヴァリエ家本邸の廊下を歩いていた。

 私たちが泊めさせてもらっている客室へと向かって歩いていると、曲がり角で頭に妖精のイシスを乗せたアルセーヌの背中が見えた。


「あ! アルセーヌ様、見てくださいこの刀……」


「いい加減しつこい! 目が腐るから視界に入らないで!」

「あ、いや、でもよ……」


 私がもらった刀を見てもらおうとアルセーヌに駆け寄って行こうとしたところだった。

 また姉のソフィーに怒鳴られて落ち込んでいた。

 私はもう見ていられないので声を荒らげた。 


「流石にひどいです! 昔のアルセーヌ様がひどいことをしたかもしれませんが、今のアルセーヌ様は記憶も失って、心も入れ替わって素敵な御方です! せめてお話ぐらいを聞いてあげても良いではありませんか!」

「……でも、取り返しのつかないことは許されることじゃないのよ」


 背を見せて顔を見せることもしないソフィーに私とレアは抗議の声を上げた。


「でも、でも!」

「そ、そうですニャ! ご主人たまは……」

「まあまあ、二人共落ち着いて、また後にしよう」


 でも、アルセーヌに止められ、これ以上は何も言えなくなった。

 このまま夕食になり、夜も更けていった。


「うう! やっぱり納得できません!」

「ウニャ? ヴィッキーたま、どこ行くのですかニャ?」

「どこって、決まっています! ソフィー様に直談判に行きます!」


 ベッドに横になっても寝付けない私は飛び起きて部屋を出ていった。

 すぐに寝付いていたレアは目をこすり、私を追いかけてくる。


 ソフィーの部屋の前にやってくると中から明かりが漏れている。

 よかった、まだ起きているみたい。


「……そう、あのバカ弟がそんなことを」


 私がノックをしようとすると中から声が聞こえてきた。

 誰かと話をしている?


「ええ、アルはレアを助けるために借金を背負い込んで、ヴィクトリア様を助けるために命をかけて。私も、もちろん」

「うふふ。そこまでされたら、あの子達もあのバカをあんなに慕うわけね」


 話をしているのはロザリーだ。

 とても和やかで、ソフィーの声は落ち着いて楽しそうに笑っている。

 少し間が空き、ソフィーは静かに問いかける。


「……ねえ、あなたそんなにアイツのことが好きなの?」

「はい、心から」


 ロザリーは何の迷いもなく即答だった。

 私の胸が少しチクリと痛む。


「過去の悪行をこれだけ聞いても?」

「はい、変わりません」

「……はぁ。あのバカがここまで愛されるなんて、信じられないわぁ」


 ソフィーは大きなため息をつき、それからクスクスと静かに笑った。


「でも、それだけ今のアイツは別人みたいに変わったのね」

「……別人、そうかもしれませんね」

「ん?」

「いえ、何でもありません。ただ、ある時に見た啓示によると私たちの出会いはだったんです」

「運命の外? 運命の出会いよ! って普通は言わない?」


 ロザリーの含みのある言い方にソフィーは不思議そうに問いかけた。

 ロザリーは短く笑って答えた。


「運命の相手同士、そうはっきり言えれば良かったです。多分、私たちが出会ったことは運命に取って想定外のことだったと思います。だから、私たちはこれから運命の試練に飲み込まれるでしょう」

「……それって、あなたたちが不幸になるって、こと?」

「いえ、不幸、とは違います。アルと出会えたこと私は本当に幸せに思っています」

「ふぅん、あのバカにはもったいないぐらい素敵な人ね、あなた、ロザリーちゃんだっけ? もっと話をしたいわ……あら? ハーブティーがもう無いわね。持ってくるわ」

 

 ソフィーがドアノブに手をかけた瞬間、私とレアはハッとして物陰に隠れた。

 ソフィーは私たちに気づかずにキッチンへと歩いていった。


 私はロザリーの深い愛情を知り、女として勝てないと思った。

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