第十一節 姉と弟

 俺は甘くみていたのかもしれない。

 この世に不可思議なものはいくらでもあるが、これ以上摩訶不思議なものが存在するのだろうか?


 俺は街外れの厩舎から本邸へと戻ってきた。

 そして、オヤジの最後の命令で姉ソフィーとともに家庭菜園で働くことになった。

 早朝にソフィーと廊下で顔を合わせたところだった。


「あのよ、話が……」

「ない! 今すぐあたしの視界から消えるか、柱と一体化してしてくれない?」


 また別の時間、虫食いのひどい野菜や廃棄物について聞くと


「ぬお? こいつは流石に食えねえな。なあ、生ゴミ捨て場ってどこだっけ?」

「……ああ、そこの角ね。でも、あんたはいらないわ。肥料にもならない本物のゴミなんだから」

 

 何とも辛辣な切り返しで、どこまでも恨まれているようだ。

 女という生き物は、一度本気で嫌いになったら永遠に変わらないと言われるが、ここまでって……どんだけ嫌われてんだよ?


 ファウヌスとマルクたちとは何とか上手くいったから、ソフィーとも何とかなるだろうと高をくくっていたところはある。

 俺は忘れていたよ、女心というやつは皆目検討もつかない魔境だということを。


「あら? 元気が無いわね、アルセーヌちゃん?」


 この体の母親ジャンヌがふわふわとした笑顔で廊下の先から歩いてきた。

 白いローブを羽織っていることから、医者としての仕事をしてきたのだろう。

 

「アルセーヌ様!」

「ご主人たま!」


 ジャンヌの手伝いをしていたヴィクトリアとレアが俺に明るい笑みで近づいてきた。

 まるで褒めてほしそうにすり寄ってくる。


「あらあら? モテるわねぇ」

「いや、別にそういうわけじゃ……」

「でも、お祖父様みたいになったらダメよ?」


 ジャンヌはニコリとしつつもチクリと一言刺してくる。

 俺はやましいことなんて何もないが、慌てて否定をする。


「いやいや、そんなこと無いって!」

「うふふ、冗談よ、冗談」


 俺たちは軽く笑いあった。

 それから気分が落ち着いたところで、ソフィーとのことを話した。


「……そうねぇ、昔はあの子がアルセーヌちゃんの面倒を一番見ていたからね。ケンカもしょっちゅうだったけど、仲はそんなに悪くなかったのよ。でも、アルセーヌちゃんが出ていった日は関係が修復できない程の大喧嘩だったわ。仕方がなく、あの子のフィアンセの弟アンドレが心配するソフィーの代わりに付いて行って、それで……」


 ジャンヌが静かに語り、俺にも大体の事情が掴めてきた。

 それだけに、もう二度と関係修復は不可能に思えてしまう。

 

 俺が込み入った事情に立ち入ることは、ただの余計なお節介でしか無いだろう。

 そのままでも良いのではないだろうかと思う。

 だが、俺は目の前のこのヒトが気に病むことをなくしたいと思っている。


 この体を勝手に使っていることの後ろめたさもあることは間違いない。

 この体を使わせてもらっている恩義もある。


 俺はジャンヌたちと別れ、再び頭を悩ませながら菜園へと向かっていく。

 俺の頭の上で眠っていたイシスが大きく伸びをした。


「ん?」

「どうしたよ?」

「……んー、何か一瞬青いものが見えた気がしたけど、気のせいかな?」


 俺は後ろを振り返ったが、誰もいなかった。

 今の話をロザリーに聞かれていたのかな?

 だが、特に気にするようなことでも無いので、すぐに記憶から消えた。

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