手のひらを太陽に
セイヤは、シアンの町近くにある山の中に、一人で来た。
この山には、恩師であるアスタルテが眠っている。
ちなみに、アスタルテからもらった資金は、この山を買うのと墓までの道や墓の整備で使ってしまった。
見晴らしのいい丘に、アスタルテの墓はある。
セイヤは、持参した花を供え、酒瓶を置いた。
「久しぶり。最近忙しくってさ、なかなか来れなかった」
墓の前にどっかり座り、自分用に持ってきた酒瓶を開ける。
「俺、十九歳になった。夢だった鉱山も買ってさ、炭鉱夫やってるんだ。バニッシュさんも驚いてたよ。十代で鉱山所有するなんて大したもんだって」
持ってきたグラスは二つ。アスタルテの墓に一つおいて注ぎ、自分のグラスに注ぐ。
グラスを軽く合わせ、一気に飲み干す。
「っくぁ……あのさ、秘密にしてほしいんだ。実は……酒って苦手だ。付き合いとかで飲むことがあるけど、どうも好きになれない。ま、あんたと飲む酒は別だけどな」
セイヤは苦笑する。
空を見上げると、気持ちいのいい光が降り注いでいた。
「毎日、楽しいよ。炭鉱夫仲間も増えてさ、仕事終わりに町で飲みに行ったり、浴場で筋肉自慢したり……男の世界に飛び込んで、俺はようやく夢を掴んだ」
セイヤは、満足していた。
そして……報告しようか悩んだが言う。
「あとさ、クレッセンドの伝手で幼馴染たち……エクレールたちのことも聞いたよ」
エクレールは、精神を病みカウンセリングを受けているらしい。
どうも『開いた窓』や『矢』に異常なまでに恐怖しているようだ。完治は厳しいらしいが、少しずつ治療をしているらしい。
フローズンは、不眠症に悩まされているようだ。
治療後。教会で知り合った男性に支えられているようで、近く結婚するとか。でも、刃物や血を見ると怯えてしまうらしい。
ウィンダミアは、心が壊れていた。
どうしても戦うことができず、トレーニングに明け暮れているらしい。
以前、無理やり魔獣と戦わせたら死にかけたそうだ。
アストラルは、全身麻痺になり一歩も動けないらしい。
ある日、苦痛からベッドのシーツを飲み込み、呼吸困難を起こして帰らぬ人になったそうだ。
そして最後……なぜか、笑みを浮かべていたらしい
クリシュナは、セイヤとの戦いを終えた一年後、老衰で死亡。
エクレール母オージェは、エクレールの介護を続けているそうだ。
セイヤは、自分のグラスに酒を注ぐ。
「…………俺も、あそこで死んでたかもしれない。同情しちゃいけないんだけど……時間がたつと、どうも感傷的になっちまう」
セイヤは、酒を一気に飲み干す。
「馬鹿だよな。俺……あの村に、聖女村に帰ってみようかって考えてる。辛い思い出ばかりだけど、あんたと修行した森とか、果物採取や狩りをしたことは忘れられない」
いつか、帰れる日が来るのだろうか。
その時、幼馴染たちに出会ったら……セイヤは、どんな気持ちになるのだろうか。
もちろん、素直に許すわけがない。
ただ、帰ってみたいと思うだけだ。
セイヤは、思い出したように言った。
「あ、そうだ。その……実は俺、子供が生まれるんだ。しかも三人……はは、俺が父親だよ」
瓶に残った酒を全てグラスに注ぎ、掲げた。
「アナスタシア、ヴェン、ヒジリ……俺、女を知ってさ。いや、女ってすごいよ……女は嫌いだったけど、みんな聖女みたいな奴じゃない。女って柔らかいよ。それに、炭鉱夫仲間が言ってたんだ。『女は男を包み込む柔らかさがある』って……男と女が交わると子供ができるんだけどさ、その……あいつらにもできたんだ」
次の瞬間───セイヤはコンパウンドボウを展開し、一瞬で矢を番え背後へ。
何も感じなかったが、セイヤには感じた。
「───やぁ、セイヤ」
「あんた……」
背後に立っていたのは、どこか陽光を思わせる男性。
セイヤは、この男を見たことがあった。
「……お前は、ヤルダバオト」
「そう。聖女の父にして神、ヤルダバオト……キミの父だ」
「…………」
「少しだけ、話をしようと思ってね……弓を下ろしてくれないか」
「…………」
セイヤはコンパウンドボウを下ろした。
不思議と、ヤルダバオトから敵意を───いや、何も感じなかった。
ヤルダバオトはセイヤの元まで歩き、アスタルテの墓に頭を下げる。
「キミの答えを聞かせてくれ───キミは、聖女をどう思う?」
「必要ない」
「……必要ない?」
「ああ。人が生きるこの世界に、神や聖女の魔法なんて必要ないさ。俺は、この『聖女任命』の力で二人の聖女を生み出したけど……二人とも、魔法で何かをしようとか、魔法の力で生活を便利にとか、考えてない」
ヴェンの『不死者』は、死なせないために使っているだけだ。
積極的に死体を働かせることはせず、普段から自分のことは自分でやっている。
ヒジリも、『再生』の魔法を頼ったりしない。魔獣と戦う時は攻撃を避けるし、普通の人間と変わらない。
「俺は、聖女を生み出すつもりはない。人の生きる世界は人のモンだ。神様の魔法は、もういらない」
「…………そうか。ふふ、魔法の力がない世界か。ボクは人のためにとこの世界に魔法を伝えたけど、余計なことだったようだ」
「まぁ、魔法に救われた人がいるのも事実だけどな。俺が必要ないってだけさ」
「いや。この世界はもうボクの手を離れた。ふふ、こうして最後に会えてよかったよ」
「最後……?」
「ああ。ボクは別の次元に行く。ここではない別の世界を見守ろうと思う」
「…………」
「セイヤ……キミの意見。参考にさせてもらうよ」
ヤルダバオトはにっこり笑う。
セイヤは、なぜか寂しさを覚えていた。
「その……いろいろ言ったけど、この力には多少なり感謝してる。ああもう、矛盾するな……とにかく、ありがとよ!!」
「うん。最後に……セイヤ、キミの人生に祝福を」
「え」
そう言って、ヤルダバオトはセイヤの額にキスをした。
一瞬だけ強い光がセイヤの視界を奪い……気が付くと、そこには誰もいなかった。
「…………じゃあな、父さん」
セイヤは額にそっと触れ、空を見上げた。
◇◇◇◇◇◇
山を下りると、大きな馬車が止まっていた。
「主、お疲れ様です」
「遅いよ、もう!」
「あなた……もう済んだのかしら?」
ヒジリ、ヴェン、アナスタシアの三人だ。
全員が身重だが、セイヤが墓参りに行くと付いてきた。
セイヤは、全員を気遣いながら馬車へ。すると、馬車の中にはクレッセンドがいた。
「……お兄ちゃん、
「……まぁな」
クレッセンドはお見通しなのか、それ以上は言わなかった。
馬車は、商業都市ベルセリアに向けて走り出す。
アナスタシアが、セイヤにそっと寄り添い、セイヤもその肩を抱いた。
「三人とも、身体は大事にしろよ」
「はい。ふふ、ありがとうございます。あなた」
「私の子……私が、子を産むなんて」
「あたし、もう名前決めてるんだ。男の子と女の子の名前!」
「やれやれ……みんなもうお母さんですねぇ」
「クレッセンド。あなたはいいの?」
「い、いや、あたしは枢機卿だし……」
馬車は、日の当たる街道を進む。
楽し気な声が漏れ、全員が笑っている。
セイヤは窓を開け、外の空気を吸い込んだ。
「いい天気だな」
窓からそっと手の出し、空に向ける。
セイヤは、かざした掌を反し───そっと握り締めた。
─完─
◇◇◇◇◇◇
新作公開しました!
最弱召喚士の学園生活~失って、初めて強くなりました~
https://kakuyomu.jp/works/1177354054921002619
久しぶりに新作公開です。
召喚獣、召喚士、学園モノです。
よかったら見てね!
幼馴染たちに虐げられた俺、「聖女任命」スキルに目覚めて手のひら返し! さとう @satou5832
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